『スマート防災』のススメ

山村武彦

【リスク管理】新型コロナウイルスと避難所運営マニュアル 山村 武彦〔防災システム研究所 所長〕

NEW地方自治

2020.02.07

中国武漢発の新型コロナウイルス――その感染者の規模や感染が確認された国と地域の広がりが連日報じられています。『災害に強いまちづくりは互近助(ごきんじょ)の力~隣人と仲良くする勇気~』(ぎょうせい、2019年)の著者で、防災システム研究所 所長の山村 武彦氏は、今こそ感染症流行時の災害をも想定した「避難所運営マニュアル」の策定が求められていると説きます。ここでは、第一人者からみた感染症のリスク評価の仕方、自治体に求められる課題について紹介いただきます。

1. 感染拡大と終息の分岐点

 この原稿を書いている2020年2月7日までの1か月、トップニュースは日々更新される中国武漢発の新型コロナウイルス(以下「新型肺炎」)の感染者数と死亡者数。発表された研究では、新型肺炎のウイルスの感染力は季節性インフルエンザよりは強く、2003年に世界を震撼させたSARS(重症急性呼吸器症候群)よりははるかに弱いとされている。
 しかし、1か月以上経ても1人の感染者が何人を感染させているかが判然としていない。これは再生産数と呼ばれるもの。この再生産数が2を超えると感染はさらに拡大し、1を下回れば終息に向かっていることになる。WHOは1月31日時点で再生産数は1.4~2.5と発表。スイス・ベルン大学の疫学者クリスチャン・L・アルトハウス先生は2.2と推定。同氏は「再生産数が下がらなければ、パンデミック(世界規模の流行)になるおそれがある」と語っている。
 中国当局は麻疹(はしか)を例にとり、麻疹の再生産数は12~18だから再生産数は必ずしもウイルス流行の深刻度を測るバロメーターにはならないと主張する。しかし、麻疹はすでにワクチンが普及し治療法も確立している。だが、この新型肺炎ウイルスにはワクチンも特効薬もまだないのである。

2.怖いのはパニックを恐れるものが引き起こす情報隠し

 真偽のほどは定かではないが、2020年1月25日にSNSに投稿された動画で武漢市の看護師は「武漢にはすでに9万人の感染者がいる」と発言している。このところ中国で発表されるデータに疑問を投げかける専門家もいる。イギリス・ランカスター大学のジョナサン・M・リード先生は「我々は武漢市では感染している人の20人に1人しか実際に診断されていないと考えている」という。香港大学の教授らが数学的確率モデルを用いた研究では、1月25日時点の武漢市の感染者数は推定7万5,815人だった。しかし、この時点で発表された感染者数は数百人規模であった。正しく恐れよといっても、正しい数値が発表されなければ趨勢を占う感染力さえつかめない。
 昔の為政者たちは「災害の実態をそのまま伝えれば民衆はパニックに陥り、混乱や二次災害が起きる」と考えていた。しかし、民衆はそれほど愚かではない。「パニックは怖くない、怖いのはパニックを恐れるものが引き起こす情報隠し」であり「ありのまま伝えられればパニックは起きない、真実が隠されたと知った時パニックは起きる」のである。2003年のSARS流行時の情報隠し批判に懲り、今回は中国も早い段階から武漢市などを封鎖し情報を毎日発信している。それはきちんと評価すべきで「頑張れ中国」とエールを送りたい。一方で発表される数値に中央政府におもねた忖度や不条理なコントロール機能が介在していないことを祈るばかりである。

3.イベント中止や出張・旅行自粛はすべきでない

 2020年1月31日、元WHO西太平洋地域事務局長の尾身茂氏は会見で「したたかなウイルス。症状が現れず、静かに感染させる可能性がある」と、ウイルスの危険性・不気味さをこう評した。 しかし、今後の推移は注意深く見守るとしても極度に恐れる必要はない。危機管理視点でリスク評価のひとつは感染者数に対しての死亡率、つまり致死率である。
 ・1918年 スペイン風邪・・・・・・・・・・2%
 ・1957年 香港風邪・・・・・・・・・・・・・0.5%
 ・2003年 SARS・・・・・・・・・・・・・・・・10%
 ・2009年 新型インフルエンザ・・・・0.4%
 ・2020年 新型コロナウイルス・・・・・2%
 医療施設が不足していた湖北省の感染者数は数十倍の可能性が指摘されている、その場合はさらに致死率は下がることになる。とはいっても、ハイリスク群患者など罹患すると重篤に陥る可能性のある感染弱者は、季節性インフルエンザと同様に油断せず厳重警戒を怠ってはならない。それ以外は咳エチケットを遵守しつつ通常の社会生活を続けるべきである。ハイリスクウイルスに変異するなどの変化がない限り、企業も報道や風評被害に流されることなく、イベント中止や出張自粛など過剰対応は禁物。でなければ結果として「リスクあおり」の加害者になってしまうし、さらなる景況悪化を引き起こし自社への影響も免れない。海外からの旅行者が減った今、のんびり国内旅行するチャンスなのかもしれない。

4.感染症 流行時の災害を想定し、避難所マニュアルの見直し

 この数年、毎年のように大規模水害などが連続して発生。その都度数万人~数十万人が指定避難所に避難している。とくに昨年の令和元年台風第19号では東京都だけでも37自治体で176,500人が避難したが、そのうち13自治体で開設された指定避難所が満杯になり、他の避難所に移動させる騒ぎとなった。「『全員避難!』と言われて避難したら、満員だとは何事か」と抗議する住民もいた。
 従来は避難勧告が発令され防災無線で早期避難が呼びかけられても、避難しない人が多かったが、このところの防災意識の高まりもあり年々避難率は増加している。今後想定される大規模地震やスーパー台風が襲来すれば各地で避難所の満員は避けられない。
 災害は社会活動や人間生活に忖度などせず、時も所も選ばない。現段階で国内の新型肺炎感染者は数十人でしかなく、死者も出ていない。このまま収束してくれればいいが、もし、流行が長引いたその時に、大規模地震やスーパー台風が襲来したら・・・考えるだけでぞっとする。押し寄せた避難者を、避難所に詰め込むことはできるのか。無症状保菌者が一人でもいればそれこそ避難者全員が濃厚接触者になってしまう。詰め込めないとしたら、通気の良い屋外に大型テントの準備など、各自治体は感染症流行時における避難所運営マニュアルの見直しが今 焦眉の急である。

5.「スマート防災」と「在宅避難」というマナー

 避難命令の同義語となる「避難指示(緊急)」や警戒レベル4の 「全員避難」という用語の裏には、その対象者は危険区域に住む人であり、安全が確保出来た住民は「在宅避難」をしてくださいというメッセージが含まれているが、住民に周知されていない。
 (株)ぎょうせいから出版した拙著『スマート防災-災害から命を守る準備と行動』(2016年3月)にも書いたが、元来すべての住民を受け入れられる避難所やスペースなどどこの自治体にもない。避難者が多数になればなるほど避難所の環境は劣悪になり、避難生活中に亡くなる災害関連死を増加させる。避難所で寝るより電気、ガス、水道、通信が途絶していても、自宅の方が絶対よく眠れる。2016年の熊本地震で避難した60代男性の日記には「地獄のような環境だった」と書かれ、汚く臭いトイレが2時間待ち、毛布一枚では痛くて寒くて眠れなかったと書いていた。そして4日目にその男性は高熱を発し緊急入院することになる。
 高齢化が進んで、遠くの避難所まで自力避難することさえ難しい人も多い。だからこそ避難しないでもいいようにすることも大切である。今までは「逃げる防災」が主流であったが、これからは「安全な家に住む(する)防災」にシフトすべきである。そして、防災備蓄条例をつくり、各家庭で7日分の備蓄と「在宅避難」の推進が求められている。在宅避難が結果として避難所の感染症対策にもなるのである。

(本稿は2020年2月7日現在の知見・情報に基づく)

山村武彦氏近景
山村武彦(やまむら・たけひこ)
防災システム研究所 所長 1943年、東京都出身。新潟地震(1964)を契機に、防災・危機管理のシンクタンク「防災システム研究所」を設立。以来50年以上にわたり、世界中で発生する災害の現地調査を実施。報道番組での解説や日本各地での講演(3,000回以上)、執筆活動などを通じ、防災意識の啓発に取り組む。また、多くの企業や自治体の防災アドバイザーを歴任し、BCPマニュアルや防災マニュアルの策定など、災害に強い企業、社会、街づくりに携わる。著書は、『災害に強いまちづくりは 互近助の力 ~隣人と仲良くする勇気~』『南三陸町 屋上の円陣』『スマート防災 災害から命を守る準備と行動』(以上、ぎょうせい)、『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』(宝島社)など多数。

 

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防災システム研究所所長

1943年、東京都出身。新潟地震(1964)を契機に、防災・危機管理のシンクタンク「防災システム研究所」を設立。以来50年以上にわたり、世界中で発生する災害の現地調査を実施。報道番組での解説や日本各地での講演(3,000回以上)、執筆活動などを通じ、防災意識の啓発に取り組む。また、多くの企業や自治体の防災アドバイザーを歴任し、BCPマニュアルや防災マニュアルの策定など、災害に強い企業、社会、街づくりに携わる。著書は、『災害に強いまちづくりは 互近助の力 ~隣人と仲良くする勇気~』『南三陸町 屋上の円陣』『スマート防災 災害から命を守る準備と行動』(以上、ぎょうせい)、『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』(宝島社)など多数。

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