感染症リスクと労務対応

弁護士法人淀屋橋・山上合同

【労務】感染症リスクと労務対応 第11回 ウイルス等感染症と特別条項付36協定とは?

キャリア

2020.05.02

新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)

ウイルス等感染症と特別条項付36協定の関係とは?

(弁護士 下川拓朗)

【Q11】

 新型コロナウイルス感染症(以下単に「ウイルス等感染症」といいます)関連で、休む従業員が増えたために、他の従業員が長時間働かざるを得なくなった場合には、36協定上の特別条項の対象となるのでしょうか。

【A】

 一般的には特別条項の対象として長時間労働の上限規制に服する必要があります。ここでは、「特別条項付36協定」とは何かを解説したうえで、「特別条項付36協定に該当するか」、そして「その他の留意点」について解説していきます。

1 特別条項付36協定

 法定労働時間(1日8時間、1週40時間(労基32条))を超えて労働させるためには、労使間で36協定を締結する必要があります。そして、36協定を締結する場合には、法定時間外労働の上限を定める必要があり、かつ、時間外労働の上限は、原則、月45時間・年360時間(同法36条4項)とされています。
 もっとも、会社によって納期が切迫していたり、繁忙期によっては、これ以上の残業が必要になることもあります。そこで、このような事態を想定し、あらかじめ、特別条項付の36協定を締結することが考えられます。
 具体的には、特別条項の定めをおく場合には、①限度時間(労基36条4項)を超えて労働させることができる場合、②限度時間を超えた労働者に対する健康および福祉を確保するための措置、③限度時間を超えた労働にかかる割増賃金、④限度時間を超えて労働させる場合の手続を定める必要があります(労基則17条1項4号~7号)。
 特に、①の限度時間を超えて労働させることができる場合とは、「通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第3項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合」(労基36条5項。第3項の限度時間とは、当該事業場の業務量、時間外労働の動向その他の事情を考慮して通常予見される時間外労働の範囲内において定められた(同条3項)、延長して労働させることができる時間(同条2項4号)のことです)に限られ、平成30年12月28日付基発1228第15号によると、「「通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に第三項の限度時間を超えて労働させる必要がある場合」とは、 全体として1年の半分を超えない一定の限られた時期において一時的・突発的に業務量が増える状況等により限度時間を超えて労働させる必要がある場合をいうものであり、「通常予見することのできない業務量の増加」とは、こうした状況の一つの例として規定されたものである。その上で、具体的にどのような場合を協定するかについては、労使当事者が事業又は業務の態様等に即して自主的に協議し、可能な限り具体的に定める必要がある」とされています(なお、労働基準法33 条の非常災害時等の時間外労働に該当する場合はこれに含まれません)。
 また、平成30年9月7日付厚生労働省告示323号では、特別条項の運用について、「当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合をできる限り具体的に定めなければならず、『業務の都合上必要な場合』、『業務上やむを得ない場合』など恒常的な長時間労働を招くおそれがあるものを定めることは認められないことに留意しなければならない」としているところです。
 特別条項を定めた場合には、1か月についての時間外労働時間および休日労働時間の時間数(100時間未満の範囲内に限る)、並びに1年についての時間外労働の時間数(720時間を超えない時間内に限る)を定めることができます。もっとも、この場合でも、1か月45時間の限度時間を超えることができる月数は1年について6か月以内に限られ、この月数を36協定において定めなければならないとされています(労基36条5項)。
 具体的には、以下のような定めが考えられます。

【記載例】 特別条項付36協定
一 定期間についての延長時間は1カ月30時間とする。ただし、通常生産量を大幅に超える受注が集中し、特に納期がひっ迫したときは、労使の協議を経て、1カ月70時間、1年500時間までこれを延長することができる。この場合、延長時間をさらに延長する回数は、6回までとする。
  1カ月45時間超60時間の範囲の割増賃金率は、30%とする。
  1カ月60時間を超えた割増賃金率は、50%とする。
  年間360時間超500時間の範囲の割増賃金率は、30%とする。
  
 以上を前提に、本問についてみていきます。

2 特別条項に該当するか

 ウイルス等感染症が原因で休む従業員が増えために、他の従業員が長時間働かざるを得なくなった場合には、36協定の締結当時には想定していなかったとはいえ、通常予見することができないものであり、一定の限られた時間において一時的・突発的に(従業員の欠勤等によって)業務量が増加したものと考えられるため、一般的には、特別条項の理由として認められると考えられます。
 なお、この場合、たとえば、36協定の「臨時的に限度時間を超えて労働させることができる場合」に、繁忙の理由がコロナウイルス感染症とするものであることが、明記されている必要はありません(厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)・令和2年4月28日時点版」5・問2参照)。
 したがって、他の事情とともに1年に6回までの範囲で対応する必要があるとともに、特別条項で定めた上限(最長でも1か月100時間未満、2か月~6か月で80時間以内)を遵守する必要があります。
 なお、現在、特別条項を締結していない事業場においても、法定の手続を踏まえて労使の合意を行うことにより、特別条項付の36協定を締結することが可能です。

3 その他の留意事項

 以上のとおり、感染症を理由として業務が繁忙となったとしても、特別条項の上限規制に服さないといけないことが大原則となります。ただし、労働基準法33条1項に定める「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」に該当すると認められる場合には、36協定の規定に服さない勤務が可能となりますので、本連載第9回ウイルスの感染防止等の対応による残業の考え方」で解説したように、事情によってはあらかじめ労働基準監督署に相談してください。
 また、いうまでもなく管理監督者には36協定の上限規制の適用がありません。
 他方、労働基準法33条1項による場合においても、管理監督者である場合でも、従業員の健康確保のため、長時間労働は可能な限り抑制されるべきですので、くれぐれも特別条項の上限規制を参考に(労安66条の8の3参照)、従業員の過重労働による健康障害を防止してください。

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弁護士法人淀屋橋・山上合同は、あらゆる分野の法律問題について、迅速・良質・親切な法的サービスを提供している法律事務所。2020年3月現在64名の弁護士が所属。連載を担当したメンバーは、主に企業側に立って、雇用や労働紛争に係る相談対応、法的助言から裁判手続、労働委員会における各種手続の代理人活動等を行っている。

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