時事問題の税法学
時事問題の税法学 第35回 振り込め詐欺と雑損控除
地方自治
2019.08.29
時事問題の税法学 第35回
振り込め詐欺と雑損控除
(『税』2018年9月号)
罹災証明書
西日本豪雨における被災地の惨状に対する復旧と支援活動のなか、「罹災証明書」の迅速な発行という話題があった。税務の分野で「罹災証明書」といえば、所得税の雑損控除の適用申請が思いつく。平成30年分の所得税確定申告は明春のことであるから、先立つ手続が優先されるだろう。
所得税法第72条が定める雑損控除の対象となる損失の発生原因である「災害又は盗難若しくは横領」について、納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由であり、所得税法施行令第9条が規定する災害についても、所得税法第72条の「災害」と同様、納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由であるとしている。豪雨被害は当然対象となる。
さらに、所得税法施行令第9条が定める災害として例示する内容を考慮すれば、「(人為による異常な)災害」というためには、納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな、納税者が関与しない外部的要因を原因とするものであることが必要というべきという。
結局、雑損控除とは、納税者の意思に基づかない、災難による損失が発生した場合に、租税負担公平の見地から損失により減少した担税力に応じた範囲での課税を行うとする制度である。そのため、一定の範囲で、納税者の負うべき責任の範囲も考慮されることになり、いわば自己責任が求められるような行為や結果は、雑損の対象とならない。
災害については、人間の力では対抗できない現象を指している。納税者の責任も問われない。盗難・横領については、特に定義をおいていないが、その意義・内容については刑事法の概念と同様であろう。
振り込め詐欺は雑損控除対象か
豪雨被害が連日、報道されている最中、東海道の宿場町であり城下町でもある故郷の幼馴染みの女性から、「法務省から、消費料金に関する訴訟最終告知のお知らせというはがきが届いたんだけど……」と電話がかかってきた。それは詐欺だからと説明し、事なきを得た。その週末、故郷のカフェで同級生とモーニングコーヒーを楽しんでいたとき、何気なく友人が、「うちのカミさんに法務省を騙るはがきが来てさ」というので、尽かさず、「Sちゃんにも来た」と幼馴染みの名前をあげた。同級生はネットで検索し、法務省を騙る詐欺事件が横行していることを調べたという。事実、法務省もHPで警告している。
そんな頃、新聞でも報じられた(日経新聞7月14日)。「法務省かたる詐欺偽はがき送付、被害1.2億円」「裁判の被告になった。連絡がなければ財産を差し押さえるとの内容のはがきを送って不安をあおり、連絡してきた被害者から金をだまし取る手口。」「連絡を取ると、弁護士を称する人に示談着手金や供託金の名目で口座への振り込みなどを要求されるという。」「法務省への問い合わせも多く、6月14〜29日の平日21日間の集計では、1日平均90件以上に上っており、はがきの送付が続いているとみられる。」確かに送付は続いている。
故郷のローカル紙でも連日、この手の詐欺事件が報じられているので油断はできない現実を認識しなければならない。被害に遭った顧問先関係者も複数いるが、電話の声色では判断が難しい上に、家族と信じてしまうほど、つまり家族だから知っていると思える情報が提供されることから、よほどしっかりしていないとダマされる可能性は高い。一方的にはがきをばらまく方法と違い、事前の調査や個人情報が流布している恐れも疑われる。
ところが国税審判所平成23年5月23日裁決は、長男を騙った不詳者への振り込め詐欺のための被害は雑損控除の対象にはならないと示した。災害、盗難、横領でもなく、振り込み自体が被害者の意思に基づく行為と指摘されている。もっとも儲け話に引っかかった詐欺と異なり、家族を助けるための行為を自己責任論で結論づけるのはいささか疑問が残る。振り込め詐欺が雑損控除の対象となるかについて、裁判所の判断はまだ出ていないようである。