徴収の智慧

鷲巣研二

徴収の智慧 第15話 パブロフの犬

地方自治

2019.07.25

徴収の智慧

第15話 パブロフの犬

『月刊 税』2015年9月号

滞納整理の目的

 税というのは、収入や資産に対して課される経済的な負担であるから、当然、その収入や資産の価値の範囲内のものであって、それらを上回ることはあり得ない。ところが、住民税の場合は、課税対象の収入があった年のその翌年に課税されるため、納税者を取り巻く経済環境が変化していることも考えられる。また、例えば固定資産税にしても、課税対象である土地家屋の評価サイクルにかかわらず、社会経済情勢は当然、変動していくものであるし、当該納税者を取り巻く経済環境にしても、常に一定不変であるという保証はないのである。

 このように納税者を取り巻く環境は、いつでも変動する可能性を孕んでいるのである。納税者を取り巻く環境というものが、常に変動し得る可能性を秘めている以上、増減の振幅はあるにしろ、滞納整理の役割がなくなるということは凡そ考えられないのである。滞納整理の目的は、①税収の確保、②滞納額の圧縮、③収納率の向上であるから、これらを達成するために徴税吏員は、督促・催告・折衝(これは必須ではなく、必要に応じてやればよい)・滞納処分・納税緩和措置などを駆使して、効率的に案件を処理していかなければならない。恐らくここまでは誰にも異存のないことだと思う。

問題の所在

 問題はここから先である。誰だって「効率的な滞納整理」を行わなくてはならないことぐらいは承知しているのである。しかし、現実の実務の中では、卑近な例で言えば、徴税吏員同士でも進捗度や徴収額・整理率といった成果に差が見受けられるし、もう少し範囲を広げて見れば、地方団体間でも成果の格差が見受けられるのである。これらの「差」はどうして生じるのかと言えば、「意識の違い」と「実行力の違い」という二つの大きな違いにその原因を見ることができる。

 読者は、条件反射の実験として有名な「パブロフの犬」というのをご存知のことと思う。これは、ロシアの医学者であるイワン・パブロフが行った有名な実験で、犬にえさを与えるときにベルを鳴らすことを繰り返していると、いつしかその犬は、えさが出てこなくても、ベルが鳴るだけで唾液が分泌されるようになるというものである。ベルという条件に対して、(それが鳴らされるだけで)脳が反射的に「唾液を分泌させろ」という命令を生体(唾液腺)に対して出してしまうことを実証したものとして、「条件反射」の実験としてつとに有名である。

滞納整理と条件反射

 私は、滞納整理の実務でもこれと似たようなことが行われているのではないかと危惧している。それは納税相談の場面において見受けられる実務風景である。冒頭で述べたとおり、滞納整理の目的は、①税収の確保、②滞納額の圧縮、③収納率の向上であるから、これを限られた人数の徴税吏員で達成しようとすれば、自ずと効率的に整理を進めていかなければならない。ところが、地方税の滞納整理の場合、少なからぬ徴税吏員が、納税相談とは即ち分納相談のことだと思い込んでおり、「生活が苦しい」とか「死にそうだ」などといった滞納者の言っていることをほぼそのまま鵜呑みにして、「それでしたら、月々いくらならお支払することができますか?」などと滞納者に聞いているようなのである。このような場合は、まず収入と支出、そして保有資産の内訳を聴くべきであろう。話だけでは真実性の証明にはならないが、滞納者と接触したときは、(その真偽はともかくとして)納付の意思と納付能力判定の参考となる情報を聴取しなければならない。残念なことに、地方税の滞納整理では、この余りにも当然すぎることができていないようなのである。仄聞するに、担当者曰く「そんな立ち入ったことを聞いたら、怒って帰ってしまい、せっかく接触できたのに、元も子もなくなってしまう」とか「そんなこと聞いたって、本当のことを言ってくれるはずがない」ということなのだそうである。

 私は、担当者のこのような意識の中にこそ、効率的な滞納整理を阻んでいる根源的な『意識の壁』があるように思う。納税相談と聞くと、分納相談のことだと条件反射的に考えるパブロフの犬的思考を変えることが急務である。

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鷲巣研二

鷲巣研二

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長

日本大学法学部卒、横浜市入庁。緑区役所納税課を経て企画財政局主部収納指導係長の後、保育課管理係長、保険年金課長、財政局主税部収納対策推進室長、区総務課長、監査事務局調整部長、副区長などを経験し、財政局主税部債権回収担当部長を最後に退職。共著に『事例解説 地方税とプライバシー』(ぎょうせい、2013年)などがある。

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