条例化の関門 その2 法令としての性格

キャリア

2023.05.03

★本記事のポイント★
1 立法実務においては、国民の権利義務に直接関係する事項を法律事項とされてきた。 2 福祉基本条例や環境基本条例といった基本条例では、権利義務に直接関係する事項を定めることはなく、その行政分野の基本理念、関係機関等の責務などを中心に構成されているが、このような条例を制定する意義について検討する。 3 ワクチン接種促進政策に関して、条例等の法令が必要かという問題について考察する。

 前回、条例となるための要件(条例化の関門)として、法令としての性格に適合すること、条例の所管事項であること、法律との関係において適法であること、憲法に適合することが必要だと述べました。今回は、法令としての性格について考察したいと思います。ここでは、条例に限らず法令一般について考察しますが、次回お話しする条例の所管事項を考える際にも役立つと思います。

 

1.強要性

 かつての立法実務においては、法の本質が強要性にあるとして、強要性の要件を厳格に考えていました。例えば、「道徳律や宗教上の戒律ないしは会社、組合などの規約にまかせてよいこと、まかせるべきものを、みだりに法令の分野にとりこむべきでないし、また、政治、政策の一般的方針にまかせるべきこと、行政措置、予算措置などだけで実行できるものをみだりに法令の対象にとりあげるべきものではないというべきであろう。要するに、法の本質であるその強要性を全くもたないような内容の法令を作ることは避けるべきだということである」とする見解が代表的なものです
 この考え方は、かつて「法規」の意味が国民の権利を制限し、義務を課す法規範と考えられていたこととも関係するものだと思います。
 現在では、民主主義が進展したこと、憲法の学説において「法規」の意味が広く解されるようになったことにより、強要性だけでなく、基本的な方針や行政計画が法定化されるなど統治のあり方を民主的にコントロールすることも法令としての性格に適合すると考えられるようになったと思います。
 なお、強要性と関連して法律事項という問題があります。法律で定めなければならない事項、あるいは法律で定めることがふさわしい事項とは何かという問題です。この点については、次のような閣議決定があり、国民の権利義務に直接関係する事項を法律事項とされています。そして、このような考え方は、長年、立法実務に影響を及ぼしてきたと思います。

◇内閣提出法律案の整理について(昭和38年9月13日閣議決定) (一)法律の規定によることを要する事項をその内容に含まない法律案は、提出しないこと。 (二)現に法律の規定により法律事項とされているもののうち、国民の権利義務に直接的な関係がなく、その意味で本来の法律事項でないものについては、法律の規定によらないで規定しうるように措置すること。・・・ (三)単純に補助金の交付を目的とする規定を法律で設けないこととし、現存のこの種の規定については、廃止の措置を漸次進めるものとすること。・・・   (以下略)

 

2.事例で考えましょう

 <事例>
 自治体の中には、福祉基本条例や環境基本条例といった、行政分野ごとの基本条例を制定しているところがあります。このような基本条例では、権利義務に直接関係する事項を定めることはなく、その行政分野の基本理念、関係機関等の責務などを中心に構成されています。このような条例を制定する意義について検討しましょう。

 <考察>
 確かに、法令としての性格に関する従来の考え方からすれば、このような基本条例を定める意義を見出せないかもしれません。しかし、このような基本条例は、その行政分野においては、個別条例等の制定や解釈の基準となる重要な意義があります。また、これらの行政分野では、自治体と住民が理念を共有して一体となって課題に取り組む必要性が高まったので、基本条例の意義も認識されてきたのかもしれません。国の法律においても、基本法が多く制定されるようになってきましたが、このような意義の重要性が認識されてきたからだと思います。基本条例について、このような意義の認識が深まれば、必要的条例事項とまでは言えませんが、条例で定めることがふさわしい事項として位置付けられるかもしれません。
 ただ、基本条例の意義を高めるためには、基本条例やそれに基づく基本計画の中で、地域の特性を踏まえた理念や施策が定められ、その行政分野において指標となる役割を果たす必要があると思います。

 

3.ワクチン接種促進政策 関門1

 第1回で問題提起しましたワクチン接種促進政策に関して、「Q1これらの政策には、条例等の法令が必要でしょうか」という問題について考察します。
 ワクチン接種促進政策のうち、ワクチン接種をすると何らかの特典を与える政策については、権利義務に直接関係する事項を定めることではないので、法令としての性格に関する従来の考え方からすれば、条例等の法令で定める必要はないと考えられます。例えば、群馬県では、3回目接種の促進プロジェクトを実施し、一定の対象者に抽選で特典を贈呈することとしましたが、条例ではなく「追加接種促進プロジェクト実施要綱」により実施しています。
 一方、ワクチン接種促進政策のうち、ワクチン接種証明書を提示しなければ飲食店、劇場等のような多数の人が利用する施設に入場できないという政策、特に、自治体がワクチン接種証明書を発行し、利用者に証明書の提示義務を課すとともに、施設側に証明書の確認義務を課し、違反した場合罰則を科すという方法は、権利義務に直接関係する事項を定めることになりますので、法令が必要となるでしょう。その場合、(法律ではなく)条例で定めることができる事項かどうかについては、次の検討課題となります。

 

1 林修三『法令作成の常識』(日本評論社、1964年)6頁。

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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