「新・地方自治のミライ」 第18回 徘徊できるミライ

時事ニュース

2023.03.07

本記事は、月刊『ガバナンス』2014年9月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 認知症の高齢者が、家族介護者のちょっとした隙をついて家から出て行ってしまい、行方が分からなくなることがある。ところが、簡単に見つからないままに、脱水症、凍死になったり、交通事故に遭う。認知症高齢者や家族介護者という被害者にとっても大変な事態であるが、加害者となった自動車運転者にとっても大変なことである。

 ところが、「公益」事業と称する鉄道事業者は、「加害」者にはならない。仮に、線路内に認知症高齢者が徘徊して事故を起こすと、遺族は、死亡させられたうえに、損害賠償まで払わせられる。例えば、愛知県大府市での2007年12月の轢死事故に対して、JR東海が遺族に損害賠償を求めた訴訟がある。一審に続き、14年4月24日の名古屋高裁でも、遺族側に支払いを命じる判決となった。事故死させられた側(=被害者)が事故死させた側(=加害者側)に損害賠償を請求するのが、一般社会の「常識」であるが、「公益」を標榜するや否や、「常識」が「鏡の国」のように反対になる。

 認知症高齢者が徘徊した挙句、家族介護者が目を離すから「悪い」として、損害賠償の責めを負わされては、日常的に家族介護をしている者は立つ瀬がない。そこで、我々とも決して無縁ではない徘徊のミライを、今回は考えてみたい。

家族による行動監護

 ミイラではない人間は動物であるから、動き回れるのが基本であり、移動は当然の現象である。ただ、通常は、他者や社会から見ても一定の予測の範囲内に行動することが期待されている。その意味では、「自ら」に「由って」移動を自己管理する。また、そのように行動することを誘導するように、物的・経済的・法的になど、様々な仕掛けが施されている。

 ところが、「移動の自己管理ができていない」と社会の側から「認知」されると、行動に監視が就く。この代表者が、まさに「認知症」の高齢者である。認知症とは、いわば、社会の側から要監護であると「認知」された状態である。

 こうしてみると、要監護状態は、認知症の高齢者に限らない。乳幼児は保護者が「保護」するのが当然となされており、保護者の監護外で、はぐれて移動している幼児を「迷子」という。もっとも、親とはぐれた幼児がいるときに、幼児が親の監護の目から離れて「迷子」になったのか、親が幼児の視界から離れて「迷い親」になったのかは、天動説と地動説のようなもので、どちらでも記述は可能である。通常、大人で構成される社会は、親をあたかも太陽のように不動の中心に据える「児動説」に立って、幼児が「迷子」になったと「認知」する。しかし、幼児の立場に立って「親動説」を取れば、親が子を放置・置き去りにしたと「認知」されることになる。

 また、充分に移動の自己管理のできる青少年も、保護者や社会から見て適切ではない移動をしている青少年の場合は、「は」が取れて「グレた」と呼ばれる。もちろん、ここでも「若動説」(青少年移動説)に立っていることには、疑いがない。

 ちなみに、壮年者も物理的あるいは社会・経済的に「徘徊」していると、「浪人」「流れ者」「流民」「浮浪者」とか呼ばれかねない。

 このように見ると、高齢者「徘徊」という「認知」の在り方自体、「老動説」に立っていることがうかがえる。本来は認知症高齢者などよりもはるかに行動半径の大きい壮年者や非認知症者の側を、なぜか「不動」の視点の中心に据える。

家族監護の限界と徘徊対策

 24時間365日を何年も監護し続けることは、介護者や保護者にとっても、現実的ではない。もちろん、介護者や保護者が直接に行わなくても、ヘルパーやシッターを頼めばよい、という机上論もあろう。しかし、そのように、介護者や保護者が目を離した隙を見てくれるヘルパーやシッターがいるはずがない。そうでなくとも、急にヘルパーやシッターを探すことは容易ではない。急に探せたとしても、それがまた別の事件を起こすこともある。

 幼児・青少年の場合には、いずれは「成長」して、自己管理のできる、あるいは、自己管理の任務を帰責される、「大人」になることが期待されているので、「あと○年の辛抱だ」と展望することもできるかもしれない。しかし、これとても、必ずしも確実な話ではない。さらに、認知症の高齢者の場合、状態が将来にどうなるかは、ますます不透明である。

 そのようななかで、どのようにするか。一方では、結局、「閉じ込める」しかなくなる。ベッドに縛り付け、鉄格子の部屋に入れ、部屋や家に鍵を外からかける、などという事態である。それは、移動の自由がないという点では、「監禁」または「軟禁」状態でもある。「監禁」「軟禁」しない場合には、「捕縄」や「手錠」が必要になる。

 他方、物理的に拘束しない場合には、情報的に拘束する。各人に電波発信器やタグを取り付けて、情報的に監視するわけである。逆に、街頭監視カメラが網羅的になれば、あるいは、グーグルアース的な「偵察衛星」がより簡便かつ適時に使えれば、個々人に情報発信の端末を付ける必要さえない。ジョージ=オーウェルも驚愕の、恐るべき電子的監視社会ではある。

安心して徘徊できる町

 家族に監護の過剰な責務がなく、過剰な物理的な拘禁もなく、過剰な電子的監視網もなく、安心して徘徊させたい/したい、というのが筆者の「ささやか」な希望である。「安心して徘徊できる町」を標榜する取り組みもある。福岡県大牟田市では、家族から警察に行方不明の届けが出たという想定で、消防、交通機関、福祉関係者、市民などが、地域で一斉捜索する訓練を年1回行っているという(注1)。「徘徊」者が勝手に動いたという「老動説」に立つのではなく、域社会の多くの人がいて(=いわば「徘徊」)して探せばよいという「地動説」へのコペルニクス的転回である。

(注1)日本経済新聞2014年8月5日号夕刊、「認知症・徘徊 まちぐるみで支える 福岡・大牟田10年の知恵」。NHK「視点・論点」2014年5月27日も同様。

 もちろん、地域社会の関係者が徘徊行方不明者を捜索して発見できるということは、デジタル的(電子的)ではないがアナログ的な広い意味では、社会的監視網を構築することである。したがって、伝統的な村落共同体や、旧共産圏諸国や独裁・戦時国家の「隣組」の相互監視社会と、違いがないと言えば違いがない。

 「みまもり」とは、漢字で「見守」「看護」と書くこともできれば、「看守」と書くこともできる。「看守」られている住民は、いわば、「囚人」と同じことである。だから、「安心して徘徊できる町」が、単純に素晴らしいとは言えない。もっとも、特定の人が「看守」になるのではなく、全員が相互に「看守」になるのは公平かつ平等かもしれない。

 しかし、地域社会の「お節介」の煩わしさよりは、偵察衛星や監視カメラによって、一部の人間だけが集中的に徘徊を追跡・監視する方が、スマートで「気楽」かもしれない。とはいえ、一部の人間が他の人間を監視することこそ、「看守」と「囚人」への地域社会の分断であり、人々の間の格差として、最も忌避すべきことかもしれない。

 結局、どのような方法でどの程度まで、「安心して徘徊できる」社会を目指すかという、方法論と利害得失のバランス判断の問題となろう。

 自治体とは、一定の区域を設定して、様々な人間行動の現象に、総合的に対処するものである。人々に、安全で自由な移動を保障することは、近代行政の役割である。自治体もその役割を分担している。

 これまでは、「近代化」による伝統的紐帯の弱体化を前提にしつつも、家族制度に暗黙の依拠をして、家族介護者に徘徊の監護を委ねてきた。しかし、認知症高齢者の増大や家族・世帯形態の小規模化により、必ずしもこのような形で監護の責務を押し付けることは困難になってきた。こうした状況を踏まえて、自治体は地域社会における徘徊のミライを構築することが求められている。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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