「新・地方自治のミライ」 第43回 「企業版ふるさと納税」の奇附化するミライ

時事ニュース

2023.10.25

本記事は、月刊『ガバナンス』2016年10月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 いわゆる「ふるさと納税」と称する奇策が2008年度から導入されて、10年近くなる。この税制は、なにがしかの地縁のある自治体へ大都市圏から資金が還流することに寄与してきた。しかし、他方で、資金調達に汲々とする自治体としては、価値ある返戻(礼)品等によって「ふるさと納税」を集めようとし(注1)、ついには、高所得者向けネットショッピング化しつつある(注2)

注1 黒田成彦『平戸市はなぜ、ふるさと納税で日本一になれたのか?』KADOKAWA、2015年。
注2 http://www.satofull.jp/http://www.furusato-tax.jp/http://furu-po.com/、など。官製サイトとしてはhttp://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/080430_2_kojin.html

 「ふるさとの発想」(注3)という高邁な発想に基づいて提起された「ふるさと納税」ではあるが、損得計算で動く合利的個人の思惑に歪められていく。しかし、そのような合利性に訴求するからこそ、現実には「ふるさと納税」が作動する。

注3 西川一誠『「ふるさと」の発想』岩波新書、2009年。

 さて、このような力学に味を占めた政権は、「企業版ふるさと納税」にまで「横展開」するようになった。そこで、今回は「企業版ふるさと納税」のミライを考えてみよう。

「企業版ふるさと納税」の概要

 「企業版ふるさと納税」の正式名称は「地方創生応援税制」である。志のある企業が地方創生を応援する仕組とされ、自治体が行う地方創生の取組みに対する企業の寄附について、優遇措置を創設した。

 100万円を寄附すると、これまでの税制では損金算入で約3割の納税軽減効果があるが、これに税額控除で3割を加え、法人関係税において約60万円の軽減効果となる。つまり、税負担軽減のインセンティブが約2倍になるのである。また、寄附額の下限は10万円と低めに設定されているので、企業としても寄附しやすいと想定されている。

 制度活用の流れは以下の通りである。①自治体が地方版総合戦略を策定する。②地方創生を推進するうえで効果の高い事業として、自治体は地域再生計画を策定する。③内閣府が地域再生計画を認定する。④企業は寄附をする。⑤企業は、国(法人税)および所在自治体(法人住民税・法人事業税)の税額控除を受ける。

 なお、地方創生という政策目的に資するため、不交付団体である東京都、不交付団体で三大都市圏の既成市街地等に所在する市町村は対象外である。また、本社が所在する自治体への寄附も対象外である。

損得勘定

 さて、地方創生という高邁な思想に基づいた政策税制ではあるが、「企業版ふるさと納税」は、どのような損得勘定=合利的計算に基づいて設計されているのであろうか。

 寄附を受ける自治体は得をする。法人関係税収ではないので、基準財政収入額を引き上げるわけではなく、寄附分全額が利得である。100万円の寄附を受ければ、その分が得になる。したがって、理屈上は、「99万円相当」までの返戻(礼)品・サービスを提供しても、寄附受入自治体としては合利的である。

 本社等の所在自治体は、その分の法人関係税収減となる。100万円の寄附をされると、50万円程度の減収となる(国税減収が10万円程度)。もっとも、「企業版ふるさと納税」がなくても、寄附は損金算入をされれば25万円程度の減収になっていた。とはいえ、法人関係税収の減収であるから、精算される基準財政収入額を引き下げるので、年度間の観点からは地方交付税で穴埋めがされる。つまり、本社等所在自治体の単体として見れば、実損はない。

 本社等所在自治体に多くの地方交付税が配分され、地方交付税の総額が一定であれば、他の交付団体への配分が広く薄く減額されるはずである。つまり、本社等所在自治体は損をせず(但し、不交付団体だと損をする)、寄附受入自治体は得をするので、寄附非受入自治体が損をする。つまり、地方圏の自治体間で、ゼロサム競争となる構造である。

 しかし、この点は必ずしもそうではなく、「企業版ふるさと納税」による法人関係地方税の減収を地方財政計画でどの程度見込んでいるかに左右される。法人関係地方税の減収を組み込んでいれば、地方財政計画の収支構造上、結果的に地方交付税総額は増える。単年度で地方財政計画策定上の減収見込み額と「企業版ふるさと納税」に伴う税額控除の決算額に乖離があると、損得は変わってくる。しかし、法人関係地方税を実績に基づき年度間で精算をすれば、結局のところ損得なしである。

 そして、実際には、85兆8000億円(通常収支)という地方財政計画のなかでは、結局、よくわからないのである。というのは、地方財政計画の収支を合わせるための地方財政対策は、特別会計借入金の償還など様々な処理が施されているので、「企業版ふるさと納税」に伴う負担(100億円程度見積もられているという)の出所や利害得失など、マクロ的には雲散霧消してしまう。ミクロには損得は見えるが、マクロには見えないのが、地方財政計画の妙味である。つまり、国が地方財政対策で負担するということは、結局は全ての政府部門で広く薄く負担しているということである。

 そして、政府部門・民間企業部門間のマクロ的な損得勘定は、政府部門の約4割の利得である。企業が100万円を寄附して、約60万円の節税ができるということは、結局、企業は差引約40万円の支払であり、政府部門は約40万円の受取である。マクロの政府部門全体のなかでの、各自治体・国の損得は上記の通りであるが、ともかく、政府部門全体では、企業部門から資金調達を増やせる(注4)

注4 もっとも上記の通り、受入自治体は99万円までの返戻(礼)をしても利得がある。とすると、マクロの政府部門全体でも、40万円マイナス99万円で、最大59万円の損失が発生する可能性もある。

 300兆円とも言われる使い途のない企業内部留保(利益剰余金)が(注5)、スズメの涙ほどではあっても、地方創生事業に回るのである。これが単なる民間非営利部門への寄附税制であれば、政府部門はマクロ的に支払う一方でしかない。「企業版ふるさと納税」は、増税能力のない政府にとって、財政資金調達の苦肉の策である。

注5 公式には毎年度の「法人企業統計年報」を参照。

奇業化するミライ

 このように考えると、一見、美味そうな話ではある。とはいえ、損得勘定で動く合利的な経済主体は、そう甘いものではない。企業は果たして「寸志」だけで自損的行動をするのであろうか。企業は基本的には利潤追求原則で行動するものである以上、100万円の「寸志」は見返りを期待するものに、いつでもなり得る。そして、「企業版ふるさと納税」制度には、そうした見返り期待行動を阻止する術はない。

 自治体の策定する地方版総合戦略・地域再生計画が、当該寄附企業にとって利得になるならば、「寄附」は単なる行政からの便宜供与への「対価」でしかない。端的に言えば、当該企業に都合の良い地域再生計画・地方創生事業には、企業は「寄附」をする。つまり、寄附企業は地域再生計画を「買収」できてしまうのである。

 もちろん、このような明確な一対一の対応のある贈賄的「寄附」を露骨に行うのは合利的ではない。社会的に批判を受けかねないからである。そうではなく、〈当該企業にとって都合の良い政策・事業・対応〉を行う自治体に対して、〈地域再生計画・地方創生事業〉に寄附を提供する。当該寄附企業は、〈地域再生計画・地方創生事業〉の中身それ自体には利得を感じないので、「買収」ではなく寄附である。しかし、〈当該企業にとって都合の良い政策・事業・対応〉は有難いので、「企業版ふるさと納税」という形の「資金除染(マネー・ロンダリング)」を経て「寄附」=「買収」する。「企業版ふるさと納税」は、寄附受入自治体というミクロ的には極めて可視的な利得があり、その「買収」効果は大きい。

 こうして、「志」があったはずの「企業版ふるさと納税」制度も、損得勘定で動く日本社会のなかでは、いつしか奇業による奇附と化してしまう。例えば、迷惑施設の受入自治体に対して、迷惑施設の立地によって利得を得る奇業は、内閣府の地域再生計画への認定という「お墨付き」による「資金除染」を経て、堂々と当該受入自治体に「寄附」=奇附ができる。こうして、資金調達というミイラ取りに出かけた自治体は、逆に、取り込まれミイラ化してしまうこともある。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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