時事問題の税法学

林仲宣

時事問題の税法学 第5回 留学生

地方自治

2019.06.28

時事問題の税法学 第5回

留学生
(『月刊 税』2016年3月号)

居住者と非居住者の源泉徴収

 留学生が一般企業に就職するのが難しい。留学生の日本語教育に従事する教え子と東京駅構内で会食したときの話だ。飲食店がひしめく東京駅の隠れ家的な店にもアジア系女性の店員がいた。ベトナム人だろうと教え子がいう。外国人店員に接客されることは日常的であるが、ビジネス街と学生街が交錯する東京・神田神保町の牛丼チェーンの店で、猛烈に働くアジア系女性の迫力に圧倒されたことがある。

 1月24日各紙が、福岡県下の日本語学校の経営者が不法就労助長の容疑で逮捕されたと報じた。生徒に法定労働時間を超えるアルバイトを紹介したことが理由であり、学校関係者が摘発されることは極めて異例という。もっとも記事には、学校側が、複数のアルバイト先の勤務予定を詳細に記したシフト表を作成していたとされ、授業料を確実に徴収する意図があったのではないかと指摘している。

 かつては企業が不法就労の罪に問われた時代があった。当時は、多くの中小企業が好景気と人手不足のなか、背に腹はかえられないと不法滞在を承知で外国人を雇用していた。3か月有効の観光ビザ等で入国し、そのまま居着いてしまった人たちを、である。

 このころ税法の領域で話題になったのは、居住者の認定問題である。給与課税では居住者は通常の源泉徴収であるが、非居住者は一律20%源泉徴収である。当然、税負担は居住者の方が少ない。居住者の判定基準は、住所の有無又は国内における1年以上の居住要件の2つである。この場合における1年間の算定方法について課税庁は、合法状態において1年間以上と主張していた。法令や公開通達にも記載されていないにもかかわらず、合法状態で算定すると専門誌で解説した識者もいたから、非公開通達があったのかもしれない。確かに海外に扶養家族等が何人いるというのも怪しげな話になるから課税庁の考えも理解できた。しかし、租税法律主義の見地から疑問を呈したのは、平成2年12月のことであるから四半世紀以上も昔の話である。

留学生に対する課税

 福岡県下の事件で各紙は留学生と書いていた。日本語学校なら留学生ではなく、就学ビザで在留している就学生ではないかと思うが、留学生に対する課税についての議論が少ないことが気になる。

 いわゆる留学生とは、学校教育法に規定される大学、短期大学などに入学するために留学ビザで在留している外国人学生をさす。留学生の場合は、締結している相手国により対応がさまざまであるが、租税条約により所得税や住民税の免除規定が適用されることがある。

 一例を挙げるならば、日中租税条約では、留学生の租税を免除するとしているから、法定労働時間との兼ね合いもあるが、俗な言い方をすればいくら稼いでも課税されない。ただし実際は、給与所得を前提としているから、所得税を源泉徴収しないことで免除は実施される。手続上は、中国人留学生を雇用する源泉徴収義務者が、所轄税務署に「租税条約に関する届出書」を提出しなければならない。

 あえていえば、税務署を敬遠しがちな中小零細企業ならともかく、全国的に展開する大手居酒屋チェーンでアルバイトをしている中国人留学生が、この恩恵に浴していない事実を最近、大学の教室で聞かされた。残念なことだ。

 住民税はさらに混乱する。源泉徴収の場合は、まったく痛税感がない。住民税の納付書が届いたところで、免税になることに気が付く留学生も出てくる。自治体は、機械的に給与支払報告書をもとに税額算出しているだけだから、解決できない。源泉徴収義務者による過誤納の手続に頼るしか途はない。

 もっとも租税条約の趣旨に鑑み、独自に住民税を免除している自治体はある。例えば極めて古い自治省税務局長通知(昭和40年6月10日自治府第62号・市町村税条例研究会編集『コンメンタール市町村税条例(例)』ぎょうせい265頁)は、租税条約の免除対象税目に住民税が含まれていない場合でも、住民税も非課税とする内容である。この通知などは、免除の根拠として相応しいかもしれない。

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特集:新行政不服審査制度に地方税部門はどう備えるか

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