「新・地方自治のミライ」 第21回 カジノ解禁のミライ

時事ニュース

2023.04.20

本記事は、月刊『ガバナンス』2014年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 超党派の議員連盟の一つに「国際観光産業振興議員連盟(IR議連)」がある。「国際観光産業」の振興は、地域活性化の期待も高いものであるから、ごく普通の議員連盟に見える。しかし、この議連は、通称「カジノ議連」と呼ばれており、「国際観光産業」一般の振興ではなく、カジノ解禁を目指す国政政治家の集まりである。

 もっとも、「カジノ」を「国際観光産業」の看板で表現することは、粉飾であろう。というわけで、カジノだけを前面に出すわけにもいかず、「IR」とも表記されている。IRとは、「統合型リゾート」で、カジノを中心として、「会議場施設、レクリエーション施設、展示施設、宿泊施設その他の観光の振興に寄与すると認められる施設」と一体となって設置される「複合観光施設」であるという。要は、カジノだけではない、ということだろう。

 このような国政政治家の動きは、議員立法による「カジノ解禁推進法案」の数次にわたる国会提出に繋がってきた。正式には「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」というようである。

 そして、一部の自治体は、自己の地域をカジノ解禁される特区に認定してもらい、民間事業者によるカジノ施設を誘致しようと考えているようである。今回は、こうしたカジノというミイラに憑(と)り憑(つ)かれた自治体のミライを考えてみたい。

賭博の是非

 賭博は刑法で禁止されている。もっとも、人間には「賭け事をしたい」という欲求があるので、これを全面的に禁止すると、かえって、地下犯罪組織が取り仕切ることになる危険もある。したがって、多少の「抜け道」あるいは「あそび」をつくらないと、人間社会はうまく運営できないという面もある。ここら辺りの匙加減は非常に難しい。

 ということで、実生活上、麻雀やゴルフなども含め些細な賭け事は、大目に見られる場合がある。また、組織化されているものとして、競馬・競輪・競走(オートレース)・競艇のような公営競技が認められ、宝くじやサッカーくじが運営され、また、いわゆる3店方式のパチンコが存在している(注1)。是非弁別の線引きは非常に難しく、また合理的な説明も必ずしも容易ではなく、様々な政治的・歴史的沿革も蓄積している。したがって、一概にカジノは厳禁されるべきという結論になるわけではなく、他の賭博や賭博類似活動と総合的に捉えて、社会の相対的健全性を維持するための「あそび」として、何が適切かという、総合的な社会政策・生活文化政策のなかで検討すべきである。

(注1)風俗営業であるパチンコ店では、賭博は認められないので、現金や有価証券を景品として出すことはできない。そこで、客はパチンコ店で獲得した景品を景品交換所に持ち込み現金化する。景品交換所は景品問屋に景品を売り、問屋はパチンコ店に景品を売る。こうして、「悲しき日本」では、客・3店を経由して、現金と景品が一般的交換をされる。

 ただ、端的に言って賭博とは、多くの人から賭け金を集めて、一部の人に集中的に金品を配分し、途中で賭博の主催者である胴元が中間搾取をするという、逆再配分システムである。社会政策的には逆効果・格差拡大効果がそもそもある。

 賭博の参加者は、損得勘定なしに、つまりハズレても喜んで、競技やゲームのスリルを純粋に楽しむのではなく、基本的には、一攫千金の大儲けを目的にしている。しかし、確率的に言えば、その期待が成就する見込みは非常に低い。つまり、勝ち目の乏しい戦いに、敢えて参加する数多くの無謀な人々を前提に成り立つシステムである。それゆえに、「不健全」なのである。

 統合型リゾートでは、こうした無謀な人々を「不健全」に集客して、その人たちが食事・宿泊・レクリエーションなどに消費をすれば、その限りでは「健全」な観光消費を生み出す。確かに、カジノの隣にレストランがあれば、カジノ客が食事をすることになる。一攫千金目当ての賭け事は「不健全」であったとしても、食事をすること自体は、「健全」な消費であろう。ただ、レストランは周囲に人通りがなければ「健全」な売り上げもできないので、ともかく人に来てもらう必要がある。ということで、隣に、カジノでも何でもいいから、何か集客施設があったほうがいいというわけである。

所詮は左から右への再分配

 もっとも、カジノの隣のレストランに行くか、別のところに行くかの客の取り合いでしかない。だから、国民経済的には何の意味もない。そもそも、レストラン自体に魅力があるならば、隣にカジノは不要である。唯一意味があるのは、その地のレストラン等に元々魅力がなく、かつカジノに来る客が外国人限定の「国際」観光のときだけである。しかし、外国の国民経済を犠牲にする点で、とても持続的で健全とはいえない。

 我々日本国民が、例えば、トイレットペーパーやティッシュペーパーに使った金が、巡り巡ってラスベガスに消えるのは、アメリカの国民経済としては良いだろうが、日本の国民経済にとっては損失でしかない。だから、「とりもどす」などという愚策を思いつくのであろう。しかし、日本としてなすべきは、外国のカジノのカモになるべきではない、という真っ当な教育であろう。道徳教育でやって欲しいものだ。

 また、カジノは、カジノ客間の逆再分配でしかない。簡単に言って、少数の大儲けした人間と、大損した多数の人間とが存在する。

 前者は、気宇壮大のお大尽になって、消費する大金はある。しかし、出所総額は賭博でスった他人の懐である。ならば、最初から、全員が小金を消費しても同じことである。

 後者には消費をするような金はない。むしろ、ギャンブル依存症になったり、生活が破綻したりすると、かえって福祉の必要性が出て、行政費用は掛かる。カジノ客は外国人のみで、速やかに本国に送還されるという「国際」観光の場合にのみ、国民国家的には意味がある。しかし、外国から見れば、「依存症と貧困の輸出」以外の何物でもなく、顰蹙を買うのは必定である。

 カジノは、外国人客に限定したときのみ、国民経済・国民国家的に意味がある。しかし、それは対外摩擦を招く。そのため、自国民も客にせざるを得なくなる。すると、国民経済的には消費を増やさず、単に国民間での逆再分配をするだけで、しかもその過程で、依存症や犯罪や生活破綻を引き起こすのである。

自治体そのものの「ギャンブル依存症」

 結局のところ、カジノ解禁を経済政策の手段として使おうということが、病理現象なのである。経済政策は、経済政策の王道で地道に進めるしかない。アベノミクスや地方創生が、真の意味で経済再生の効果を発揮する経済政策かどうかはともかく、経済政策の領分であることは間違いない。それゆえに、大阪都構想や道州制は第2次安倍政権のもとでは沈静化している。当面、カジノ解禁推進法案が、閣法とならず、また、国会でも成立していないのも、同様である。

 その限りでは、まだ、日本の政官の国政為政者に一定の合理性が、辛うじて存在していることの証しである。しかし、アベノミクスや地方創生の効果がなかったことが判明した暁には、カジノ解禁に飛びつく人が増える危険はある。特に、地方圏では経済無策の状態が続いているから、カジノ誘致に「賭ける」自治体関係者も登場している(注2)。しかし、仮に誘致しても、カジノを開業する胴元企業に利益を吸い上げられて、「依存症と貧困」になった地域が残るだけである。

(注2)新聞報道等によれば、大阪(りんくうタウン・夢洲)、東京(お台場)、長崎(ハウステンボス)、沖縄、北海道(釧路・小樽・苫小牧)、宮崎(シーガイア)などがあるという。過去の「一山当てよう」という開発事業に「失敗」した地域・自治体が、カジノ誘致に憑り憑かれやすいようである。

 とはいえ、人に来てもらいたい思いがあるということは、それだけ地域経済の苦境が切実なことを意味している。それは、裏返せば、経済無策の表れでもある。しかし、残念ながら自治体には魔法の方策はない。貧乏から抜け出したいとギャンブルに嵌っても、貧乏から抜け出せないのと同じである。結局、身の丈に合った地域経済政策を、地道に展開するしかない。自治体が、カジノで一獲千金を目指すとなったら、ミイラとりがミイラになるように、「ギャンブル依存症」のカジノ客より先に自治体が「ギャンブル依存症」になったということである。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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