政策形成の職人芸  その14 幸福度

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2022.12.13

★本記事のポイント★
①自治体の中には、住民の「幸福度」を政策形成の一つの視点として取り入れるところがある。 ②政策形成における幸福度の活用法として、政策の優先度を決める際に、政策の幸福度との関係、特に幸福度に関する指標が低いものを是正するということを考慮することも考えられる。 ③幸福度と相関関係がある指標を設定することは、幸福度を向上させる政策形成にとって重要な作業。指標の設定の検討を行うと同時に、具体策も生まれる。

 

1.幸福度

 公共政策の究極の目的は、人々の幸福に資することかもしれませんが、幸福の内容が漠然としているので、幸福を政策の直接的な目的とすることは困難です。

 ところで、自治体の中には、住民の「幸福度」を政策形成の一つの視点として取り入れるところがあります。幸福を直接測定することはできませんので、種々の指標を用いて幸福度を測定する取組みだと考えます。このような取組みが行われるようになった理由は、望ましい社会を考える際には、国内総生産(GDP)のような経済指標のみに着目するのではなく、人々に幸福をもたらす要因にも焦点を当てる必要性が認識されてきたからでしょう。

 この取組みの先駆けとなった東京都荒川区では「荒川区民総幸福度」という指標を2013年から毎年公表しています。荒川区民総幸福度(GAH)指標は、「幸福実感度」と、その基礎となる「健康・福祉」「子育て・教育」「産業」「環境」「文化」「安全・安心」の6つの分野の指標によって構成されています。そして、GAH指標を用いた「荒川区民総幸福度(GAH)に関する区民アンケート調査」を実施し、調査結果は「荒川区民総幸福度(GAH)レポート」として公表されています

 また、国においても、内閣府が、幸福度に関する調査研究を行っています。平成23年には、幸福度に関する研究会が「幸福度指標試案」を発表し、最近では、我が国の経済社会の構造を人々の満足度(Well-being)の観点から多面的に把握し、政策運営に活かしていくことを目的とする「満足度・生活の質に関する調査」を行っています。

 

2.幸福度の活用法

 このような幸福度に関する調査や研究を政策形成にどのように活用するかが問題となります。

 この点について、「指標の活用や政策への反映状況については、政策課題を発見するためのツールとして用いている自治体が複数あるとともに、都道府県レベルでは総合計画と関連してその進捗や方向性を確認するために、基礎自治体レベルでは個別の事業実施に活用するためという傾向が見られた」とする調査結果もあります。

 筆者は、一つの活用法として、政策の優先度を決めるときの考慮事項として活用できるのではないかと考えています。

 異なった政策課題に対処する政策のどちらを優先させるかという政策の優先度を決めるのは難しいことが多いです。そこで、政策の優先度を決める際に、政策の幸福度との関係、特に幸福度に関する指標が低いものを是正するということを考慮すべきと考えています。幸福の内容を積極的に提示することは困難でも、貧困、失業、治安の悪化などの社会における不幸の内容を認識することは比較的容易で、政策においてもまず不幸を是正することを優先すべきと考えるからです。実際、荒川区では、重要度が高いにもかかわらず、実感度が低い指標は、「住民の期待が充足されていない指標」として重点対策の対象にするとの報告があります。

 もっとも、この考えが成り立つには、幸福度と相関関係がある指標を設定することが前提となります。前述の「幸福度指標試案」では、このような指標の設定が行われていますが、人々の幸福度を向上させる政策形成にとって重要な作業だと思います。なお、指標の設定については、第10回で政策効果の評価に関連して述べましたので、参照してください。

 

3.幸福度に関する指標

 以下、幸福度を下げると考えられる子どもの貧困(格差の固定化)を題材に、幸福度と相関関係がある指標の設定について考察します。

 我が国の子どもの貧困率(等価可処分所得の中央値の半分の額を下回る等価可処分所得しか得ていない家庭で暮らす子どもの割合)は高いとされています。厚生労働省が公表した2019年国民生活基礎調査では、子どもの貧困率の推移は、「平成21年15.7%、平成24年16.3%、平成27年13.9%、平成30年13.5%」となっています。

 子どもの貧困の問題は、家庭が貧しく子どもに関する衣食住、医療、教育等の成育環境が十分ではなく、教育格差が将来の所得格差につながり将来も貧困から抜け出せないというものです。格差の問題については、いろいろな考えがあるかもしれませんが、幸福度に関する多くの研究において、子どもの貧困(格差の固定化)が幸福度を下げるとの指摘があります。また、子どもの貧困を放置した場合には、大きな社会的損失が生ずるとする研究もあります。

 ところで、平成25年に制定された「子どもの貧困対策の推進に関する法律」に基づく「子どもの貧困対策に関する大綱」(令和元年11月29日閣議決定)の中で、子供の貧困に関する指標が設定されています。

 この問題の最終的な目標は、子どもに関する衣食住、医療、教育等の成育環境を整備して、子どもが将来に夢を持てる状態にすることでしょう。ただ、この目標では、達成できているかどうかを検証することが難しいので、大綱では子どもの貧困率、進学率、保護者の就業状況等の客観的な指標を設定して、目標の達成状況を検証・評価しようとしています。また、例えば、進学率に関しては「ひとり親家庭の子供の進学率」というきめ細かな指標を設定しています。このようにきめ細かな指標を設定することにより、「ひとり親家庭への進学費用等の負担軽減」といった教育支援の具体策も生まれてくると思います。おそらく、指標の設定の検討を行うと同時に、具体策も生まれるものだと思います。

 

1 「荒川区民総幸福度(GAH)レポート」荒川区自治総合研究所HP参照。2 石田絢子・市川恭子「社会指標に関する自治体の取組」『ESRI Research Note No.30』(平成29年3月)1頁。3 令和2(2020)年3月26日 内閣府主催 経済・財政の「見える化」と「生活の満足度」に関するシンポジウムにおける猪狩廣美氏の「幸福度調査の自治体行政への活用について-東京荒川区の取り組み事例を参考に-」14頁参照。
4 大竹文雄・白石小百合・筒井義郎編著『日本の幸福度』(日本評論社、2010年)162頁以下、小塩隆士『「幸せ」の決まり方』(日本経済新聞出版社、2014年)275頁、酒井正『日本のセーフティーネット格差』(慶應義塾大学出版会、2020年)68頁。
5 日本財団「子どもの貧困の社会的損失推計レポート」(2015年12月)。

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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