政策課題への一考察 第94回 自治体人材育成基本方針のあるべき方向性(1) ― デジタル人材を含む人事政策全般について

地方自治

2024.05.23

※2024年1月時点の内容です。

政策課題への一考察 第94回
自治体人材育成基本方針のあるべき方向性(1)
―デジタル人材を含む人事政策全般について

株式会社日本政策総研主任研究員
竹田 圭助


「地方財務」2024年2月号

 

1 DXと人事政策を取り巻く最新の動向

 令和5年12月22日、総務省「自治体DX推進計画」及び「自治体DX全体手順書」が第2.2版に改版された。本改訂の趣旨は主にDX人材確保・育成の具体化である。また同日、これら文書の公開と連動して、各自治体が「人材育成基本方針」を策定する際に留意・検討すべき事項を提示した総務省「人材育成基本方針策定指針」が名称を含めて改正された。同指針の前提となる「地方自治・新時代における人材育成基本方針策定指針」が平成9年度に公表されて以来、26年ぶりの改訂となる。

 今般の各種文書の改訂は明らかに人事担当部門を対象としたものである。筆者は、今般の改訂を人事担当部門が表層的に受け取るのみでは、DXを含めた時代に即した全庁レベルの人事戦略の改訂に繋がりにくく、また人事担当部門・DX担当部門が協力して中長期的なデジタル人材確保・育成に向けて検討するに当たり両者の立場の違いによる認識のズレが起こり得ると懸念する。

 そこで本論は3回にわたり、DX担当部門と人事担当部門との継ぎ目の役割を果たすべく、国が示す各ドキュメントを再整理したうえで留意点を提示しつつ、自治体DXを人事政策からみたときのあるべき方向性を示す。

 まず第1回(本稿)では、総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」の改訂の趣旨と内容を読み解きつつ、人事政策全般のあり方を見直すための観点を論じる。続く第2回・第3回では人事政策全体の中でDXの推進を支えるデジタル人材をどのように捉えるべきかについて論じたい。大枠は図表1のとおりである。

図表1 本論の構成

2 国が示す各文書の整理

(1)総務省「自治体デジタル・トランスフォーメーション推進計画【第2.2版】」等の改訂
 まず各文書の改訂の要点は図表2のとおりである。全体を通じて、人事担当部門がDX推進担当部門との緊密な連携が求められているといえる。

図表2 総務省各文書改訂の要点

(2)総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」の改訂
 次に、26年ぶりの改正となった総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」について整理する。まず「本指針の趣旨」をみると、外部環境の変化に触れつつ生産年齢人口の減少に伴う労働市場の制約の中で複雑・多様化する行政課題に対応するに当たり人材育成・確保の重要性が増している旨を指摘し、そのうえで「特に、行政のデジタル化による省力化・生産性の向上や新しい公共私間の協力関係の構築、それらを支える人材の育成・確保」の必要性について謳っている。

 以上の前提を踏まえつつ、主な改訂のポイントについて、追加された要素を目次順に図表3のとおり整理した。

図表3 総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」の主な改訂ポイント

3 人材育成基本方針の改訂に必要な観点

 この指針は外部環境を捉えつつ、総務省自治行政局公務員部が近年毎年のように(H29、R元、R2、R3、R4)実施した各研究会の成果を踏まえたものとみられる。確かに表層的には反映されているものの、各研究会の成果物を踏まえ改めて概観すると、人材育成基本方針の改訂に必要な観点として改めて強調する必要があると考える。そこで以下3点に絞ってあるべき姿を示す。

(1)人的資源管理の観点からみた総合的な人事戦略として立案すること
① 人材の「育成」と「確保」に閉じない検討の必要性
 改訂前の本指針は人材育成が主眼となっていたところ、今回、「人材確保」の要素が大幅に付加された。この点は官民問わず労働市場の制約から人手不足が深刻化しつつあり採用倍率が低下傾向にある中、喫緊の課題であるため異論はない。

 他方で、人材確保の要素が加わったのみであり、残念ながら自治体経営の2大要素の1つである「人的資源」の最適化に向けた総合的な人事戦略として立案するに当たって参照すべき指針という意味では、確保・育成・配置・評価・処遇のサイクルの必要性や自治体経営の視点がやや不足する。

 例えば人事評価については同指針7頁で「意欲の向上や人材の定着に資することも期待できることから、人事評価結果を職員の昇任等や処遇に適切に反映させること。」とあるのみで、その具体策を含む実効性のある助言とはいえない。そもそも、確保した人材を配置された職場内外で育成し、設定した目標に基づき仕事を通じて成長を促すとともに業務上の成果を評価し、評価に応じて処遇(給与・昇進等)し、その結果に基づいて育成するといったサイクルが人事政策の中核であり、それを支えるための「職場環境整備」である。そして、それらを実現するために必要な人事施策群の立案と管理、また組織・職員の状態変化の把握が人事担当部門の主要なミッションであるはずである。そして何より、筆者は改めて自治体経営の視点(政策目標・組織目標の達成)からみた戦略的な人事政策への転換を促したい。そもそも自治体は政策目標・組織目標の達成のために人的資源(職員)を保有しており、本来的に組織への貢献度の視点が不可欠だからである。

 以上を踏まえ筆者が認識する人事戦略の大枠は図表4のとおりである(1)。なお人的資源管理の観点からは本来的には「定員管理」もこの大枠に含まれる。

図表4 人事戦略が内包すべき諸要素

出所:筆者作成

〔注〕
(1)詳細は竹田圭助「自治体における人事政策の現状と課題―人的資源管理の考え方を踏まえた人事戦略への転換に向けて」『地方財務』(2022年11月、ぎょうせい)を参照されたい。

② 「母屋と離れ」の状態を防ぐ
 人材育成基本方針を実際に改訂するに当たっての計画論にも触れる。同指針の構成(図表5参照)では、「デジタル人材の育成・確保」が、「人材育成・確保」と同列に捉えられている点に注意したい。

図表5 総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」の目次

 好意的に解釈すれば、第3章を軸に人材育成・確保(及び職場環境の整備)をデジタル人材も含めて検討する場合、第4章に記載の留意点を踏まえる必要があるということかと考えられる。総務省「自治体DX推進計画【第2.2版】」12頁では「デジタル人材であるか否かにかかわらず、組織全体の組織管理・人事管理に関する方針を踏まえ、検討を進める」こと、総務省「人材育成・確保基本方針策定指針」14頁では「基本方針の改正等に当たって新たな事項としてデジタル人材の育成・確保に係る内容を盛り込む」ことが求められている。計画の進捗管理にかかるコストや、先述の人的資源管理のサイクルで二重管理がコストや不整合を生むリスクを考えると、母屋(人材育成基本方針)があるにもかかわらず離れ(デジタル人材に特化した人材育成基本方針)を作らず、デジタル人材も含めて1つの人材育成基本方針にて管理することを推奨する。

(2)全ての専門職・技術職についてスキル、将来的な業務量、配置必要数、研修計画との整合性に係る検討をすること
 同指針の構成上、「留意点」の位置づけにあるデジタル人材だが、「自治体DX推進計画【第2.2版】」6頁では職員のデジタルスキル等の把握、将来的な業務量や配置必要数の見込み、外部人材の確保の必要性及び任用形態の検討、既存職員による育成の目標人数の設定、職員全体の研修計画との整理の検討が必要と指摘している点について見解を示す。

 まずこの内容自体は妥当である。DXの取組が一過性のものではなく、自治体経営の最適化に必要不可欠な要素であるという判断ならば、その実現のために担い手の中長期的な育成が不可欠であるからである。ここで強調したいのは、人事担当部門として、そもそもデジタル人材以外の専門職・技術職(例:保健師、土木、電気、建築等)も同様に中長期的な視点で人材マネジメントを適切に実施すべきということである。「自治体DX推進計画【第2.2版】」を援用し、行政の専門性維持・向上に向けた中長期的な確保・育成に向けて整理すべき事項を図表6に列挙する。

図表6 デジタル分野を含む行政の専門性維持向上に向けた中長期的な人材確保・育成に向けて整理すべき事項(イメージ)

(3)今だからこそ人事政策として導入すべき施策を検討すること
 先述のとおり同指針では様々な要素が付加されているが、改訂前の指針に記載されていた事項が部分的に削除されている。その中でも2024年現在だからこそ導入に向けた検討が必要と考えられる事項を2点取り上げる。

 まず「経歴管理システムの確立」が削除されている。ここでいう「経歴管理システム」とはキャリア開発計画(CDP:Career Development Program、中長期的・継続的に必要な能力や経験を持つ人材を確保するために計画し、実践する人材育成のプログラム)のことを指しているとみられる。HR proによれば「効果的なCDPの実現には、(1)企業の求める人材像や人員計画に基づいた研修などの教育プログラムを複数の選択肢を与え、設計・提供されること(2)従業員にキャリアを考えさせる機会が与え、上司とともに、その適正や希望をすりあわせ、反映しながら教育と配属が行われること(3)人材情報の蓄積・管理を行い毎年または数年おきにフォローを行い必要ならば軌道修正を行われることが必要(2)」とされる。

〔注〕
(2)人事ポータルサイト「HR pro」。
https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=25

 (1)、(2)の要素は本稿3(1)で触れた人的資源管理の概念に合致する。また(3)人材情報の蓄積・管理は現在でいうところの「タレント・マネジメント・システム」に近い概念とみられる。しかしこの項目は要素を含めて削除されており、これはやや後退といわざるを得ない。

 次に「挑戦加点制度」が削除されている点も指摘したい。例えば自治体経営上の最優先事項の1つとしてDX推進を謳う場合、DX推進を担う職員個人の行動を人事評価でどのように反映し、それをどのように処遇(給与・昇進)や異動に反映するかが極めて重要となる。それは職員個人のモチベーションとエンゲージメントの向上につながり、組織力の向上に繋がるためである。当該項目は要素を含めて削除されているものの、人事評価制度の再構築や人事評価結果の処遇への反映を検討する際には、挑戦加点制度のようにDXを含め組織目標の達成に向けて貢献した職員の人事評価での加点と処遇への反映について検討すべきである。

4 本稿のまとめ

 本稿(第1回)では、「人材育成・確保基本方針策定指針」の改訂に伴い、デジタル人材を含め人事政策全般としてこの文書の捉え方の留意点を示した。論旨をまとめると図表7のとおりである。

 筆者がCIO補佐官を務める自治体では、既にDX推進担当部門と人事担当部門を巻き込み、情報共有や議論を重ね、人事戦略(人材育成基本方針)の改訂に向け、具体的な検討に入るところである。他の自治体の皆様も、質問や壁打ち相手が必要であれば気軽にご連絡いただきたい。

図表7 人材育成基本方針の改訂に当たって留意すべきポイント

 次回(第2回)は「行政の専門分野としてのデジタル分野とデジタル人材」について、次々回(第3回)では「分野を問わず求められる汎用能力としてのデジタル技術活用能力とデジタル人材」について論ずる。

 

 

*政策コンテンツ交流フォーラムは、株式会社日本政策総研、神戸シティ法律事務所が連携ハブとなり、国・地方自治体・民間企業のメンバーを架橋し、政策的課題を多面的に検討するネットワークです。本コラムを通じて、フォーラムにおける課題認識、政策創造の視点等をご紹介します。

 

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