時事問題の税法学
時事問題の税法学 第42回 資産価値
地方自治
2019.09.06
時事問題の税法学 第42回
資産価値
(『税』2019年4月号)
地価下落
顧問先と打ち合わせのために、地下鉄表参道駅を出て、青山通りを渋谷方向に向かう。この交差点あたりに学生時代に通っていた、当時としては珍しい和風パスタのお店があったと思い出しながら、促されて左折。道幅は狭いが、華やか雰囲気の通りに出た。あぁ、ここは骨董通りと気がつく。そういえばこの通りにあったメンズショップを気に入っていた同級生から、今年は年賀状が来ていなかったと考えた時、同行の税理士が、「この路地を入ったところがあの土地ですよ」という。自然と左折して50メートルほど歩くと、左側にフェンスに囲まれた一団の土地が広がった。そうここは東京都港区南青山5丁目、あの児童相談所等の反対運動で話題となった地域だ。
政治家の発言のように、切り貼りしたコメントといえなくもないが、テレビで流れた反対住民の声に、「有識者」から「お笑い芸人」まで非難の声をあげていたから、まさしく社会通念上は、批判の対象といっていい。
1月末の住民説明会の報道では、「児相を反対するのではなく、経済効果のある商業施設の方がこの街には相応しい」とコメントした中年男性がいた。これをうけて、ジャーナリストのコメンテーターが、「やはり反対住民の本音は、地価が下がることであり、児相ができれば地価が下がるかもしれないが、その反面、不動産市場が活況となり……」という趣旨の発言をした。この市場論理が正しいかはさておき、やはり反対住民の懸念は地価下落だろう。ここでいう地価とは、売買価格いわゆる土地相場を指している。都内は、バブル経済崩壊後、土地神話も消滅し、地価が下がっても簡単には固定資産税評価額が下がらず騒動になった地域でもあるが、高額な固定資産税の負担もひとつのステイタスとなるから、そんな単純な話ではない。
千葉県市川市の保育園、大阪市淀川区の納骨堂、大阪府摂津市の外国人研修施設などの反対運動が報じられてきた。反対理由は、増加する利用者による交通渋滞が表に出ていたようだったが、本音は地価下落を心配しているのかもしれない。この地価下落について、資産価値(財産価値でもいいが)が減少するという表現をすることが多いが、これには疑問がある。
価値のない居住用資産
税法的な視点でいえば、資産税と総称される譲渡所得課税、相続税・贈与税が課税対象とする資産の概念は広いが、資産といえば土地と考える人は多い。そこで例えば、南青山で土地(建物も含んで)を所有している人の目的は、居住用住宅、店舗併用住宅、賃貸物件に分けられる。確かに地価が下落すれば、家賃、賃料、地代も下がるなら深刻である。そういえば、反対住民のバックには不動産会社がいるという、まことしやかな噂がネット上に散乱していた。事実なら分譲マンションの販売価格に影響を及ぼすことを警戒しているのだろうか。
結局、地価と不動産収入が連動するなら死活問題であり、一方、大型商業施設ができれば地価が上昇する可能性が高い。ただ報道される反対派は、生活している住民であり、居住している人たちの声だった。
資産の概念を狭義に捉えてみる。資産とは、投資等に自由に使える自己資金や賃貸など有効利用できる不動産であり、仮にそれを失っても日々の生活に直接、影響を及ぼさない財に限定する。つまり自宅を処分すれば別の住まいを探さなければならなくなるから、居住している土地建物は資産ではない。
資産税の分野でも、居住用資産については税負担を軽減する特例措置が講じられている。譲渡所得課税では、自宅を処分するという家庭の事情に配慮した3000万円控除があるし、相続税では、残された遺族の生活の場所に対しては小規模宅地評価の特例が設けられている。課税対象の資産を広義とする税制であっても、いわば狭義の資産は担税力の評価が低い。極論ではあるが、資産価値を認めていない。
そうなると住環境の変化により地価が下がり、売却額も下がりかねない状況を資産価値が減少するという言い方は可笑しい。反対の人たちは、南青山に住むことに誇りを持っているから、売却することなど想定外と思うのだが。