時事問題の税法学

林仲宣

時事問題の税法学 第41回 違和感

地方自治

2019.09.05

時事問題の税法学 第41回

違和感
『税』2019年3月号

義務を負う”シャ”

 事務所内では、「ゲンセンの時期が来ましたので……」という電話でのやりとりが飛び交う。受給者10名未満の中小零細企業における源泉所得税の納付特例の期日の連絡である。「ゲンセン」というだけで相手が理解しているのか違和感がある。

 大学院の修了試験に合格し、税理士登録に必要な実務経験を得るために税理士事務所に初出勤したときのこと。当時としては珍しい大人数の事務所で税理士も4名いた。初仕事として、ベテランの女性スタッフから、「イチニンベツからゲンセン書いて」といわれた。まさしく「?」の表情を見た直属の上司であった税理士が嗤(わら)いながら、「年末調整の手引き」を渡してくれた。つまり年末調整を手計算で集計した「一人別源泉徴収簿」から「源泉徴収票」に転記しろ、という指示だった。現在でも配られているが、上の2枚が給与支払報告書、下の2枚が源泉徴収票という用紙に手書した。その後、3年間、この女性から書類作成の仕方を教え込まれたが、いまでも会うたびに思い出す。初日の「ゲンセン」は忘れられない。

 高齢者の域に達したので、昨年からお役御免となったが、税理士会の無料納税相談も始まった。相談会場で同席する税務署員は、「シャの判断で……」などという。納税者の略称である。経産省関係者では、消費者を「シャ」というと聞いたことあるが、役所の隠語といえる。税理士会に入りたての頃、「シャ」という人は国税OBの税理士だと自身もOBだった業界人から聞かされた。学科内で税法分野の教員4名のうち3人が国税出身の研究者という陣容の環境に身を置いたことがあった。3人の先生方が、授業中、当然のように「シャ」を連発するため、学生から「シャ」とは何かと密かに質問されたことが懐かしい。

 例えば、地方税法第1条第10号は、特別徴収義務者について、「特別徴収によって地方税を徴収し、且つ、納入する義務を負う者をいう」と定義している。いま読者は、「義務を負うシャ」と読んだはずだろう。ただ、法律用語辞典などでは、「もの 物 者」という項目があるから、「モノ」と読むべきと感じる。大学院の授業で、院生たちが条文を音読するとき、者を「シャ」と発音するたびに違和感を禁じ得ない。

法学の射程

 大学院といえば、今回も修士論文の審査に参画した。タイトルに、「……の射程」という法学論文を見かけることが多い。研究報告の論題でも、「法人税法●●条の射程」とか、発言でも、「この規定の射程は……」というような言い方もでる。この射程という表現は、法学の研究では多用されている。射程とは、条文や規定の適用範囲とか適用の限界という語義といっていい。

 この射程という言葉に違和感がある。おりしも米露では、射程500キロ前後の中距離ミサイル開発に関する紛争が報じられたが、射程という軍事用語がけしからん、というのではない。

 もともと射程といえば、司馬遼太郎が描く日清日露の戦役ではないが、砲弾が着弾できる扇形の地域である。砲弾が敵地に届くために砲身を上下し、あるいは砲車を前後に移動させるなど、侵攻に応じて臨機応変に着弾場所を調整するから、射程は常に流動的でなければならない。

 この射程という表現を日常会話に使えば、ゴルフボールの飛距離と同じだろう。ただしゴルファーの体調と道具、ゴルフ場の地形や気候により、飛距離は打球するたびに伸縮するから、射程ほど正確ではないと思うが。

 これに対して研究において射程という表現を使う場合は、論文の論旨、発言の趣旨を問わず、範囲や限界について、自己の見解を明確に主張することに用いられる。新しい事案や事例に応じてコロコロと、主張を変えるなら、研究者としては失格といえる。コロコロ変えなければ目的が達成できない射程とおのずから異なる。もっとも、「地方税法第1条第10号の飛距離は……」と言っても様にならないのも事実である。

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