「新・地方自治のミライ」 第23回 国政選挙制度と地方自治のミライ

時事ニュース

2023.05.08

本記事は、月刊『ガバナンス』2015年2月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2014年12月に衆議院総選挙が行われた。首相が自己の都合の良いときにいつでも解散できる戦後日本の憲法慣習(首相専属の「伝家の宝刀」)からすれば、多くの総選挙は与党に有利な結果をもたらす(注1)。国政安定政権は集権的作用を持つことは、すでに本連載①(13年4月号)でも触れているので、今回は繰り返さない。

注1 内閣不信任議決を受けた69条解散以外に、内閣が任意の時期に解散できるかは、現行憲法の明文では不明である。また、7条解散も、あくまで天皇の国事行為であるから、内閣の助言と承認のもとにあり、首相に専属ではない。しかし、運用上は、解散は首相が個人で握る「大権」のように理解されている。イギリスでは、こうした恣意的解散をしないために、次期総選挙の時期を、政権発足時に固定する慣習を作ろうとしている。

 今回は、現行の国政選挙制度に内在する、反自治・分権的性格について、考察しておくことにしよう。第1は小選挙区制の持つ弊害であり、第2は定数均衡(人口比例原則)の持つ弊害である。

小選挙区制の弊害

 国政政権が特定の地域・自治体に対して不利益な政策を行っても、他の多くの地域・自治体にとって利益になる政策を行えば、国政政権は維持できる。国政政権は、大多数の地域・自治体を「味方」に付け、一部の地域・自治体に集中的に不利益を押し付ければよい。

 このような地域差別的な国策が行われると、どうなるであろうか。差別的取扱いを受けた地域では、国政与党の候補者は苦戦するだろう。定数1の単純小選挙区制では、こうした地域では国政与党は完敗するだろう。しかし、国政与党は、まさにこうした差別的政策により、国内の他の地域で勝利を収める。国政政権は、「国民の信任を得た」などと称して、地域差別的な政策を継続させる。さらに、国政政権が品格を持たなければ、与党候補を完敗させた当該地域に対して、さらに冷遇的・差別的な政策を強化するだろう。

スコットランドからの教訓

 こうした構造的悪循環は、小選挙区制度である限り、内在的には消滅しない。この推論は、単なる机上論ではない。例えば、イギリスでは単純小選挙区制が採用されている。1980年代のサッチャー保守党政権は、主にイングランドの郊外部での得票により下院の過半数を押さえた。そのため、スコットランドなどでは労働党にほぼ完敗していても、長期政権を維持できた。

 さらに言えば、「スコットランド的解決」と称して、スコットランドに不利益な差別的政策を展開して、ますます、スコットランドでの保守党の弱体化を招く。しかし、保守党長期政権のもとでは、スコットランドの人々の利益は国政に反映されず、不満は高まった。この結果、ブレア労働党政権下でのスコットランド議会の復活という大胆な国制改革が必要になった。さらには、現在のキャメロン保守党・自由党政権のもとでも、スコットランドでは独立を問う「国」民投票が行われたように、「連合王国(United Kingdom)」の統一は危機に瀕するに至った。

中選挙区制の効用

 これが、定数が3〜5人の中選挙区制であれば、事態は異なる(注2)。仮に、特定地域に不利益な国政政権の地域差別的政策があったとしよう。当然、国政選挙では与党候補は苦戦する。とはいえ、与党候補が全滅するという「空白区」または「空白県」が生じる可能性はかなり低い。全国与党になれる有力政党であれば、どんな不人気な地域であっても、一人くらいの与党議員は当選する。生存した与党議員は、まさに選挙戦の逆風を受けて、国政与党内での政策の見直しを強く主張する。

注2  正確には単記/制限連記・非移譲式の定数複数選挙区制または比例代表制の場合である。完全連記では意味がない。

 中選挙区制度は、特定地域に対する国政の差別的な政策への、国政与党内でのブレーキ役を生む。そのことは、特定地域に存在する自治体にとっても、重要な意味を持つ。差別的国策は、中選挙区制である限り、与党内の軋轢によって、緩和が期待される。逆に、小選挙区制度では、与党内からブレーキを掛ける勢力は、生存しにくいのである。

 1990年代に分権改革に踏み出したときに、まさに分権効果を打ち消すように、「政治改革」と称する選挙制度改革が行われた。国政政権からの負担押付けに喘ぐ自治体にとっては、致命的であった。2014年12月総選挙では、沖縄県内の小選挙区では与党候補は完敗して、「空白県」となった。辺野古基地移設強行など、地域差別的な国策からすれば、当然の民意の結果ではあろう。しかし、小選挙区制によって、ますます、与党内に沖縄地域・県の声を代弁する回路がなくなった。辛うじて、重複立候補の比例区復活当選という、制度の凝雑物が残っていたことが救いである(注3)

注3  但し、小選挙区で落選した沖縄県内の与党候補者が、比例区九州ブロックで復活当選できるかどうかは、与党内の候補者間の順位付けや、他の候補者の惜敗状況との相対関係による偶然の産物に過ぎず、必ず、生存できるとは限らないし、党執行部に異見を言える独立性も乏しい。

一票の価値の平等

 「一票の価値の平等」は、民主主義の基本とされている。1990年代の選挙制度改革は、小選挙区制への根本的再編を通じて、中選挙区制時代に蓄積されてきた定数不均衡を、抜本的に是正する機会となった。新たに小選挙区の定数を配分する際に、「人口比例」が基本となるのはごく自然であるから、人口の少ない地方圏から人口の多い大都市圏に、相対的に定数が移動した。

 これ自体は、長年の宿痾を解決できた意味では、大いに評価できるかもしれない。中選挙区制時代にも、人口の大幅な社会的移動による定数不均衡は問題視され、ある程度の「○増○減」的な定数是正はされてきた。しかし、既存制度がある以上、白紙から区割と定数を描けないため、弥縫策に留まっていた。

 また、この状態を前提にすれば、違憲立法(または不作為)審査権を持つ最高裁判所といえども、簡単には違憲(状態)判決は下せない。また、下すにしても、「3倍超」などの相当に「甘い」基準に依らざるを得ない。ところが、一度、人口比例原則に基づく小選挙区の区割が採用されれば、裁判所は積極的な判決を下しやすくなる。これ自体も、民主主義の土俵を守る司法部の役割として、評価できるかもしれない。

定数均衡配分の弊害

 しかし、上述の小選挙区制の弊害と相俟って、この利点は欠点に容易に転化する。というのは、人口に比例して大都市圏に議員定数が多く割り振られれば、国政政権・与党は、大都市圏に有利な政策、地方圏に不利な政策を展開しても、政権を継続できる。仮に、地方圏に不利な政策によって、与党候補が地方圏で不人気であっても、国政与党幹部は「地方切捨」が可能である。仮に地方圏の与党議員が全滅しなくても、与党内での存在感は低下する。こうして、大都市圏に有利な国策は、選挙戦の帰趨に関わらず、維持される。

 このように、人口の少ない地方圏の地域及び自治体は、構造的に不利な国策を被る。こうして、地方は疲弊し、消滅を促進させられる。悲惨でジリ貧状態になればなるほど、地方圏から人口は流出する。その結果、ますます、大都市圏の人口比重は大きくなり、人口比例原則に従って議員定数は大都市圏に割り振られる。すると、なお一層、地方圏に不利な国策が加速する。この悪循環は構造的なものである。当然、この仕組みのもとでは、地方圏の自治体はミイラのように乾涸びていく。

おわりに

 1990年代の政治改革=選挙制度改革は、少なくとも自治・分権の観点からは、壮大な「逆コース」だった(注4)。現在の安倍政権が「地方創生」と称して、地方圏に梃入れをしなければならないのは、2000年代からの構造改革やTPP交渉に見られるグローバリズム・市場原理主義による格差社会という弊害が生じたからであるが、まさに、地域間格差を助長する国政選挙制度がある限り、「地方早逝」になる。「地方創生」は、所詮は効果のない「言い訳」で充分である。

注4  政治改革=選挙制度改革は、「地方利益」に束縛された国政政権を、「地方利益誘導」の要請から解放して、「地方切捨」を容易にすることが、一つの真の目的とするならば、「改革詐欺」に引っ掛かった地方圏・自治体が「愚か」だったということである。橋本政権時の地方分権推進委員会の第3次勧告の意味は、ここにある。

 もちろん、過ちを改めるに憚るなかれ、である。すなわち、中選挙区制に戻すことと、定数配分を人口比例原則から地方圏優遇への戻すこと(注5)、の二つは最低限行うのが望ましい。とはいえ、現行制度で最大の利得を得ている国政与党及び国政政権には、現行制度を変える誘因はない。自虐的な選挙制度のもとで、地方圏が与党を支持しても、多くの地方圏自治体は非常に苦しい運営を強いられる。

注5 人口比例原則を逸脱する国政の選挙制度を立論することは、非常に難しいのが現状である。この点に関しては、次号で考察してみたい。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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