徴収の智慧
徴収の智慧 第14話 最初のペンギン
地方自治
2019.07.25
徴収の智慧
第14話 最初のペンギン
変革と歴史
滞納整理に限ったことではないが、人間にとって「意識を変える」ことは、ことのほか困難であるようだ。分かりやすい例を挙げるならば、江戸期から明治期への時代の変革期、すなわち、明治維新の前と後とでは人々の意識は、劇的な変貌を遂げていることがわかる。これは結果的には、機が熟したからだとも言えようが、そのバックグラウンドには、数多くの人々による改革に向けた知られざる艱難辛苦(かんなんしんく)の努力と、旧勢力や古い価値観などとの闘いがあったのだと思う。このような人々の営みは、過去を振り返ってみれば、時代の節目節目において少なからず見受けられるのであり、そうした積み重ねが、すなわち歴史というものなのであろう。
滞納整理の意識改革
意識を変えるためには、「居心地が悪いと思う人の方が、居心地がいいと思う人を凌駕(りょうが)する状況」が必要であるし、あるいは「現状よりも、よりよいものを求める声が、現状で満足であるとする声を上回る状況」も必要であるのかもしれない。つまり、そうした条件が整って初めて意識を変えるための機が熟したと言えるのである。だから、未だ機が熟していない段階で、いかに声高に意識改革を叫んでみても、「時期尚早」として却下されるか、又は、誰からも賛同を得られずに孤軍奮闘に終わるのが関の山なのである。このような例は、身近にいくらでも見出すことができる。例えば、消費税もそうであるし、近々導入が予定されているいわゆるマイナンバー制度などもそうである。これらは、かつて幾度となく国会に提案されてきたが、そのたびに廃案の憂き目を見てきた。そうして何度目かに、ようやく日の目を見ることとなったのであるが、それは機が熟したからであり、幾多の紆余曲折(うよきょくせつ)を経て国民の意識が徐々に変わってきたことを意味している。
意識の改革という視点で言えば、滞納整理も同じである。すなわち、少なからぬ地方団体で、長い間行われてきたであろう「お願いの滞納整理」から、一気に「法律に基づいた滞納整理」へと意識を転換させるなどという意識改革の離れ技を成し遂げることなど容易ではない。歴史を見ても、機が熟するまでには古い意識の側からの抵抗があって、そのために幾度となく挫折が繰り返され、そうして「行きつ戻りつ」した後に、ようやく意識の転換が実現し、新たな発想、新たな考え方に基づく滞納整理へとシフトすることができるのである。
意識改革の断行
ところで、「最初のペンギン」という言葉をご存知だろうか。これは、脳科学者で著名な茂木健一郎氏の著書『脳と創造性』(PHP研究所)で紹介されている話で、それによると「ペンギンは、氷雪の上に棲んでいる。地上には餌となるようなものはない。海に飛び込んで魚などの餌を捕らなければ、飢え死にしてしまう。しかし、海の中にはオットセイ、トド、シャチなどペンギンを捕らえて食べてしまう恐ろしい敵も潜んでいる。海に飛び込んで餌を捕りたいのはやまやまだが、食われてしまうことも恐ろしい。できれば、ほかのペンギンが海に飛び込んで、安全だということが確認できてから自分は飛び込みたい。まるで先に飛び込む順番を譲り合っているようなペンギンの可愛らしいしぐさの背後には、このような可愛らしさには程遠い理屈があるのである。しかし、いつまでも飛び込まずにためらっているわけにもいかない。いつかは危険を冒してでも海の中に飛び込まなければ、餌を捕れずに死んでしまう。餌が捕れるか、それとも食われてしまうのか、避けることのできない不確実性のもとで、いつかは決断を下し、飛び込む海の中に真っ先に飛び込む『最初のペンギン』がいるからこそ、群れ全体にとっての事態が切り開かれるのである。」というのである。そして、同氏は「英語圏では、『最初のペンギン』といえば、勇気をもって新しいことにチャレンジする人のことを指す。そのような概念、それを表現する言葉があるということは、それだけ、不確実な状況下で勇気をもって決断する人が称賛される文化があることを示している。」とも述べている。
地方税の滞納整理において、今まさに「お願いの滞納整理」から「法律に基づいた滞納整理」へと意識を転換させる意識改革を断行する勇気が試されている。