普通財産の賃貸借契約における賃料の改定交渉 弁護士 吉永 公平

自治体法務

2022.03.29

 複雑な法制度の中で適切にビジネスを進めるためには、司法の場での事後的な救済を待っていては遅く、自らが行おうとするビジネスについてあらかじめ規制当局と折衝し、時には時代にそぐわなくなった規制の変更を求めてルールメイキングそのものに関与していく必要があります。こうしたニーズは、技術革新、価値観の多様化により社会変化が加速度的に進む現代においてはとりわけ大きいものといえ、今後ますます増加していくものと思われます。このたび、(株)ぎょうせいは、日本組織内弁護士協会第4部会(国、地方公共団体等)の会員で、国、地方公共団体、独立行政法人などのパブリックセクターに現に所属する、または所属した経験のある弁護士、および同協会パブリックアフェアーズ研究会等に所属し民間企業においてガバメント・リレーションズを担当する弁護士の有志の執筆にかかる『企業法務のための規制対応&ルールメイキング―ビジネスを前に進める交渉手法と実例―』を発売しました。本書には、地方自治体にも大いに参考となるものと思われますので、特に関係する事例の解説を抜粋して紹介します。

 

普通財産の賃貸借契約における賃料の改定交渉
弁護士 吉永 公平

 

〈Case3-⑬〉
 私どもの団体は何十年も前から、自治体から土地を賃借して駐車場として使用しています。賃貸借契約の期間は1年で、毎年契約を更新していましたが、その間ずっと賃料の改定はありませんでした。しかし、このたび、自治体から、今さらのように賃料が時価よりも相当低額であるとして、適正な賃料への増額を要求され、賃料の増額に応じないと契約を更新しないと言われています。このままでは土地をいきなり使えなくなるので、事業に支障が出てきてしまいます。われわれとしては土地を何とか使い続けたいですし、それが難しくても今すぐに駐車場をなくすことはできません。何とかならないでしょうか。

 

【考えられる対応】

 地方自治法上、条例または議会の議決による場合でなければ低廉な賃料による賃貸借契約は認められない。したがって、賃借人としては適正な賃料によって更新しなければ、直ちに更新が認められないことになってしまいそうである。しかし、単に適正な賃料に直ちに是正するのではなく、低廉な賃料が継続していたという従前の経緯に鑑み、経過措置として複数年にわたり徐々に賃料を適正な価格に近づけていくという方法が考えられる。その際には、当該自治体や他の自治体の内部ルールを確認すべきであり、その確認方法も自治体の特徴を踏まえた工夫が必要である。

1  自治体の普通財産の賃貸借契約における賃料の法規制

1.1 地方自治法の定め
 自治体が所有する土地は、公有財産に分類される(地方自治法238条1項1号)。公有財産のうち、公用または公共用に供し、または供することと決定した財産を行政財産といい、行政財産以外の一切の公有財産を普通財産という(同条4項)。行政財産は賃貸借が可能な場合が制限されているが(同法238条の4)、普通財産であれば、原則としてそのような制限はない(同法238条の5)。

 自治体が有する公共的な立場ゆえに、自治体が締結する契約には、契約自由の原則が完全には妥当しない。その一場面として、普通財産の賃貸借契約は、条例または議会の議決による場合を除き、「適正な賃料」によらなければならないこととされている(地方自治法96条1項6号、237条2項)。この「適正な賃料」とは、原則として時価であると解されている。

 しかし、自治体による賃料改定の漏れにより、従前は適正であった賃料が長年にわたり維持されており、現在の時価を下回る価格となっている、すなわち低廉な賃料となっているケースがある。自治体がそのことに気づき、賃借人に対し、「次年度から賃料を適正な賃料に改定する。さもなければ賃貸借契約を更新しない」と求めてくることがある。

1.2 低廉な賃料が認められる場合
 地方自治法96条1項6号および237条2項が定める「条例」には、「財産の交換、譲与、無償貸付等に関する条例」等がある。当該条例は、適正な賃料によらない賃貸借契約が認められる場合として、「他の地方公共団体その他公共団体、公共的団体又は地方自治法施行令152条1項2号に規定する法人(注1)において公用若しくは公共用又は公益事業の用に供するとき」や「普通財産を貸し付けた場合において、地震、火災、水災害等災害により、当該財産が使用の目的に供しがたくなったと認めるとき」を定めていることが一般的である。通常の賃借人であれば、当該条例の規定にはあてはまらないであろう。

 また、「議決」に関しても、とある賃借人のみに低廉な賃料を認めることは、公共性の観点から説明が難しく、地方議会の議決を得ることは困難である。

1.3 低廉な賃料の是正の必要性
 そのため、自治体としては、適法な方法によって低廉な賃料による賃貸借契約を継続することは困難であり、事実上、適正な賃料に是正するしか選択肢はないこととなる。自治体は、適正な賃料に是正しなければ、住民から住民監査請求や住民訴訟を提起されたり、担当職員が懲戒処分を受けたりすることにもつながりかねないという事情もある。

 もっとも、地方自治法96条1項6号および237条2項に違反していても、取引安全の見地から、当該違反が何人の目にも明らかであって、賃貸借契約の効力を否定しなければ自治体の財務運営に重大な支障をもたらすと考えられる場合のような特段の事情が認められる場合を除けば、これまでの賃貸借契約が直ちに私法的に無効となるわけではないと解される(名古屋地判平成14年4月26日判例地方自治231号56頁参照)。そのため、当該特段の事情が認められない限り、これまでの賃料は互いに合意したものとして有効のままであり、遡及的に過去の賃料の増額が問題となるものではないと考えてよい。以下、当該特段の事情が認められない場合を想定して検討する。

 問題は今後の賃料である。駐車場や資材置き場のような借地借家法が適用されない場合、自治体は賃貸借契約の期間を1年とし、毎年更新するケースが多い。そのため、契約の更新拒絶は、法理論としては認められやすいとも考えられる。なお、契約締結(更新)時にすでに賃料が低額となっており、その後に土地の価格が上昇したわけではないから、賃料増額請求権(借地借家法11条1項)は認められないであろう。

2  賃借人の対応

2.1 法的な論点
 賃借人においても、いくら低廉な賃料が自らの利益になるとはいえ、法令遵守のみならず社会的要請に応えるという意味でのコンプライアンスの観点から、地方自治法に反する状態での低廉な賃料を積極的に是認することには問題がある。そのため、当該普通財産を賃借し続けたい場合には、低廉な賃料の是正に応じるか否かを検討せざるを得ない。しかし、自治体において長年にわたり賃料の改定が漏れていた場合、適正な賃料は現在の約定賃料から大幅な増額となることもある。そうすると、賃借人の事業計画等に大きな影響を及ぼしかねない。

 そこで、賃借人としては、いくつかの法的な論点を設定し、自治体と交渉することが考えられる。例えば、①契約の更新拒絶の信義則違反、②適正な賃料の額の争い、③賃料の増額における経過措置の適用等である。

 ①につき、賃借人による当該普通財産の従前の利用状況や、自治体と賃借人が当該普通財産を利用する必要性の比較等を考慮して、自治体による賃貸借契約の更新拒絶が信義則違反となる可能性はある。しかし、その場合においても、地方自治法による賃料の適正化の要請は働くため、「賃貸借契約の更新は認められる。しかし、低廉な賃料は是正し、適正な価格とすべきである。それでも賃借人による当該普通財産の利用の必要性を満たすことはできるため、自治体と賃借人の利益の調和が図られるであろう」という結論になる可能性が高いと思われる。そのため、この場合でも②③の問題は残ることとなる。

 そこで、以下、賃借人における②③に関する交渉のポイントを詳述する。

2.2 交渉のポイント
2.2.1 自治体の内部ルールの確認
 賃借人としては、自治体における「普通財産の賃貸借の運用ルール」を知る必要がある。民法・借地借家法・地方自治法といった「狭義の法律によるルール」は、全自治体で共通である。しかし、条例・規則・要綱等といった「自治体の自主ルール」(場合によっては法規性を欠くいわゆる「内部ルール」)は、自治体ごとに異なる。

 上述のとおり、地方自治法96条1項6号および237条2項に基づく「条例」や「議決」によっては、低廉な賃料が認められる余地は乏しい。

 一方、法律や条例ではない自治体の「内部ルール」に着目すると、普通財産の賃貸借に係る詳細な運用は、「土地等貸付取扱要綱」等で定められていることが多い。「内部ルール」は法規性がなく、当該自治体以外の者(他の自治体も含む)がその内容に拘束されるものではない。しかし、自治体としては正当な理由なく内部ルールに反することはできないため、賃借人にとっても事実上の影響力がある。内部ルールは条例や規則とは異なり、自治体のウェブページの「例規集」(条「例」と「規」則を「集」めたもの)に掲載されていないことも少なくない。そこで、自治体の担当部署に内部ルールの情報提供を求めることが考えられる。自治体は情報公開条例に基づく情報公開請求に対して警戒心をもつことが少なくないため、できれば任意の情報提供により取得することが望ましい。

 要綱等には、当該自治体が考える適正な賃料の算出方法等が規定されていることが通常である。上記2.1②の適正な賃料の額の争いをするにつき、まずは、自治体が提示する適正な賃料が、要綱等に沿っているかを確認する必要がある。次に、要綱等は法規性がないため、継続賃料の適用等、内容の妥当性も検討する必要がある。

2.2.2 経過措置の提案
 上記2.1③賃料の増額における経過措置の適用につき、要綱等に「激変緩和措置」として、一気に増額するのではなく、徐々に増額するといった経過措置の規定がないかを確認する。もし経過措置の規定がなかったとしても、やはり要綱等に法規性はないため、経過措置の採用が禁止されているわけではなく、自治体の裁量判断によって経過措置を講じることも可能である。そこで、賃借人から自治体に対し、経過措置を講じるように求めることが考えられる。「適正な価格」とは原則として時価であると解されていることは上述したが、経過措置を踏まえた価格は、たとえ時価を下回っていたとしても、例外的に「適正な価格」といえると考えられる。

 自治体は他の自治体の動向を注視する傾向があるため、経過措置を採用している自治体がないかを調査することが有益である。他の自治体による経過措置の採用例は、ウェブ検索でみつかるものも一部あろうが、やはり公表されていないケースが多い。そのため、自治体ごとに個別に調査をする必要がある。自治体が重視しやすい「他の自治体の動向」は、近隣の自治体や同規模の自治体である。他の自治体への調査では、警戒心をもたれることを注意する必要がないため、電話や書面によって任意の情報提供を求めるよりも、郵送やオンラインによって情報公開請求をするほうが、手間がかからないであろう。

 自治体に対し、経過措置を講じる合理性の説明に加えて、「他の自治体でもこのように経過措置を講じている」と伝えることによって、自治体の考えを変化させやすくなると考えられる。

 自治体も無条件に他の自治体の運用を真似するばかりではない。示された他の自治体の運用につき、本当に本件ケースのような場合に適用されるものかを問い合わせることがある。自治体によっては、採用している経過措置が、地価の上昇に関するものであり、賃料の改定の漏れの解消に関するものではない場合もある。そうすると、「示された他の自治体の例は参考になるものではない」と自治体から反論される場合もある。そのため、資料の入手は書面やオンラインで情報公開請求をすることが簡便であると上述したが、入手した資料によって経過措置の採用が確認できた場合は、賃料の改定の漏れの解消に関するものか否かを、個別に問い合わせることが有益である。

 自治体が経過措置の採用を合理的だと判断した場合、自治体の対応方法としては、要綱等の改正による経過措置のルール化と、要綱等を改正せずに個別ケースの対応としての経過措置の採用があり得る。賃借人としては、どちらの対応方法でもよさそうにも思える。しかし、経過措置が真に合理的なものと考えられるのであれば、自治体にとってルール化すべきであろうから、賃借人としては、公益的な観点から要綱等の改正まで求めることも考えられる。ただし、自治体の一般的な傾向としては、個別事例につき、諸般の事情に鑑みて例外的な対応をすることには一定の柔軟性を示すことが十分にあり得るものの、要綱等の改正については、難色を示す場合が少なくない。賃借人としては、そのような傾向のある自治体に対して実際に要綱等を改正させることに多大な労力を要する場合も考えられる。そのため、要綱等の改正を求めるとしても、自治体がすぐに要綱等の改正に応じない場合は、問題提起をしたことをもって社会的な意義は十分にあったとして、それ以上の対応まで強く求めないことも、現実的な選択といえるであろう。

2.2.3 平等原則への注意
 上記2.1②③ともに、自治体が他の賃借人に対しても同様の対応をしているかは、平等原則の観点からも注目すべきである。そこで、他の賃借人への対応につき、任意の情報提供を求めたり、情報公開請求をしたりすることも考えられる。

2.2.4 その他のポイント
 なお、賃料の増額によって賃借人が経済的に苦しくなる等の個別事情は、法令上は、賃料の徴収において考慮されるにとどまり(地方自治法240条2項、同法施行令171条の5~171条の7)、賃料の決定において考慮すべきとはされていない。そのため、この点を自治体に対して強調しても、自治体は裁量の逸脱濫用となってしまう他事考慮を避けるべく、この点は考慮できないと回答するはずである。また、国内では2020年から流行している新型コロナウィルスの事業への影響等を強調したとしても、自治体としては各種事業者への補助金等の施策によって対応しており、やはり賃料において考慮すべき事情とはならない。あまりこれらの点を強調しすぎると、自治体の心証を害するおそれがあるため、注意する必要がある。

 また、自治体に対して法的な交渉を行う場合、自治体も顧問弁護士に相談をしていると考えたほうがよいであろう。他の自治体の例を示したとしても、その結論が法的に妥当かという点は、自治体においても精査される。そのため、賃借人としては、上記2.1①契約の更新拒絶の信義則違反も主張し、総合的な「勝訴可能性」を高めることにより、同②③についての交渉を有利に進めることが有益である。

3  国有財産の場合

 これまでは、自治体が所有する公有財産としての普通財産について検討してきた。賃借する土地が国有財産の場合も、普通財産(国有財産法20条)に関する問題となる。財政法9条1項は、国有財産につき、法律に基づく場合を除くほか、適正な対価なき賃貸借を禁止している。自治体の普通財産と同様の問題が生じると考えられる。その際は、財務省の「普通財産貸付事務処理要領」の別添1「普通財産貸付料算定基準」を参照しながら交渉することとなろう。

(注1) 当該普通地方公共団体が資本金、基本金その他これらに準ずるものの2分の1以上を出資している一般社団法人および一般財団法人並びに株式会社をいう。

本稿は、日本組織内弁護士協会(JILA)/監修、里雅仁・木村健太郎・江﨑裕久・江黒早耶香・矢田悠/編著『企業法務のための規制対応&ルールメイキング―ビジネスを前に進める交渉手法と実例―』の一部を抜粋したものです。

 

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