政策形成力の磨き方
政策形成力の磨き方 - その8 説得力
キャリア
2024.03.07
★本記事のポイント★
1 多くの人が納得できる価値判断をすることは、政策形成にとって非常に重要なこと。自ら行った価値判断を説得的に話すことができることは、多くの人が納得できる価値判断を行っていることを推測させる。2 説得力を持つ議論をするためには、客観的な事実に基づいて、適切な分析を行い、多くの人が納得する価値判断をしたうえで、その思考過程を分かりやすく表現することが必要。 3 政策形成において説得力を欠く議論となる原因について考察する。
1.判断力を磨くとは?
「政策形成の職人芸」の第9回で、価値の対立の調整に関して、状況、条件に応じて、それぞれの価値にウェイトをつけて価値の調整を行うこと、その際、バランス感覚に基づく比較衡量が必要であることや、客観的な根拠をあげて多くの人が納得できる理由付けを行う必要があることを述べました。
多くの人が納得できる価値判断をすることは、政策形成にとって非常に重要なことで、そのための判断力を磨く必要があります。ただ、このような判断力を磨くと言っても、政策形成の経験を積み、バランス感覚を養うというような抽象的なことしか浮かびません。
ところで、自ら行った価値判断を説得的に話すことができることは、多くの人が納得できる価値判断を行っていることを推測させることだと思います。そこで、説得力を磨くことを考えたいと思います。
2.説得力
政策や法令に関する議論をする際、どのような事実に基づいて、どのように分析して、どのような価値判断をしているか、その際の意義と問題点は何かを、お互い主張しつつ補完しながら、結論を導くことができれば、建設的な議論ができるでしょう。
ここから考えると、説得力を持つ議論をするためには、客観的な事実に基づいて、適切な分析を行い、多くの人が納得する価値判断をしたうえで、その思考過程を分かりやすく表現することが必要だと思います。こう言っても抽象的ですが、「政策形成の職人芸」やこれまで本稿でお示しした政策形成のプロセスを正しく踏んだうえで、その思考過程を分かりやすく表現することでしょう。以下、重要なポイントについて考察します。
⑴ 客観的な事実に基づくこと
この点については、本稿の第3回の調査力の箇所で述べましたが、信頼できる資料を利用すること、いろいろな立場の意見を聴き、実態を客観的に把握すること、「エピソード・ベース」と「エビデンス・ベース」の違いを意識することなどが重要だと思います。
一点補足するなら、筆者は、問題の定義のためには,改善すべき現状に関する「数」を明らかにすることが必要で、その調査を十分に行う必要があるとしました。ただ、『政策思考力入門』では、数字は、比較可能性を確保する上で重要な手段としつつ、数字を生み出すプロセス自体が一定の考え方を反映したもので数字が単純に客観性を担保しないこと、数字で定量的な比較ができなくとも定性的に比較することも可能であることを留意すべき点としています1。傾聴すべき指摘だと思います。
⑵ 適切な分析を行うこと
本稿の第4回 の分析力の箇所で、原因の分析では、調査した資料に基づく情報を、原因、改善すべき現状、解決策、望ましい状況などの要素に分けることになると述べました。
そうすると、原因の分析では、調査した資料に基づく情報を、原因、改善すべき現状、解決策、望ましい状況などの要素に分けることになります。また、調査した資料に基づく情報を、インプット(投入)、アクティビティ(活動)、アウトプット(直接の効果)、アウトカム(成果)というロジックモデルの要素に分けることも、解決策につながる原因の分析にとって有益です。
⑶ 多くの人が納得する価値判断を行うこと
前述のように、価値の対立の調整方法に関しては、状況、条件に応じて、それぞれの価値にウェイトをつけて価値の調整を行うことでしょう。その際、できる限り客観的な根拠をあげて、多くの人が納得できる理由付けを行う必要があると思います。⑴で「数」の重要性を述べましたが、客観的な根拠としても「数」は重要でしょう。
例えば、コロナ問題においては、コロナの感染状況等によって、感染のまん延防止と社会経済活動のそれぞれどの程度ウェイトをつけて重視するかを決めるということです。その際、各都道府県は、令和2年8月に新型コロナウイルス感染症対策分科会が提言した、病床のひっ迫具合、療養者数、PCR陽性率、新規報告数、直近1週間と前の1週間の比較、感染経路不明割合の6つの指標を基に感染状況を判断していました。客観的な根拠としての「数」の重要性を示す例でしょう。
なお、公共政策学の書物の中には、価値に関する議論を日ごろからしておくことで、政策と価値の関係についての理解を深めることができ、同時に、様々な価値観の持ち主同士の相互理解が進むことも期待できるとする論述があります2。
この論述は、価値の対立に起因する政策問題に関する議論の収め方のヒントになると思います。政策問題に関する議論を行う際、それぞれが現状の認識を示すとともに、それに対してどのような価値を重視してどのような解決策を提示するかという考え方の道筋を明確にすることによって、どこに争点があることが明らかになり、「合理的な妥協」が生まれやすくなるのではないでしょうか。
3.事例で考えましょう
<事例>
政策形成において説得力を欠く議論となる原因について考察しましょう。
<考察>
本文で述べた建設的な議論や説得力を持つ議論の仕方は、理想だと思います。
議論において説得力を持つ前提として、合理的な政策形成が行われていることが必要です。したがって、見通しのない検討、仮説を立てない、仮説を検証しない、十分調査をしない、エピソードベース、十分分析をしない、予測を間違える、条件を考慮しない、適切な価値判断をしない、検証をしないなど、政策形成の各プロセスを適切に踏まないようなことをすると、合理的な政策形成はできないでしょう。
そのうえで、次のようなことにならないように注意を払う必要があると思います。
・全体の見通しなく、行き当たりばったりの議論をすること。 ・ある意見に対して、その意義を認めずその問題点ばかり批判的にあげること。 ・他人の意見をよく聞かないこと。 ・自分の考え方に有利な事実、意見等は見聞できるが、その考え方に不利な事実、意見等は見聞できないこと。 ・意見の理由付けをするとき論理の混線をすること。 ・意見の理由付けをするとき常識的な見解からかけ離れた論理構成をすること。 ・自分の意見を激しい口調でまくしたてること。
なお、『政策思考力入門』では、政策議論の留意点として、次のようなことをあげています3。
・価値観の違いを理由に議論を終わらせること。 ・政策の議論の論点をどんどん変えていき、結論を得ることを避けようとすること。 ・専門家の知見を絶対視すること。 ・一般的に表現できるにもかかわらず専門用語を過度に羅列すること。
1 同書95頁以下参照。 2 石橋章市朗・佐野亘・土山希美枝・南島和久『公共政策学』(ミネルヴァ書房、2018 年)306頁。 3 同書170頁以下。
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