政策形成の職人芸  その9 価値の対立の調整

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2022.11.08

★本記事のポイント★
①多くの政策問題には、価値の対立があり、その調整を行う必要がある。 ②価値の対立に関しては、状況、条件に応じて、それぞれの価値にウェイトをつけて価値の調整を行う。その際には、バランス感覚に基づく比較衡量が必要。 ③政策形成のプロセスにAIが活用されることになっても、問題の設定や価値判断などは人間の役割で、人間とAIの協働で政策形成が行われると予想される。

 

1.価値の対立

 多くの政策問題には、価値の対立があり、その調整を行う必要があります。例えば、自由と平等は、ともに公共政策が実現すべき価値ですが、自由を認めすぎると強者の自由となり不平等をもたらすこと、平等を重視しすぎると悪平等となり自由を侵害するおそれがあることなどは、従来から言われてきたことです。ここでは、自由と平等という価値の対立があり、それぞれどこまで認めるかという調整の問題があります。

 このように、政策形成には、価値の調整を行う必要がありますが、価値が複雑に絡み合っている場合もあり、政策形成にとって最も難しい問題と言えるでしょう。また、政策問題に関する議論は、多くの場合、価値の対立に起因していると思います。

 例えば、コロナ問題において、人の移動を制限する政策案を採った場合、感染のまん延防止には効果がありますが、社会経済活動への支障もあります。一方は人命であり他方は経済なので、まん延防止対策を重視すべきとするほど、簡単な問題ではありません。経済が悪化すれば、生活の糧を失い、非常に厳しい生活を送ることを余儀なくされる人が増えることが予測されるからです。実際、派遣切りされ仕事と住む場所を失った人、パートのシフトが減り生活に困窮した人などが増えたとの報道もありました。

 人が自分の置かれた立場により、感染のまん延防止か社会経済活動の維持のいずれかに重点を置くのは、理解できますが、公共政策を形成する場合には、両方の価値を共に追わなければならないでしょう。

 

2.価値の対立の調整

 では、価値の対立がある場合、どのように調整するのでしょうか。実際、価値の対立の調整は、政策過程において多数決、妥協などにより行われることが多いのでしょう。しかし、このような現実があることを認識しつつ、合理的な政策形成における価値の対立の調整方法を考えてみましょう。

 公共政策学においては、価値を順序付けて辞書的な諸価値の序列リストを作ることを目指す研究もあるようです。筆者も、法律案の立案を行っていた際、人権と公共の福祉、法益と別の法益などの価値の対立があり、それをどのように調整するかを検討するときに、このような価値の序列リストがあれば、大変有益だと思ったことがあります。しかし、政策形成において、価値の序列リストを作ることは、相当難しいと考えています。例えば、第2回において、法律の目的規定から政策の理念と読み取れるものをいくつかあげましたが、どれも重要な価値であり、その間に序列をつけるのは、難しいと思います。

 結局、価値の対立の調整方法に関しては、目新しいことは言えませんが、状況、条件に応じて、それぞれの価値にウェイトをつけて価値の調整を行うことでしょう。その際、できる限り客観的な根拠をあげて、多くの人が納得できる理由付けを行う必要があると思います。第5回の問題の定義の箇所で「数」の重要性を述べましたが、客観的な根拠としても「数」は重要でしょう。

 例にあげたコロナ問題においては、コロナの感染状況等によって、感染のまん延防止と社会経済活動のそれぞれどの程度ウェイトをつけて重視するかを決めるということです。コロナの感染状況が酷く病床がひっ迫し救える命も救えない状況では、感染のまん延防止に重点を置き社会経済活動の制限を強化し、反対に、感染状況が改善している状況では、感染状況の程度に応じて社会経済活動の制限を緩和するということです。

 

3.バランス感覚に基づく比較衡量

 このように、状況、条件に応じて、それぞれの価値にウェイトをつけて価値の調整を行うとしましたが、その際には、バランス感覚に基づく比較衡量が必要だと考えます。バランス感覚に基づく比較衡量という以上、比較する思考、制度などの知識が前提として必要です(単純な直感による判断ではなく、経験に基づくスキルです)。そして、その知識を基に結論を出す際のバランス感覚が必要です。バランス感覚は、人格とも関係していて、その内容を正確に示すことは難しいですが、社会的正義・公共性が人々の共存を目指すものと考えられますので、自分の立場に固執することなく、いろいろな意見をよく聴き、偏りない判断をしようとする才能というイメージでしょうか。また、価値の調整とは、対立する価値をそれぞれどの程度重視するかということですので、程度を弁えるという才能もバランス感覚の要素でしょう。

 そして、バランス感覚に基づく比較衡量により価値の対立の調整を行う際には、できる限り客観的な根拠をあげて、多くの人が納得できる理由付けを行う必要があります。多くの人が納得できる理由付けを行うためには、次回お話しする政策評価の手法を活用して政策の妥当性を示すことが考えられます。

 

4.政策形成とAI

 これまで、政策形成のプロセスにおいて、解決の方向性のイメージやバランス感覚など経験に基づく直観の重要性を論じてきましたが、政策形成に人工知能AIが活用されるようになった際、このような直観が「生き残るか」について大いに関心があります。

 まず、AIを活用した政策形成の実例を見ましょう。長野県では全国の自治体で初めて「AIを活用した、長野県の持続可能な未来に向けた政策研究」を行いました。この研究では、意思決定を3つのステージに分け、テーマ設定、情報収集、情報体系化等の第1ステージは人間が、シナリオ列挙、関係性検討、要因検討等の第2ステージはAIが、シナリオ検討、価値判断等の第3ステージは人間が行うというものです。その際、AIシミュレーション(2019~2040年の21年間)により、2万通りの未来シナリオを得たとされています。

 正確な予測は今後の研究に委ねざるを得ませんが、この実例からしても、原因の分析や結果の予測などの政策形成のプロセスにAIが活用されることは容易に想像できます。しかし、問題の設定や価値判断などは人間の役割と考えますので、今後も人間とAIの協働で政策形成が行われるのでしょう。

 皆さんには、AIを使いこなすとともに、政策形成の経験を積み、解決の方向性のイメージがすぐに浮かぶことや多くの人が納得する価値判断ができるバランス感覚を持つことなど、AI時代にも生き残る直観を磨いていただくことを期待します。

 

1 公共政策学(2018)304頁参照。

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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