感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第22回 医療機関の混雑等で就業規則上の診断書の提出を受けられない場合の対応は?
キャリア
2020.05.19
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
医療機関の混雑等で就業規則上の診断書の提出を受けられない場合の対応は?
(弁護士 渡邊 徹)
【Q22】
微熱がある者を休ませていますが、就業規則上、3日以上休む場合は診断書の提出を義務づけています。ところが、医療機関が感染症対策で混雑しており予約がとれず、就業規則上の診断書の提出を受けられない場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
【A】
結論から申し上げますと、一定の期間を区切って、体調不良の自己申告によって(診断書なしで)不就業を認める措置をとらざるを得ないように思います。
診断書提出の義務づけの根拠
まず、疾病を理由に相当期間出勤できない場合には、就業規則によって診断書の提出を求める会社が少なくありません。一般的には診断書の取得には、診察費用のみならず、作成のための費用がかかりますので、労働者にこれを義務づけることができる根拠が一応問題となります。
この点、一般的に、労働契約における就労(労務の提供)は労働者の主たる義務ですので、かかる義務を履行できない場合に正当事由があるか否かの立証責任は、労働者側にあることによります。すなわち、厳密にいうと、就労できないという労働契約上の債務不履行の状況について、自らの費用負担でもって診断書を取得し提出することによって、労働者自身としてはやむを得ない理由により就労できないことを会社に証明するとともに、会社による契約解消や懲戒処分等の不利益を防止することを目的とします。
診断書を入手することが困難な場合の対応
他方で、感染症の蔓延・拡大により、医療機関が劇的に繁忙になりいわゆる医療崩壊を防ぐために、診察そのものが一定の場合に制限される等の事態が生じることがあります。また、行政や医療機関等からかかる要請が正式に出されていなくても、院内感染を防止するため、不用意に医療機関に受診することを回避するような社会的要請が生じることもあります。その場合にも形式的に、就業規則に基づく診断書の提出義務を維持しようとしても、実際に診断書の入手が困難だったり、そもそも医療機関へ行くことすら躊躇する従業員が生じたりすることになります。
かかる事態への対応は、最終的には経営判断にはなりますが、平常時のように医療機関に受診し、診断書を入手することが困難な社会的状況下においても、診断書の提出義務を貫徹することが必要不可欠な場面は多くないように思われます。
したがって、かかる事態に直面している状況であれば、会社から診断書の提出を免除し、自己申告のみによって不就労を認める措置をとってもよいと考えます。
これは、就業規則の規定に形式的には反することになりますが、労働者に有利な取扱いをするわけですから、必要性を充足すれば、規則の変更によらずとも可能であると考えます。
診断書の提出を免除する場合の留意点
なお、いくつかの留意点があります。
まず、あくまで非常事態における特別措置ですので、今後の運用に悪影響が出ないように、診断書の提出を不要とする現状(必要性)を示したうえで、一定の期間を区切って(診断書の提出を不要とする)措置を全従業員に周知してから実施するようにしてください(当該期間内に事態が収束しない場合には、期間を延長すれば足ります)。
また、虚偽申告や単なるサボタージュを防止する趣旨から、「後日、虚偽申告等が発覚した場合には、懲戒処分に付する場合があります」等の文言も周知しておいたほうがよいでしょう。さらに、自己申告においても、相応に具体的な記述を求めてください。たとえば、自覚症状のほか、体温についても数値を具体的に報告させたり、定期的な報告を求めたりするなど、一応就労できないことがやむを得ないと判断するに十分な情報を報告してもらうようにしてください。これによって、すべての虚偽申告やサボタージュを防止できるわけではありませんが、先述の処分可能性を周知することと相まって、可及的に不適切な運用を防止することが重要です。
なお、労働者の症状が、感染症によるものと疑われる場合や、重篤なものである場合には、診断書の提出義務や社会的状況にかかわらず、安全配慮義務履行の観点から、強く受診をすすめる必要があることはいうまでもありません。