政策形成力の磨き方
政策形成力の磨き方 - その9 検証力
キャリア
2024.03.14
★本記事のポイント★
1 政策形成においては、仮説を立て検証し、問題があれば、また新たな仮説を立てるという過程を経ることが重要。2 検証方法として、実験、比較、統計的な検証、一つの事例の詳細な追跡があげられることがある。多くの事例を調査し、どのような原因で結果が生じているかについて、諸要因を比較しながら、因果関係の有無を検証することが重要。 3 ワクチン接種をした人の中から抽選で当選者に景品を与える政策案を必要性、効率性、有効性等の基準で評価する際、どのような事実を用いて評価するかについて考察する。
1.検証の重要性
「政策形成の職人芸」の第3回で、政策形成において問題の原因を探求し解決策を模索する場合のように未知の答えを模索する場合には、仮説を立て検証し、問題があれば、また新たな仮説を立てるという過程を経て、答えを導くことになるとしました。また、政策形成には因果関係の推測や結果の予測などの主観的な要素が多くありますので、できるだけ客観的な基準により検証をすることが重要です。
『政策思考力入門』では、仮説設定とそれへの検証を繰り返す中でよりよい原因と結果の関係を築き上げる視点が必要であるとして、「仮説設定では、観察・分析で得られた結果をまず受け止め、原因と結果の流れを検証します。その検証で因果関係の強さが十分でない場合、さらに強い仮説を求めて疑問を観察・分析に投げかけ、その結果を仮説設定に活かしていくという流れを繰り返します」としています1。
このように、検証することは、政策形成にとって重要な作業なので、公共政策学等で様々な理論があります。
2.検証方法
検証方法としては、実験、比較、統計的な検証、一つの事例の詳細な追跡をあげるものがあります2。
ここでは、本稿第3回の調査力の箇所で検討したゴミ集積場の不法投棄を減らす政策を例として、サーチライトの設置と不法投棄の減少に因果関係があるかどうかを検証することとします。
まず、実験とは、仮説が正しいかを試すものです。同じ箇所で述べたランダム化比較試験RCTは、実験の一つの形だと思います。
実験については、確かめたい事項以外の事項を同じにする条件制御が必要となります。しかし、社会における事象については、なかなか条件制御をすることが難しいです。例えば、ある政策課題について、自治体間を比較しようとしても、地勢、人口等が異なり、なかなか条件制御ということはできないでしょう。
また、例にあげた場合について、相当数のサーチライトの設置を含むRCTをするとして、もしサーチライトの設置が不法投棄の減少に効果がないという結果が出た場合、サーチライトの設置の費用が無駄になります3。
そこで、実験に代わる検証方法として、比較、統計的な検証、一つの事例の詳細な追跡があるとされています4。
これらの詳細については、専門書に委ねますが、基本的な考え方は、多くの事例を調査し、どのような原因で結果が生じているかについて、諸要因を比較しながら、因果関係の有無を検証するということでしょう。観察にもっとも重要な点は、客観性の確保であり、観察した内容について必ず他の対象と比較することが必要とする見解を紹介しましたが、自治体間、時系列、諸要因などを比較することが、検証にとっても重要なことだと思います。
例にあげた政策に関しては、①近隣の自治体や先行事例がある自治体の不法投棄を減少させる政策などの状況と自らの自治体の状況を比較して、異なる事情を洗い出すこと、②不法投棄が減少した隣町の事情について、センサーライトを設置した前後と自治会の啓蒙活動が活発化した前後での不法投棄の状況を調査すること、③隣町だけでなく、不法投棄が減少しているいくつかの自治体の不法投棄を減少させた政策を調査して、共通の原因を探ることなどにより、上記の因果関係の有無を検証することでしょう。
3.事例で考えましょう
<事例>
ワクチン接種促進政策として、ワクチン接種をした人の中から抽選により、その当選者に景品を与えるという方法があります。この政策案を評価する際、どのような事実を用いて評価するかについて検討しましょう。
<考察>
政策案について、客観的な基準により検証する方法として、政策案を必要性、効率性、有効性等の基準で評価することが考えられますが、その際、評価に必要な事実を収集し分析する必要があります5。なお、政策効果の把握や政策案の評価の難しさについては、「政策形成の職人芸」の第10回を参照してください。
⑴ 必要性
必要性の基準は、行政目的が国民や社会のニーズ又はより上位の行政目的に照らして妥当性を有しているか、行政関与の在り方からみて当該政策を行政が担う必要があるかなどを明らかにするものです。
ワクチン接種は、個人を感染症から守るとともに社会を守る観点もあり、促進することは社会のニーズに適合し正当な目的だと考えられます。
その評価に必要な事実としては、ワクチン接種が十分に進んでいないという現状の存在でしょう。これについては、下記に掲げる各年代の接種率6から、若い年代になるに従い接種率も低いことが明らかになりましたので、改善すべき現状が存在すると考えられます。
⑵ 効率性
効率性の基準は、政策効果と当該政策に基づく活動の費用等との関係を明らかにするものです。
事例にあげた政策を採った場合、どの程度、ワクチン接種が進むかという政策効果の把握は難しいものがあります。
まず、RCTには次のような問題点があると考えます。RCTを行うなら、一定の人数の住民を、接種すれば抽選で景品を受けるグループとそうでないグループに分けて、接種率を比較して政策効果を確かめることになりますが、公平性に疑問を持たれることになるのではないでしょうか。
そこで、RCTに代わる検証方法を考える必要があります。
例えば、国や他の自治体において、同様な政策を採っている場合は、政策の前後において接種率の上昇があるか、上昇があった場合、他の要因がないか(例:感染状況が酷くなり感染しても医療の提供を受けることができなくなるという恐れが増大したこと)などを調査して、事例にあげた政策案の政策効果を検証するものです。なお、啓発活動、接種機会の拡大などの政策は、接種率の上昇の効果がありますが、それに追加して、事例にあげた政策を採る場合、接種率の上昇にどの程度の寄与があるかも考慮する必要があるでしょう。
⑶ 有効性
有効性の基準は、政策の実施により期待される政策効果が得られるかを明らかにするものです。政策効果については、効率性の箇所で述べたとおりです。ただ、大きな費用を投入する政策や弊害を伴う強力な政策を実施して、大きな政策効果を得た場合、有効性は高いものの効率性は低いということが生じることには注意を払う必要があるでしょう。例えば、事例にあげた政策案において、抽選で高額な景品を与えることにすれば、接種率が上昇することが予想され、有効性は高くなるかもしれませんが、効率性は低くなるかもしれません。
1 同書119頁以下。 2 伊藤修一郎『政策リサーチ入門(増補版)』(東京大学出版会、2022年)97頁以下参照。 3 日本で社会実験が行われてこなかった理由については、政策リサーチ入門101頁参照。 4 政策リサーチ入門102頁以下参照。 5 各基準の意義については、政策評価に関する基本方針(平成 17 年 12 月 16 日 閣議決定)参照。 6 令和4年の4月時点では、全世代の3回目の接種率が45.4%であるのに対して、80代で88.4%、70代が86%、65歳から69歳が77.8%、60歳から64歳が66.7%、50代が51.3%、40代が33.8%、30代が25.9%、20代は24%、12歳から19歳は5.4%となっていたそうです。
バックナンバーのご案内