自治体の活用も増えだしたメタバース 今、なぜ注目されているのか

地方自治

2022.12.12

日本政策投資銀行に出向してメタバースの調査を行っている東京都職員の小松俊也氏に、自治体が抱える課題解決の一助にもなると見られるメタバースを解説してもらった。



2021年にFacebook社が「メタ」に社名を変更してから、「メタバース」の知名度が急速に高まった。その一方で、メタバースで何ができるのか、なぜ期待されているのかについてはまだ十分に理解が広まっているわけではない。こうしたなかでも一部の自治体ではメタバースを活用する事例が出てきており、今後はさらなる取り組みの拡大が見込まれる。

そこで、本稿ではメタバースとは何か、なぜ注目されているのかを説明し、自治体での活用事例を紹介したい。

 

1 メタバースとは

メタバースはmeta(超越、高次)とuniverse(宇宙)を組み合わせて造られた言葉である。

仮想空間を活用することが前提となるが、定義は多様であり、統一的な見解はない。仮想空間が幅広くメタバースと呼ばれることもあるが、狭義では、物やデジタルデータを売買する経済性や、1つのアバターでさまざまなプラットフォームを往来できる相互運用性を条件とすることもある。

現状ではメタバースを「アバターを使って他者と交流などを行える仮想空間」のような意味で使用する自治体が多いため、本稿ではこれを定義とする。なお、メタバースの体験にはVRゴーグルのようなヘッドマウントディスプレイ(HMD)が必要という誤解もあるが、スマートフォンやパソコンのブラウザーなどで体験できるものも多い。

 

2 なぜメタバースが注目されているのか

メタバースの概念は、1992年にアメリカのSF小説家ニール・スティーブンスンが発表した『スノウ・クラッシュ』(ハヤカワ文庫SF)に登場する仮想空間に由来するといわれている。

また、2003年にサービスを開始して話題をさらった先駆け的なメタバースプラットフォームとされる「Second Life(セカンドライフ)」をはじめ、一部のオンラインゲームなどがメタバースの要素を持つとされることを考えても、決して新しいものではない。

では、なぜ今、メタバースがここまで注目されているのだろうか。

この背景には、旧Facebook社の影響だけではなく、関連技術の発展もある。Second Lifeの登場から今日までの約20年間でVRゴーグルに加え、コンピューター上で画像を処理するGPU(グラフィックスプロセッシングユニット)や3DCGコンテンツの制作技術などが大きく発展した。

今後、さらなる技術の発展により、普及が進むとともに、経済性や相互運用性などの性質も備えた真のメタバースが誕生すると考えられているため、さまざまな企業が参画を進めている。

 

3 自治体におけるメタバースの活用例

(1)メタバース上への地域の再現

自治体がメタバースを活用しようとする際に、まず思いつくのは、地域の観光地などを3DCGで再現し、仮想空間上に設置するものだろう。メタバースプラットフォーム上のワールドは一般的に誰でも作れるため、非公式のものも含め、すでにさまざまな地域が仮想空間上で再現されている。

自治体が作成し、運用しているものでは兵庫県養父市の例がある。
2022年6月27日、養父市は吉本興業株式会社との連携により、「つながり人口」(関係人口よりも一歩進んで、地域活動に参加する人々)を増やすことなどを目的として、市の観光名所を巡ることができる地方創生型メタバース「バーチャルやぶ」を開設した。

開設後は、新たにライブ会場や観光案内所を設置し、吉本興業のタレントを呼んだイベントやバーチャルツアーガイドを開催するなど、活用の幅を拡大している。開設から同年10月末までの約4カ月で約6,500人が訪問しており、今後も地域産品の物販などさらなる展開を想定しているという。

「バーチャルやぶ」オープニングイベント(兵庫県養父市、FANY X)

(2)メタバース上のイベントへの出展

メタバースの活用例には、展示会へのブース出展をバーチャルで行うものもある。
静岡県焼津市は2022年8月に、バーチャル上で株式会社HIKKYが開催する「バーチャルマーケット」にブースを出展し、ふるさと納税の返礼品のPRを行った。併せて、観光PRの動画や一般社団法人焼津市観光協会のウェブサイトなどを活用したシティプロモーションも行った。

バーチャルマーケットは計16日間で延べ100万人以上が来場する大規模イベントであり、焼津市のブースには約14万人が訪れた。訪問者を対象としたアンケートでは回答者の約90%が展示内容を好意的にとらえており、同市は2022年12月に開催されるバーチャルマーケットでも出展を行っている。

「バーチャルマーケット2022 Summer」でのブース出展の様子(静岡県焼津市、株式会社HIKKY)

 

4 自治体におけるメタバース活用の利点と課題

これらの事例のように、メタバースは、地域振興や広報事業との親和性が高いが、用途はそれだけではない。

たとえば、埼玉県戸田市ではNPO法人と連携して不登校児を対象としたメタバースでの学習支援を開始しており、また、福井県越前市は福祉分野での活用も検討している。
教育、福祉、医療、観光振興、関係人口の創出など幅広い分野の政策で活用が期待できるだけでなく、将来的にはメタバース上に設置した自治体の窓口で職員がアバターを使って住民に対応するというサービスが広がるかもしれない。

しかし、メタバースの利用者が少ない現状でも「ワールド」と呼ばれる空間が、多様なプラットフォーム上に数多く構築されているため、自治体が単に新たな空間を制作しただけでは、十分な利用者数は見込みにくい。知名度の高いワールドでも、有名人・有名作品とのコラボレーションイベントや、ハロウィンのような季節のイベントなどを実施している期間以外では常に多くの訪問者がいるわけではない。

また、利用者のアクセス性の問題もある。注目度が高まっているとはいえ、メタバースは、多くの住民にとってはいまだ未経験のものであり、高度なコンテンツを提供しても利用者が増えるとは限らない。ゲーミングPCのような高性能のパソコンが必要なプラットフォームもある中、スマートフォンのアプリやパソコンのブラウザーでアクセスできれば多くの住民が使用できるが、ウェブサイトを訪問するよりは手間がかかるため、メタバースでしか提供できない独自の価値を見いだす必要がある。

こうした点から、メタバースの活用には短期的な成果が見込みにくく、企画段階での工夫や運用開始後の継続的な改善が求められる。

 

5 メタバースの今後

このように自治体によるメタバースの活用には課題が残るが、これはメタバースがまだ十分に普及していないことに起因するところが大きい。現在はまだメタバースの黎明期といわれており、民間企業などでも収益化の方法を模索している段階にある。

しかし、約15年前に登場したスマートフォンが急速に普及したように、今後、より軽量で利便性の高い機器が登場すれば、メタバースは多くの人にとって身近なものになるだろう。
現在、米国の大手IT企業などで機器の開発が進められており、近い将来、次々と新しい機器が登場すると考えられる。また、メタバースはWeb3.0の中核的な技術の1つともいわれており、ブロックチェーンなどを活用したサービスの高度化も見込まれる。

メタバースを政策で扱うには、空間の開発や運営の費用、人を呼び込むための工夫などが求められる。しかし、技術の発展によって3DCG制作のコストが下がっていることに加え、利用者数が急速に増えることを考えると、自治体でも活用がますます広がっていくに違いない。さまざまな自治体がメタバースの新たな活用事例を生み出すことで、行政サービスのさらなる質の向上につながることに期待したい。

 

【著者プロフィール】

小松俊也
株式会社日本政策投資銀行産業調査部調査役。東京都職員として国際業務や長期戦略策定などの所管部署を経て、2022年4月より現職(出向)。メタバースのほか観光、スマートシティなどの調査を行う。修士(工学)。

 

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