マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会

山口 利恵

第1回 カフェ発 IT技術にIDは不可欠。なぜ、マイナンバーがいるの?

キャリア

2019.03.26

クロヨンは税務署が所得を把握できる割合

「必ず番号があるってことによって、私たちの生活が便利になるんですか?」

トレイを片付けながら、マスターに尋ねた。

「絵美ちゃんは、クロヨンという言葉を聞いたことない。」

「クロヨンって、何ですか?」

「税務署が所得を把握できる割合のことなんだけど、

給与所得者が約9割、自営業者が約6割、農業、林業、水産業の人たちは約4割しか把握できていないと言われているんだ。日本の納税システムは基本的に申告制を採用しているので、この差が問題になっているんだ。」

「なるほど、ずるい人を見つけることができるってことね。ただ、その分、国が監視するってことでしょうか。」

絵美は、アイスクリームスプーンやコーヒーサーバを流しで洗いながら、そう尋ねた。

「脱税している人が減るのはいいことじゃないかな。」

マスターはそうつぶやくと、コーヒーネルから使用済みのコーヒーをゴミ箱に捨てた。

数字のイメージ

「加藤君、もっといいことがあると思うよ。コーヒーおかわり。」

奥に座っていた常連の男性が、カウンターに移動してきた。

「はい。」

加藤君、と、呼ばれたマスターは、コーヒーをドリップするために、ネルをコーヒーサーバにセットして、ブレンドのコーヒー粉をいれた。

「もっといいことってなんですか?」

「お、絵美ちゃん、聞こえていたか。」

常連の男性は、竹見という。カフェの近くにある帝都大学の教授だった人で、既に定年を迎えている。よくこのカフェに、コーヒーを飲みながら読書や執筆をするために現れる。今日も、ランチタイムが終わる頃、最近芸人が文学賞をとったということで話題になった

本を持って定位置に座り読書にふけっていた。

「加藤君が説明したような唯一無二のIDがあると、行政サービスも充実する可能性があるんだ。今まで年末調整や児童手当などは、自己申告しないと権利を行

使できなかったけれど、今後は行政から通知してくれるようになるかもしれない。そういう国のバックオフィスの連携が進むといわれているんだよ。」

 マスターが淹れたてのコーヒーをカウンターの教授の前におくと、竹見は一口飲み、うなづきながらマスターにほほえんだ。

「バックオフィス連携ってなんですか?」

絵美は、洗い終わったアイスクリームスプーンを布巾でふきながら、竹見に尋ねた。

「簡単に説明すると、国のシステムは、従来サービスごとに番号がついていたし、基本的に縦割りなんだ。だから児童手当を受けるにも、今は自分で納税に関する書類を集めて自治体に申告しなければいけない。でも、よく考えれば、税金の書類は国が発行するものだし、児童手当も国のサービスなんだから、国の書類を国に出す、という変な構図なんだよ。医療費の控除も同じ仕組みなので、こういった縦割りのデータベースをつないだ方が便利になるわけだ。」

「確かに二度手間のような気がするけど、それって、日本中のポイントカードが一枚になるみたいなことにならないかしら。いつどこで何をしたのかっていう情報がすべて見られてしまいそう。マイナンバーって、何となく怖い気がするんですが?」

「絵美ちゃんにとって便利になることもあるから、そんなにネガティブに考える必要はないと思うよ。」

「本当ですか?」

国の持っている個人情報は意外に少ない?

個人情報保護

「そもそも国が持っている情報は、主に税金や年金に関する情報だけで、そんなに多くないんだ。」

「膨大な情報をもっていると思っていたけど、それほどでもないんですか。」

「そうなんだ。ただ、その一方で自治体は病気に関する補助金や子供に関する行政サービスを行うために、色々な情報を持っているんだ。」

「自治体の方が、個人の情報を持っているんですか?」

「そう、住民に適正なサービスを提供するためには、個人情報が必要不可欠だからね。ただ、気をつけなければいけないのは、こういった情報に関する問題は、マイナンバーによって引き起こされるというより、利用する人の資質によるケースの方が多いんだ。マイナンバーを使うことで便利になる反面、より簡単に色々な情報にアクセスできるようになるので、自治体職員のモラルがより求められるということだね。」(***)

「なるほど。モラルですか。」

「もちろんだよ。それだけ大事な情報を扱っているからねぇ。こういったことは、技術的なセキュリティ対策以上に難しいんだ。しかし、プライバシーを気にするなら、スマホの方がもっと大きな問題を抱えているよ。」

竹見はそうつぶやくと、ゆったりとコーヒーカップを口に近づけ、一口飲んだ。

「ところで、加藤君、ポイントカードは、シールのままの方がよかったと思うよ。カフェに、情緒って大事だからね。」(続く)

***マイナンバーの運用とプライバシー保護の問題

マイナンバーが、プライバシーに深くかかわるかどうかは、議論がつきない問題です。国が持つ情報はそれほど多くはありませんが、自治体が行っているサービスには、病気や障害あるいは家庭に関わるデリケートな問題など、個人のプライバシーに深く関係する情報も少なくありません。

 一方で、生活保護の二重取りなどの問題もおきています。便利をとれば、その分プライバシーにも影響が出るのは必然です。ここは、社会全体で、どういったバランスが適切かということについて、十分議論したうえで結論を出すべきだと思います。

 

(注1)2007年に発覚した年金記録問題。当時、大きな問題となり全国的に報道された。

(注2)斉藤,斎藤,齋藤,齊藤,齊籐,齋籐,濟藤…

(注3)マイナンバーは、国民全員に付与している(悉皆性)、番号に重複がない(唯一無二性)ことが実現している仕組みである。電子化されたデータとして扱うためにはとても大事な概念である。

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山口 利恵

山口 利恵

東京大学大学院情報理工学系研究科ソーシャルICT研究センター特任准教授

2003年津田塾大学理学研究科数学専攻修士課程修了。2006年東京大学大学院情報理工学系研究科博士後期課程修了 博士(情報理工学)、独立行政法人 産業技術総合研究所 研究員。内閣官房情報セキリュティセンター員兼務を経て2013年から現職。主な研究テーマである「ライフスタイル認証・解析」に関する各種講演やセミナーの登壇者として、また、「Society5.0を見据えた個人認証基盤のあり方懇談会」構成員を務めるなど、多方面で活躍中。

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