文化庁国語課監修 「コミュニケーション」を円滑にするためのことば辞典 「さわりだけ聞かせる」の「さわり」とは?
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2021.09.17
文化庁国語課監修 「コミュニケーション」を円滑にするためのことば辞典
「さわりだけ聞かせる」の「さわり」とは?
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.5 2021年2月)
はじめに
皆さんは、「国語に関する世論調査」という調査をご存じでしょうか。クイズ番組での解答の解説や新聞、ニュースなどで名前を耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。「国語に関する世論調査」とは、文化庁国語課が実施しているもので、国語施策の立案に資するとともに、日本人の国語に対する興味・関心を喚起することを目的として平成7年度から毎年実施しているものです。最新の調査である「令和元年度 国語に関する世論調査」(令和2年3月調査)では、国語の乱れ、外国人と日本語、敬語表現、漢字表記、新しい表現の印象、慣用句の意味・言い方などについて調査が行われました。
今回は、これまでの「国語に関する世論調査」の結果を踏まえ、文化庁国語課の武田康宏調査官、町田亙調査官にQ&A方式で解説記事をご執筆いただいた『新教育ライブラリPremier』vol.5 プレミアムPOCKET BOOK『文化庁国語課監修 「コミュニケーション」を円滑にするためのことば辞典』の中から一部を抜粋して掲載します。
「さわりだけ聞かせる」の「さわり」とは?
「話のさわりだけ聞いた」などと使う「さわり」。「国語に関する世論調査」では、「さわり」の意味を「話などの最初の部分のこと」と考える人が半数を超えているという結果が出ました。この言葉の本来のものとされてきた意味を確かめましょう。
Q.「さわり」は、元々、邦楽に関係する言葉だそうですが、その意味を詳しく教えてください。
A.「さわり」は義太夫節の最大の聞かせどころ、聞きどころとされている箇所を指した言葉でした。それが転じて、音楽や物語の最も感動的な部分、話や文章の要点などという意味で使われています。
「さわり」は、江戸時代に竹本義太夫が創始した浄瑠璃の流派の一つ、義太夫節で用いられていた言葉です。辞書の記述を見てみましょう。
■「大辞林 第4版」(令和元年・三省堂)
さわり【触り】
②浄瑠璃用語。 ア [他の節にさわっている意。普通「サワリ」と書く]義太夫節以外の先行の曲節を義太夫節に取り入れた箇所。 イ 曲中で最も聞きどころ、聞かせどころとされている部分。本来は口説きといわれる歌謡的部分をさす。 ③[②が転じて] ア 広く楽曲で中心となる部分。聞かせどころ。〔近年、出だし・冒頭の意で用いられることもあるが、本来は誤り〕 イ 話の中心となる部分。聞かせどころ。 ウ 演劇・映画などの名場面。見どころ。「西部劇の─を集めて編集した映画」
■「広辞苑 第7版」(平成30年・岩波書店)
さわり【触り】
①さわること。手でふれること。また、触れた感じ。 ② ア (他の節にさわっている意)義太夫節の中に他の音曲の旋律を取り入れた箇所。曲中で目立つ箇所になる。 イ 転じて、邦楽の各曲中の最大の聞かせ所。「くどき」の部分を指すことが多い。 ウ さらに転じて、一般的に話や物語などの要点、または、最も興味を引く部分。「─だけ聞かせる」
このように、「さわり」は、元々、義太夫の「聞かせどころ」「聞きどころ」に当たる言葉でした。それが、一般的な音楽や物語、話や文章などにも使われるようになったのです。ですから、「話のさわりだけ聞いた」「曲のさわりを演奏してください」などと言う場合の「さわり」は、その話の最も重要な点や感動的で印象深いところ、曲の最大の聞かせどころなどを指すことになるのです。
「国語に関する世論調査」の結果
Q.「さわり」について尋ねた「国語に関する世論調査」の結果を教えてください。
A.70歳以上を除く全ての年代で、辞書で本来の意味とされてきたのではない「話などの最初の部分のこと」を選んだ人が多くなっています。
平成28年度の「国語に関する世論調査」で、「話のさわりだけ聞かせる。」という例文を挙げて、「さわり」の意味を尋ねました。結果は次のとおりです(下線を付したのが本来の意味とされてきたもの)。
〔全体〕
さわり
例文:話のさわりだけ聞かせる。
(ア)話などの要点のこと……36.1%
(イ) 話などの最初の部分のこと……53.3%
(ア)と(イ)の両方……4.5%
(ア)、(イ)とは全く別の意味……1.8%
分からない……4.3%
年代別の結果を示すグラフからも分かるとおり、この言葉については、70歳以上を除く全ての年代で、本来の意味とされてきたのとは違う「話などの最初の部分のこと」という意味で使う人が多くなっています。50代以下の年代では、「話などの最初の部分のこと」が6割強~7割弱になっており、「話などの要点のこと」を大きく上回っています。
本来は「中心となる部分」「要点」という意味だとされてきた「さわり」ですが、「さわりだけ」「ほんのさわりですが」というように、ある部分を限定するような文脈で使われることが多いこと、また、「さわる」という言葉の響きが、物事に軽く触れる、表面的に触れるというような意味で捉えられやすいことなどが重なって、「話などの最初の部分のこと」と連想されてしまうのかもしれません。
[参考]
『文化庁月報』平成23年7月号(514号)
連載「言葉のQ&A」