時事問題の税法学
時事問題の税法学 第10回 ふるさと納税
地方税・財政
2019.07.01
時事問題の税法学 第10回
ふるさと納税
(『月刊 税』2016年8月号)
増える寄附金税額控除
ふるさと納税。正式には地方税法第37条の2に規定される寄附金税額控除の通称であるが、カタカナ表現が多くなったお役所言葉にしては、耳当たりがいい。もっとも納税という表現は誤解されやすく、かえって寄附金税額控除の方が説明しやすいような気もする。
総務省は、6月14日に「ふるさと納税に関する現況調査」の結果を発表した。それによれば平成27年度の寄附額は、約1653億円であり、前年度の4倍を超えた。その要因には、豪華な返礼品、税額控除される寄附額の上限が2倍になったこと、手続の簡素化などが挙げられている。
熊本地震発生から5月末までに、熊本県と熊本県下17の市町村に合計約193億円のふるさと納税による寄附が寄せられており、またいったん受け取った寄附金を被災地に送金した自治体も17団体約6億円にのぼる。
一方で返礼品競争の激化に対する批判がある。本来、見返りを求めない寄附の精神にそぐわないという見解もあるが、納税者にとって返礼品選びも楽しみのひとつであろう。
さらに、ふるさと納税が富裕層の節税対策に利用されているという批判も根強い。高額所得者が百万円単位で寄附をしている現実は確かにある。税額控除の効果は大きい。課税の公平に反するという指摘となる。
平成19年10月に公表された「ふるさと納税研究会報告書」では、ふるさと納税の意義について以下のように述べている。
「たとえ納税分の一部であっても、納税者が自分の意思で、納税対象を選択できるという道を拓くものであり、それが実現すれば、税制上そして理論上、まさに画期的な歴史的意義をもつものといえる。自分の意思で納税先を選択するとき、納税者はあらためて、税というものの意味と意義に思いをいたすであろうし、それこそは、国民にとって税を自分のこととして考え、納税の大切さを自覚する貴重な機会となる」
画期的な意義をもつ「ふるさと納税」
この報告書を読んだとき、この報告書が出されたほんの数年前に話題となった田中康夫長野県知事(当時)の主張を思い出した。田中知事は、長野県泰阜(やすおか)村長の福祉行政に共鳴し、「住民税は好きな自治体に払いたい」として、住民票を長野市から泰阜村に移したことから騒動になった。田中知事時代に長野県下の地方団体が主催した研修会に講師として赴いたとき、団体役員諸氏の会話から猛烈な知事批判が飛び出したとき驚愕した記憶があるから、その背景には、政争という要因もあったはずである。結局、この騒動は、公職選挙法上、生活実態がないとして泰阜村への転入は否定されたことで収束した(最高裁平成16年1月18日決定)。
田中知事の主張に対して、「好きな自治体に税金を払う」となれば、地方自治が崩壊するといった指摘があった。確かに税の本質、とくに地方税における応益負担の原則を考慮すると説得力がある反対論といえた。
この反対論を踏まえると、ふるさと納税研究会報告書の記述は、まさしく画期的な歴史的意義をもつ制度といえた。田中知事の主張は先駆的だったといえる。もちろん厳密にいえば納税ではなく、結果としては税額控除による税負担の軽減であるが、「好きな自治体」に金銭を払う趣旨には沿っている。本来、税には反対給付がないが、返礼品という、いわば反対給付があることから、制度をゆがめている見解もあるが、広く国民に納税について関心をもたらしたことは否定できない。
NHKの世論調査によれば(NHK放送文化研究所編「現代日本人の意識構造〔第8版〕」NHKBOOKS1228・NHK出版)、納税を義務ではなく権利と思っている人は、46.8%とされる。いわゆる言論の自由が権利と思っている人は36.4%であるから、いかに納税に対する権利意識が高いかに驚く。信じがたい調査結果というと語弊があるが、税額控除を納税と言い換えたネーミング効果は、権利意識を刺激したかもしれないというと皮肉に聞こえるだろうか。