「新・地方自治のミライ」 第6回 「国と地方の協議の場」のミライ

時事ニュース

2022.11.16

本記事は、月刊『ガバナンス』2013年9月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

参議院の弱体性

 前回でもふれたように、2013年7月21日の参議院選挙の結果、自民党・公明党の与党が大勝し、「ねじれ国会」が解消された。衆参両院を通じて基本的な多数党派が同じであり、参議院の存在意義が弱体化することが当然に予測される。

 参議院とは、なかなか位置づけの難しい存在である。衆議院と参議院の多数党派が異なる「ねじれ国会」では、国会としての意思決定は容易ではなくなる。参議院の多数を占める野党が政府・与党を苦しめると、参議院は「政局の府」となってしまう。しかし、衆参両院を通じて与党が多数を占めていれば、両院の意思決定は同じになり、参議院が独自に存在している感覚はなくなり、いわゆる「カーボンコピー」となってしまう。そこで、参議院は政党化せずに、「良識の府」として、是々非々で政策決定に当たれば、こうした問題は起きなくなると考えられた。いわゆる、政党ではない「緑風会」という発想である。しかし、意思決定の最後の局面では、与党提案に賛成するか反対するかの二つに一つであり、「政局の府」になるか「カーボンコピー」になるかである。

 さて、このような参議院の弱体性は、自民党長期政権の55年体制においても見られた現象であり、特に新しいことではない。政府・与党の意向が衆参両院で円滑に進むということは、一面では国政運営を容易にするが、他面では「多数の横暴」が容易になることを意味する。とはいえ、55年体制下では、「自社馴れ合い」とも呼ばれたように、国会運営はコンセンサス指向であり、それなりに「多数の横暴」への抑制が効いていた。

 しかし、今日では、野党各党は小政党に分裂しているうえに、多くの野党の依って立つ政策指向性の基盤に節操がなく、常に「政界再編」という離合集散が模索される始末である。こうして、国会は干乾びてミイラ化するに至った。このような状況のなかで、自治制度の持つ意味は、55年体制のときにもまして重いものになったのである。

ヨーロッパ大陸型の上院

 「カーボンコピー」になっても「政局の府」になっても困るのは、二院制の議会を採る国では共通する問題である。このようなときに、上院を自治体あるいは州政府の代表によって構成するのが、ヨーロッパ大陸の一部の国で見られる方策である。例えば、ドイツ連邦参議院やオランダ第一院(注1)は、各州・県政府の代表から構成されている。国政レベルの政権は、基本的には下院であるドイツ連邦議会やオランダ第二院の多数派から構成されるので、基本的には上院は国政政権の帰趨には影響しない。しかし、法律制定などに関して、州・県政府の全体としての意向を反映することができる。いわば、州・県の国政参加が、二院制のなかの上院として制度化されているのである。

(注1) 日本では「第二院」とは参議院のことを指すが、オランダでは「第二院(Tweede Kamer)」は政権選出に関わるので、日本の衆議院に相当する。オランダの「第一院(Eerste Kamer)」は、政権選出に直接にはかかわらないので、日本の参議院に相当する。

 自治体・州政府を代表する上院も、国政系列での政党化が進む場合には、「カーボンコピー」または「政局の府」となる可能性はある。自治体・州政府のそれぞれの多数党派が明確であれば、その総計としての上院の多数党派も明確になる。それが、下院の多数党派と同じであれば「カーボンコピー」であり、異なれば「ねじれ国会」となってしまうであろう。「ねじれ国会」が党派的に運営されれば、「政局の府」となる危険は避けがたい。

 しかし、自治体・州政府の代表者は、単なる立法府の議員ではない。地元の自治体・州に帰れば、地域での政策執行を担う行政府の担い手でもある。国政を「政局の府」として弄んだ場合、その混乱の悪影響は自らが行政を預かる自治体・州政府にも及ぶ。なぜならば、こうした国々の場合、国レベルの政策や法律は、しばしば、自治体・州政府を通じて執行されているからである。州・自治体は、地域の政権運営が円滑に進むように、混乱を避けるように行動するだろう。「政局の府」になる可能性が低いのが、こうしたヨーロッパ大陸型の上院なのである。

 くわえて、国レベルで決められた政策や法律を執行するのが州・自治体であるならば、州・自治体が単なる国の下請機関にならないためにも、政策立案・決定や法律制定の段階から影響力を国政で行使する必要がある。そうしなければ、意に沿わない政策・法律を、唯々諾々として執行せざるを得ないからである。この点からも、ヨーロッパ大陸型の上院に学ぶところはある。

「国と地方の協議の場」の可能性

 日本の場合に、参議院を自治体政府の代表者(例えば知事)から構成するように改革することが可能かどうかは、研究が必要なテーマではある。しかし、そうした机上の改革論議に現(うつつ)を抜かす前に、実質的に自治体が国政に参加する可能性として、「国と地方の協議の場」を生かしていくことが重要である。

 国と地方の協議の場は、小泉政権下の三位一体改革において、事実上の国・地方間の協議機関として開始された。その後の政権においても、事実上の協議が断続的に開催されており、自治体側はその法制化を求めていた。そして、09年に成立した民主党政権下において、第1次安倍政権が設置した地方分権改革推進委員会の第3次勧告に基づく形で、11年5月に法制化された。誕生の経緯から見ても、自民党政権の「多数の横暴」によるというよりは、自民党・民主党という(当時の)二大政党の合意があったと言えよう。

 民主党政権のもと国と地方の協議の場では、子ども手当問題、東日本大震災対応などいくつかの論点が扱われたが、最も大きな論点は、税・社会保障一体改革である。この一体改革は、民主党・自民党・公明党という与野党三党協議に基づく与野党コンセンサス型(悪く言えば談合型)であるとともに、国と自治体との協議を経ている。このようなコンセンサス型の運営の萌芽が存在していたことは貴重である。

 もちろん、国と地方の協議の場を、自治体側が充分に使いこなしたかには疑問はある。税・社会保障一体改革でも、地域現場を預かる自治体側の視点と知見から、少子高齢・人口減少・限界社会に向けた、中長期的な社会保障のビジョンが提案できたとは、必ずしも言えないところである。また、協議は消費税配分問題に終始してしまったともいえるが、結果的な配分は、中長期的な社会保障システムの持続可能性の観点から、地方側にとって必要充分であるかも、疑問はあろう。そもそも、地方六団体の各団体の「総意」としての意見開陳=陳述・陳情を国政政権側にしただけであり、協議がどこまで実質的であったのかも、心許ないところがある。

 このような限界はあるものの、国と地方の協議の場が法制化されたこと自体は、参議院が弱体化・有名無実化するなかで、非常に貴重な代替フォーラムが形成された点で貴重だといえる。現代日本の自治体は、党派色をギラつかせず、「無所属」の「住民党」的なスタンスをとることが普通である。そこで、国政がどのような政権になろうと、党派政治に基づく「政局の府」となる可能性は低い。むしろ、政策執行の地域現場を預かる「地に足の着いた」現実的な視点を、ともすれば、観念的な、「ハイ」(注2)になりやすい「政治主導」の国政政権に、注進することが期待されよう。

(注2) 国政の役割は、英語圏では「ハイ・ポリティクス(high politics)」と呼ばれ、自治体の「ロー・ポリティクス(low politics)」と対置されることがある。「ハイ・ポリティクス」は、国防・外交や金融・マクロ経済財政運営は「高級」だという自尊心の現われかもしれないが、精神的に「高揚感」をもって「ハイ」になりやすいことも事実である。

「総意」と棘

 参議院はミイラ化しつつあるわけであるが、それに取って代われる可能性があるのが、自治制度であり、国と地方の協議の場である。しかし、国と地方の協議の場の運営は、決して容易なものではない。多類型・多種・多様・多数の自治体の「総意」とは、しばしば、冴え(エッジ)のない曖昧な主張を意味する。国と自治体の協議の結果としてコンセンサスができるのはよいのであるが、協議する前から自治体側の主張に棘が無ければ、国と地方の協議は国側のペースで進むだろう。国と地方の協議の場に生気を吹き込むことができるか、単なるミイラ化した場に留まるか、自治体、特に地方六団体の責任は重い。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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