「新・地方自治のミライ」 第37回 代執行訴訟制度によるミイラ
時事ニュース
2023.09.12
本記事は、月刊『ガバナンス』2016年4月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
本連載の前回において、国地方係争処理制度がミイラ化している状況について概観した。しかし、国と自治体との関係を争訟によって処理するものとして法定受託事務に係る代執行訴訟制度もある。したがって、国・自治体関係の全体を見るには、こちらも併せて検討する必要があるので、今回は代執行訴訟制度を検討することにしよう。
職務執行命令訴訟制度
戦前の国から自治体への統制は、人事を中心としていた。その中核は官選知事である。戦後もその残滓があり、知事が直接公選されたのちも、内務大臣は、都道府県知事が著しく不適任であると認めるときは、法律で定める弾劾裁判所に罷免の訴追ができるとされていた(1947年地方自治法第146条①)。しかし、弾劾裁判所が法定されなかったため、この知事弾劾罷免制度は一度も適用されなかった。
その代わりに、知事の機関委任事務に関わる旧職務執行命令訴訟制度(1948年1月地方自治法)が導入された。すなわち、①知事の機関委任事務の管理執行の違法・怠慢、②主務大臣の職務執行命令、③主務大臣からの職務執行命令訴訟の提起、④職務執行命令の裁判、⑤主務大臣からの命令違反確認訴訟の提起、⑥命令違反確認の裁判、⑦主務大臣による代行、⑧知事の罷免権消滅訴訟の提起、⑨首相による知事罷免、⑩知事の罷免不服訴訟の提起、という流れである。裁判を2回経ることによって、代執行できるようにしつつ、さらに、知事を罷免できるようにした。しかし、知事相手に現実的に機能したことはない(注1)。
注1 ただし、砂川闘争の一環として、砂川町長職務執行命令訴訟が発動されたことはある(1960年6月17日最高裁判決)。
そのため、新職務執行命令訴訟制度に変更がなされた(1992年地方自治法改正)。旧制度は、第1に、立法時に想定された迅速な処理が期待しがたく、緊急なときに制度として動かないことと、第2に、罷免は住民直接公選による知事の身分を奪う措置であり適当ではないということが、理由とされる。新制度では、①知事の機関委任事務の管理執行の違法・怠慢、②そのうち放置することにより著しく公益を害することが明らかであるとき、③主務大臣の勧告、④主務大臣の職務執行命令、⑤主務大臣からの職務執行命令訴訟の提起、⑥職務執行命令の裁判、⑦主務大臣による代行、となった。裁判が1回に簡素化された反面、代執行のできる要件を絞るとともに、首相による知事罷免制度が廃止された。もっとも、新職務執行命令訴訟制度が発動されたことも、沖縄県知事に対する代理署名等訴訟(1996年8月28日最高裁判決)に限られる。
顕在化した事案から見るに、新旧職務執行命令訴訟制度によって自治権が救済されることはなかった。ただし、「国防・安全保障」という国の専管事務であるという理由で発動されたわけではない(注2)。むしろ、もっぱら、日米安保問題という、日本国政府を超えた、いわば、国の専管事務でさえない事案にのみ、適用された。その意味では、発動された新旧職務執行命令訴訟は、日本国憲法・地方自治法に根拠があるのではなく、日米安保条約に根拠がある特殊制度と看做せるのである。逆に、一般制度としての新旧職務執行命令訴訟制度は、活用させないことによって、自治体の自治権を保護・救済してきた。
注2 自衛隊基地の拡大のために職務執行命令訴訟が発動されたわけではない。
代執行訴訟制度
2000年分権改革によって、職務執行命令訴訟制度は廃止されたが、ほぼ同様の要件・手続の制度として、法定受託事務に関しては、代執行訴訟制度が導入された。
現行制度では、①知事の法定受託事務の管理執行の違法・怠慢、②そのうち、他の方法によって是正を図ることが困難で、放置することにより著しく公益を害することが明らかであるとき、③主務大臣の改善勧告、④主務大臣の指示、⑤主務大臣から代執行命令請求訴訟の提起、⑥代執行命令の裁判、⑦期限内に命令裁判に係る事項を知事がしないときには、主務大臣による代行、となった。
代執行訴訟制度は、法定受託事務についての一般制度のようであるが、沿革から新職務執行命令訴訟制度を引き継ぎ、実際上は、日米安保条約体制のための特殊制度のようである。それゆえに、米軍基地の普天間から辺野古への移設をめぐって提起された。
地方分権推進委員会第三次勧告
このように見ると、2000年分権改革は、少なくとも、日米安保体制に関わる問題に関しては、自制をしていた。国と自治体の対等・協力関係を模索した分権改革は、反対解釈して言えば、アメリカと日本の非対等を前提にしている。アメリカ政府の意向を受けた日本政府は、アメリカ政府に逆らうことは許されず、いわば「第ゼロ号法定受託事務」として、自治体に事務を強制するか代行する(注3)。
注3 第一号法定受託事務は「国的な事務」を都道府県・市町村が処理するものであり、第二号法定受託事務は、「都道府県的な事務」を市町村が処理するものである(地方自治法第2条⑨)。正確には、「国的な事務」とは、「国が本来果たすべき役割に係るものであって、国において適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又は政令に特に定めるもの」と法文では書かれている。そのアナロジーでの「第ゼロ号法定受託事務」とは、「アメリカ的な事務」を国・都道府県・市町村が処理するものを指す。正確には、「アメリカ合衆国が本来果たすべき役割に係るものであって、アメリカ合衆国において適正な処理を特に確保する必要があるものとして条約、行政協定、法律又は政令に特に定めるもの」とでもなろうか。
この点を明らかにしたのが、地方分権推進委員会第三次勧告第2章「駐留軍用地特別措置法に基づく土地等の使用・収用に関する事務及び駐留軍等労務者の労務管理等に関する事務の区分」である。
それによれば、「駐留軍用地特別措置法(*本稿では正式名称は省略)に基づく土地等の使用・収用に関する現行の機関委任事務は、日米安全保障条約等に基づき我が国が負っている土地等を提供する義務を履行するため」のものであり、「これを引き続き地方公共団体の担う事務とすることは、機関委任事務制度と同様に、知事や市町村長の立場を困難なものとするおそれが大きい」ので、「むしろ、国と地方公共団体との役割分担を明確にする観点からすれば、国は国が国際的に負っている安全保障上の義務の履行に全責任を負い、知事や市町村長は地方公共団体の代表者としての役割に徹することとすべきである」としている。
具体的には、以下の通りである。①土地・物件調書への署名押印の代理、裁決申請書等の公告・縦覧、土地等を引き渡すべき者等がその義務を履行しないとき等における代執行は、国の直接執行事務とする。②防衛施設局長の申請に基づく使用・収用の裁決等は、収用委員会の法定受託事務とするが、収用委員会による緊急裁決の制度を設けるとともに、緊急裁決期間を経過してもなお裁決が行われないときには、防衛施設局長の請求により、首相が収用委員会に裁決代行をできるとし、また、収用委員会が却下裁決を行った場合には、当該裁決の取消を求める審査請求に対する裁決と併せて、防衛施設局長の請求により、首相が収用委員会に代わって使用・収用の裁決を行うことができるとした。③駐留軍等労務者の労務管理等に関する事務は国の直接執行事務とする。
つまり、日米安保に関する事務は、原則として国の直轄にし、かつ、それができない場合には、特殊制度を創設するという発想である。
おわりに
2000年改革では、日米安保体制に係る職務執行命令訴訟制度・代執行制度は不変であり、その限りで分権改革は存在しなかった。むしろ、第三次勧告は、国の直轄事務化によって、自治体が日米安保体制に挟まれることを「非争点化」しようとした。自治体が関わってもアメリカに敵(かな)うはずがなく、「困難な立場」に陥るだけだからである。
しかし、地域住民の総合的生活における日米安保の軛は解消されない事態は、変わらない。そのときに、自治体が住民の意向を受けて、敢えて自治体為政者が「困難な立場」に立てるようにするのが、「地域の事務」とする意義であろう。当該「第ゼロ号法定受託事務」には、日米安保体制の手段である代執行制度が随伴する。それは、自治体の生気を害するが、地域住民の矜持を示す可能性のためには必要である。自治体為政者はミイラのように、死者と生者の境界に彷徨う。
そのうえで、代執行制度は、形式的には一般制度であるが、実質的には日米安保体制のための特殊制度に過ぎないことを自覚することは、自治体にとって重要なことである。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。