政策形成の職人芸  その6 政策のデザインの手順

キャリア

2022.10.18

★本記事のポイント★
①政策は、いくつかの選択肢から満足できる選択肢を選択してデザインされる。 ②思い浮かんだ政策案を検証して、問題点があれば、その問題点を解決できる別の政策案を検討する。試行錯誤の結果、いくつかの選択肢が次第に思い浮かんでいき、そこから満足できるものを選択することの方が多い。 ③選択肢としての政策案は、解決の方向性のイメージを、政策の構成要素である目的と手段として具体化することによりできる。

 

1.政策のデザインの手順

 前回までに、問題の発見、調査・分析、問題の定義という問題の設定について考察してきました。問題の設定ができれば、解決策の提示-政策のデザインに進みます。
 政策は、いくつかの選択肢から満足できる選択肢を選択してデザインされます。選択肢というのは政策の候補となる政策案です。筆者は、設定された問題を解決するための政策案を考え、その政策案を採ればどのような結果が生ずるかを予測し、その結果を評価して、問題点があるなら別の政策案を考えるという試行錯誤を繰り返して政策をまとめ上げる方法を採ってきました。思い浮かんだ政策案を検証して、問題点があれば、その問題点を解決できる別の政策案を検討するというものです。初めから、すべての選択肢が思いつき、そこから満足できるものを選択するということはまれで、試行錯誤の結果、いくつかの選択肢が次第に思い浮かんでいき、そこから満足できるものを選択することの方が多いと思います。ここでも、仮説を立て検証し、問題があれば、また新たな仮説を立てるという過程を踏むことになります。
 それなら、政策の候補となる政策案は、どのように作成されるのでしょうか。この点、人によっていろいろなやり方があります。
 筆者は、解決の方向性のイメージを、政策の構成要素である目的と手段として具体化することにより、政策案ができあがると考えています。
 解決の方向性のイメージは、理想と現実のギャップを解決する改善の方向性をイメージすることであり、このイメージから解決策の仮説を立てることに役立つことを第3回で示しましたが、このイメージを基にしつつ第4回で示した原因の分析、因果関係の把握により、政策案が思い浮かんでくるのではないでしょうか。
 解決の方向性のイメージや政策案については、行為の禁止、給付など目的達成のために直接的な効果があるものが最初に思い浮かぶことが多いかもしれません。それをたたき台として、問題があれば別の政策案を考える方法が、実用的かもしれません。

 

2.事例で考えましょう

【事例】
 たばこが喫煙者の健康に及ぼす影響については、かなり知られています。現行のたばこ事業法は、日本たばこ産業株式会社等は、製造たばこに、製造たばこの消費と健康との関係に関して注意を促すための文言を、表示しなければならないとしています(第39条第1項)。たばこ事業法施行規則では、「喫煙は、様々な疾病になる危険性を高め、あなたの健康寿命を短くするおそれがあります」「喫煙は、肺がんをはじめ、あなたが様々ながんになる危険性を高めます」などの表示をすることとしています(第36条、別表第2)。これは、たばこの健康に及ぼす影響を知らせて、喫煙者の判断に委ねるという趣旨でしょう。
 このような政策も含めて、たばこによる喫煙者本人の健康被害を防止する政策を検討しましょう。

 

(1)政策案の思いつき
 政策の候補となる政策案は、解決の方向性のイメージを持ちつつ、問題の原因分析をすることにより思いつくことが多いです。本件の場合、解決の方向性のイメージは、人々の健康の増進を図るため、喫煙をやめるという行動変容を起こすことです。そのための政策案としては、次のようなものが思いつきます。 〔A案〕 たばこの製造、販売を禁止する。 〔B案〕 たばこの価格を高くする。例えば、1箱1,000円とする。 〔C案〕 現行の注意表示をより強い表現(例、喫煙者は早死にする)にする。 (2)政策案の検討
 思いついた政策案の効果、弊害などを検討します。
〔A案〕
 直接的な政策案であり、人が喫煙をやめるという行動変容を起こす効果も高いと考えます。
 ただ、従来許容してきた嗜好品であるたばこをいきなりなくすことは、喫煙者にとって酷なところもあり、アメリカの禁酒法時代に密造酒が横行したように、ヤミたばこが横行するおそれもあります。また、たばこの製造、販売に携わる人の働く場を奪うことにもなります。さらに、現在、たばこ税は国・地方を合わせて約2兆円の税収があり、貴重な財源であるとされていますが、たばこの製造、販売等を禁止するなら、その財源がすべてなくなります。
 このように、A案は、効果は高いですが、弊害も大きいと考えられます。
〔B案〕
 たばこ税を上げて、たばこの価格を高くすれば、喫煙者は少なくなるでしょう。価格を通して人が喫煙をやめるという行動変容を誘導しようとする政策案です。値上げ幅次第のところもありますが、効果はある程度高いと予想されます。なお、わが国のたばこの価格は、令和3年現在、1箱500~600円ですが、1,000円以上の国も多くあり、国際比較ではかなり安い方です。
 ただ、1箱1,000円とするなら、ヤミたばこが横行するおそれもなくはありません。また、たばこの製造、販売に携わる人の働く場が縮小されることになります。さらに、たばこ税を上げても、喫煙者が減少すればたばこ税は減収になることもあります。
 このように、B案は、価格次第のところもありますが、効果はある程度高いですが、弊害もそれなりにあると考えられます。
〔C案〕
 現行の注意表示を強い表現にすれば、喫煙者は少なくなるでしょう。情報を用いて、人が喫煙をやめるという行動変容を誘導しようとする政策案です。注意表示の表現次第のところもありますが、効果はある程度あると予想されます。なお、例にあげた「喫煙者は早死にする」という表示は、科学的根拠がなく不穏当なものです。現行の注意表示の表現は、令和元年の省令改正により、改正前よりは「健康寿命を短くするおそれがあります」という表示を加えるなど表現を強くしたものです。
 ただ、喫煙者が減少すれば、たばこの製造、販売に携わる人の働く場が縮小したり、たばこ税は減収になったりします。
 このように、C案は、注意表示の表現次第のところもありますが、効果はある程度ありますが、弊害もそれなりにあると考えられます。
(3)政策案の選択
 A案は、効果は高いですが弊害も大きいと考えられますので、B案あるいはC案が選択されるのでしょう。現在、価格や情報を用いて人の行動変容を誘導しようとする政策が多用されていますが、そのような趨勢にも合致していると考えます。

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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