“私”が生きやすくなるための同意

遠藤 研一郎

『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』 <第3回>職場においての同意の重要性と危険性

キャリア

2022.11.15

新刊紹介

 (株)WAVE出版は2022年9月、『“私”が生きやすくなるための同意 「はい」と「いいえ」が決められるようになる本』(遠藤 研一郎/著)を刊行しました。
 我々は「自分の領域」を持って生活しています。その領域とは、名前、住所、趣味、財産、価値観、気持ちなど、自分を形作るすべての要素を指し、他人が無断で踏み入れることはできません。
 この本では、そんな自分の領域を自分専用の乗り物=「ジブン号」として解説していきます。自分で運転できてプライベート空間が保てるジブン号に他人が乗り込むには同意が必要です。さらに、ジブン号には鍵のかかったスーツケースが積まれ、その中には大切な袋がしまわれており、同意なしに開けることは許されません。同じように、他人にもそれぞれ「タニン号」が存在し、自分が乗り込むには同意をもらわなければなりません。
 それぞれ違う考えを持つ人たちが一緒に心地よく生きていくということは、同意をする、同意をもらう、つまり「はい」と「いいえ」が無数に繰り広げられ、きちんと作用しているということです。逆に、もやもやする、嫌な気持ちになる、トラブルが起きる……これらは同意ができていない証拠です。
 法的な問題になるハードなケースの手前に、いくつもの同意の場面が存在することを改めて見つめ直し、自分にも他人にも存在する領域を認め尊重する社会を望みます。
 ここでは、本書の「第4章 関係ごとの同意」より「5.職場の関係」の一部を抜粋してご紹介します。

グイグイ派には適度な距離を

 次は、「職場」の関係に目を向けてみます。
 職場でのつながりは、少し厄介です。そもそも、同じ職場の働き手同士は、職場という領域では同じ目標に向かって協力し合う関係ですが、プライベートはほとんど知らない人も珍しくありません。
 1日のうち、相当な時間を同じ場所で過ごし、仕事が人生そのものなんて人も少なくないのに、一般的な認識や言葉の使い方として、「職場」は「プライベート」に含まれていません。職場のつながりは決して強くなく、人生のある一面にしか過ぎないようです。

 そんな職場で、むやみに他人の領域に踏み込んでくる同僚がいます。仕事中にプライベートな話をしたがる人、ランチや休憩時間も仲良し関係を強要してくる人、ズレた感覚の「職場のチームワーク」を強調する人……。このような同僚には困惑しますよね。もちろん、職場の人間関係は大切です。ドライに割り切り過ぎると、職場の雰囲気がギスギスして、仕事がうまく回らないこともあるでしょう。しかし、仕事とプライベートの境がなく、グイグイこちらの領域に入り込んでくる人に、少し苦手意識を持つ人も多いはずです。
 通常は、礼儀として、お互いの領域を配慮し、過度にプライベートに立ち入らないとか、ランチや飲み会の誘いもやんわりと断わるとかの工夫をしている方が大多数でしょう。「空気を読む」ということです。
 でも、それをしてくれない相手には、自分の領域を意識しながら、ジブン号の扉の開け閉めの権限は、やはり自分自身が持っているということを強く意識したいところです。

 他人の悪口など無意味な雑談、行きたくないランチや飲み会の誘い、理由もなく押しつけられる仕事などに対しては、言葉を選びながらも、自分が同意していないことが伝わるように振る舞う勇気が必要です。
 「それができたら苦労しない」と思われるかもしれません。でも、断らなければ、自分の領域への無断侵入は永遠に続き、いつの間にか、自分も、その苦手意識を持っていた相手そのものにすらなってしまう危険があります。繰り返しますが、ジブン号のハンドルを他人に握られてはいけません。
 そもそも相手との距離をあまり縮めたくなければ、言葉使いに気をつけるのもいいでしょう。くだけた言葉使いをする人に対して、同じような言葉を使うと、同意して当然のような空気感が醸成されるかもしれません。丁寧語、尊敬語を使い続けることで、相手との距離が一定に保たれ、相手がジブン号の扉をノックすることへの抑止力にもなるでしょう。

NOと言いにくい危険な関係

 割り切って断れるような関係であれば、まだマシですが、職場には、「上司・先輩と部下」という、最初から対等でない、厄介な関係も存在します。素敵な上司・先輩に恵まれて、毎日の仕事が楽しくて仕方ないという人もいるでしょう。
 でも、他方では、上司・先輩との関係に苦しむ人も少なくないのです。上下関係には一定のジェネレーション・ギャップのようなものがあり、それに加えて、威圧的だったり、やたら論破して相手を見下したり、文句や嫌味ばかり言ったりする上司・先輩だと、部下は仕事そのもの以外のところで疲弊してしまうのです。

 「ぼくの若い頃はね……」なんて言いながら、自分固有の価値観や正義感をグイグイ押しつけたり、武勇伝を自慢したりしてくるレベルであれば、まだ、なんとか防御方法もあるでしょうが、深刻なのは、「職場でのいじめ」のレベルに達する場合です。

 「いじめ」って、子どもたちの世界だけのものではありませんよね。「いじめはダメ」なんて子どもに言うくせして、大人たちの世界でも、至るところで、存在するわけです。
 知恵が働くぶん、タチが悪く、陰湿かつ過激です。中でも、職場でのいじめは、大きな社会問題です。生活がかかっているわけですから安易に逃げ出すわけにもいかず、「いじめる人に近づかなければいい」という理屈が成り立ちません。
 連合が行った『仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2021』によると、ハラスメントの加害者の半数以上が「上司」です。「先輩」というカテゴリーを含めると、さらにその数値は上がります。上司・先輩だからこそ逆らえないし、逃げられない。自分の判断で距離を保って、ジブン号の扉をノックさせないようにしたり、ノックされても扉を閉めたままにして開けさせたりしないということが、簡単ではない状況なのです。

著者紹介

遠藤 研一郎 (えんどう けんいちろう)
中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。
1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。

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2022/9 発売

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中央大学法学部教授、公益財団法人私立大学通信教育協会理事、国家公務員採用総合職試験専門委員。
1971年生まれ。中央大学大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は民法学。専門領域の研究のほか、幅広い世代に「法的なものの考え方」を伝えるため、執筆活動も続けている。おもな著書・編書に『はじめまして、法学』(ウエッジ)、『僕らが生きているよのなかのしくみは「法」でわかる』『マンガでわかる! わたしの味方になる法律の話』(ともに大和書房)、『6歳から親子で学ぶ こども法律図鑑』(三交社)、『12歳までに身につけたい 社会と法の超きほん』(朝日新聞出版)などがある。

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