「新・地方自治のミライ」 第5回 参議院の弱体化と自治制度

時事ニュース

2022.11.09

本記事は、月刊『ガバナンス』2013年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

バランス感覚の発揮

 2013年7月21日に参議院選挙が行われた。参議院選挙の「争点」は、自民党が参議院での過半数を回復して「ねじれ国会」を解消するか、さらには、改憲勢力が参議院の3分の2を占めるか、というものだった。

 前者は、1989年参議院選挙で、リクルート事件・消費税を巡る政権批判の中で、自民党の過半数割れを生じて以来の、「改革の時代」が終わるかに関わる。基本的には、短い期間の例外(細川・羽田・小(しょう)鳩山・菅・野田政権の約4年間)はあっても、自民党が政権に居座り続けながら、参議院では自民党が少数という状態が続いた。いわば、有権者のバランス感覚が発揮されていた。半永久政権党である自民党が安定政権を維持し得ないため、良くも悪くも、戦後体制を見直す諸改革が進められていたのである。

 後者は、55年体制として、半永久政権党=自民党が、国政権力を握っているにもかかわらず、自らの権力の基盤であるところの憲法を変えようというのに対して、権力を握っていない勢力が、参議院の3分の1以上を占め、自民党の権力基盤である憲法体制を護持するという、「ねじれ戦後体制」が続くかどうかに関わるものである。戦前の政党(特に政友会)は、自らの権力基盤であった憲法体制解釈(いわゆる、美濃部達吉の「天皇機関説」)を攻撃し、「国体明徴運動」を展開して、自滅していった。幸い、戦後体制の自民党は、護憲勢力のお陰によって自滅を免れ、政党政治のもとでの長期政権を享受できた。ここにも、統治手腕はあるが自滅指向の自民党に過半数を与えつつ、統治手腕はないが持続指向の護憲勢力(社会党など)に3分の1以上を与えるという、有権者のバランス感覚が発揮されていた。

 この二つの意味で、日本国民のバランス感覚の喪失が生じるかどうかが争点であった。

バランス感覚の喪失

 結論的に言えば、国政レベルにおける日本国民のバランス感覚はほとんど消滅した。次回参議院選挙や、それより先に他党からの合流で、自民党単独過半数の回復が視野に入った。「政治改革」の思惑通りである。

 この「政治改革プロジェクト」は、上記の89年の参議院選挙での自民党過半数割れに対する、自民党側からの反撃であった。簡単に言えば、衆議院に小選挙区制度を導入することで、自民党政権を再強化する目的である。55年体制は、衆参で3分の2は持たないが、衆参を通じて過半数は掌握しており、その限りで政権運営が円滑だった。そこで、参議院の過半数がなくとも、衆議院を基盤とする議院内閣制を構築し、安定政権を確保し続ける作戦である。もちろん、そのような党利党略だけでは正当化できないので、「金の掛からない選挙」、「政党本位の選挙」(同一選挙区では同じ政党の候補者同士は競争しない)、「政権交代ある二大政党制」、「内閣主導による政治主導」などという修辞が付された。このような修辞を額面通りに受け取って踊らされたのが、「新進党」「民主党」などという勢力である。

 「ねじれ国会」という国民のバランス感覚に従い、非自民党勢力は〈野〉(注1)に留まるべきだった。所詮、統治手腕はない勢力として、統治手腕のある勢力に政権を担わせつつ、しかし、長期的視野から、統治勢力が自滅しようとする傾向を抑えて、日本社会の持続性を目指すべきだったのである。こうした状態は、94年の自社さ政権や、98年の金融国会などで、充分に効果を発揮した。当時の社会党や(旧)民主党は、任務を果たしていた。

(注1) 当時政界で言われた言葉に「ゆ党」というものがある。「野(や)党」と「与(よ)党」の中間である。その言い方を用いれば、〈野(や)〉は無理でも、〈与(よ)〉にならないように、せめて〈ゆ〉に留まるべき、という感じかもしれない。

 しかし、額面通りに「政権交代」を考えた勢力は、本気で政権交代を目指してしまう。こうして、2009年の政権交代という「棺桶の蓋」を開けた。藩閥政府の「深謀遠慮」で政権を委ねられた隈板内閣のようなものである。民党勢力が政権を担うことは、政権運営をめぐる混乱から、自滅になりやすい。こうして、藩閥政府・高文官僚制を再強化させた。同じように、(新)民主党は、「政権交代」を目指してしまい、ついに、それを達成してしまった。「3分の1以上を占める万年野党」「参議院で過半数を持つ野党」の持つ、国政上の重要な安定・持続機能を理解できなかったからである。

 こうして、1990年ごろに自民党が打ち出した「政治改革プロジェクト」は、2013年にようやく成就した。それは、統治手腕はあるが自滅指向を持つ国政為政者の強化であり、いわば、「ぶっ壊し屋」の思惑の実現である(注2)。参議院の体制護持機能は弱体化した。

(注2) 言うまでもなく、元祖「壊し屋」小沢一郎・民主党代表は、小(しょう)福田首相との大連立交渉に乗ったのであり、額面通りの正面からの「政権交代」を画策はしていなかった。

参議院の機能弱体化と地方自治の役割

 「ねじれ戦後体制」および「ねじれ国会」に埋め込まれた、戦後民主体制の護持機能および改革機能は、「政権交代」の餌につられた新党勢力によって消滅した。戦後の社会党が果たしてきた「万年野党」と「革新自治体」という体制護持/改革機能を理解できず、国政政党が政権参画を渇望する状態を来たし、結果的に、自民党=超一党優位体制をもたらした。そして、自民党政権は、統治手腕があるだけに、自滅をも実現させる能力を持つ政権である。

 このような状況で、現代日本の国制の中で、国政政党の自滅指向に対して、持続指向に立ち得る数少ない候補が、自治制度である(注3)。自治体は、国政に取って代わることは有り得ないのであって、統治手腕があろうとなかろうと、いわば、国政という観点からは「万年野党」勢力である。これを、国政野党という「政治的野党」に対して、「制度的野党」とも言う。党派イデオロギー的には、国政自民党に近いとしても、地域的実情によっては、国政自民党と方針を同じくしない(注4)。いわば、「与党内野党」とも言える。

(注3) 論理的には、司法制度(裁判所)、公務員制度(官僚制)などもある。しかし、最高裁判所裁判官は、内閣が指名する人で構成されるのであって、「統治行為」には遠慮する。官僚は、資格任用制の公務員制度のもとで一定の自律性は持つが、任用は政治家大臣によって行われ、政策活動への指示・承認も内閣・与党が出しているのであって、「政治主導」には最終的には服さざるを得ない。戦前では、軍部や「革新」官僚・政党の体制破壊活動に対して、天皇・重臣リベラルが抵抗した可能性もあったが、現実には無力であった。現代では尚更に有り得ないだろう。

(注4) 例えば、自民党福島県連は「脱原発方針」を掲げ、自民党沖縄県連は「米軍基地県外移設」を唱える。

 自治体為政者が、持続指向か自滅指向かは、一概には言えない。ただ、自滅指向の自治体政治家は、基本的に国政に進出するだろう(注5)。なぜならば、自治体の日常運営に統治手腕を発揮すれば、必然的に、地域の持続性を考慮し、その実現を目指さざるを得ないからである。ただ、自治体為政者が、その地位にありながら、道州制・出先機関移譲などの「統治機構改革」などに現(うつつ)を抜かしているのであれば、自滅的であろう。その意味で、自治体為政者の分布も、微妙なところではある。

(注5) その嚆矢が、元熊本県知事・細川護煕氏である。

 自治体為政者は、自治体における統治手腕を発揮する本務に専念し、結果的に、日本社会の持続性の護持と漸進的改革に回帰すべきであろう。自治体は、国政を直接には担わず、しかし、日々の自治体レベルでの統治の実績を挙げ、国政に対する謙抑者と改革者として登場することで、結果的には、国政と日本社会の持続性にも寄与するものである。

〈地方〉に留まり続ける意志と能力

 1989年に眠りから目を覚ました参議院は、「政治改革プロジェクト」の深謀遠慮が実現することで、ミイラ化して眠りについてしまった。参議院の再生には、もし時間的に余裕が与えられて可能であるとするならば、国政当事者が「政治改革神話」から覚醒することが必要である。しかし、「二大政党制」「政権交代可能」「政治主導」「内閣・官邸主導」などという、甘い修辞から逃れることができるかには、大いに疑問がある。権力指向の国政当事者は、発展途上国に見られるような「政府党」への誘惑に弱いだろう。

 このような国政の自滅指向に対して、暴走を抑えうるのは、自治制度だけである。自治体為政者が、国政に参入しようとか、統治機構改革を要求しよう、などという権力志向の思いを自制し、日常的な地域社会の自治の実践に全力を尽くすこと、そして、その限りで、「国と地方の協議の場」その他で、国政に対して厳しく対峙すること、が自治体の役割である。もちろん、権力志向をエネルギー源とする自治体為政者も、国政への誘惑は絶ちがたいだろう。しかし、今求められているのは、〈地方〉に留まり続ける意志と能力である。さもなければ、参議院に次いで、自治体もミイラ化することとなろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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