
新・地方自治のミライ
保健・医療提供体制整備のミライ|新・地方自治のミライ 第105回
NEW地方自治
2025.12.05
出典書籍:『月刊ガバナンス』2021年12月号
「新・地方自治のミライ」は「月刊 ガバナンス」で過去に掲載された連載です。
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本記事は、月刊『ガバナンス』2021年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに

2021年夏のCOVID-19の第5波は、10月中に激減に向かった。とはいえ、いずれ第6波が来るとも予測されている。そのため、今夏の事態の反省と検証に立って、第6波を想定した、体制の構築が検討されている。そこで、今回は、この件に関して自治体に求められる対応について、検討してみよう。
厚労省10月1日付事務連絡
厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部は、都道府県・保健所設置市区に対して「今夏の感染拡大を踏まえた今後の新型コロナウイルス感染症に対応する保健・医療提供体制の整備について」(2021年10月1日付事務連絡)を発出した(注1)。
注1 新型コロナウイルス感染症対策でも、「事務連絡」で政策を進める「事務連絡行政」を厚生労働省は多用している。「通達行政」である。
それによれば、今夏には地域によっては自宅療養者の症状悪化などに対応しきれなかったので(注2)、従来の病床・宿泊療養施設の確保を中心とした医療提供体制だけではなく、保健所などによる療養調整を含めた総合的な保健・医療提供体制の構築が必要とされている。そこで、従前の「病床・宿泊療養施設確保計画」を、新たに「保健・医療提供体制確保計画」として充実すべきことを、保健所設置自治体(実質的な調整は都道府県)に求めた。
注2 今夏の課題とは、同事務連絡によれば、①コロナ医療のために一般医療を制限せざるを得なくなったこと、②療養先調整、病床使用、自宅療養者等の健康観察・診療などの面で、事前に用意した体制が十分機能・稼働しないために、症状悪化に対応しきれない状況が発生したこと、である。
保健・医療提供体制の基本的な考え方
今夏と同程度の感染拡大を前提に、1日当たりの新規陽性者数・療養者数などの需要を設定・推計して、
①健康観察・診療等の体制、
②自宅療養者等の治療体制、
③入院等の体制について、実効性の伴う具体的計画を策定する、
ことを求めた。
具体的に目指すべき水準は以下の通りである。
①陽性判明翌日までに保健所または医療機関から最初の連絡があり、以降も継続的に健康観察・診療を受けられる。
②自宅療養者等が症状軽減・重症化予防のために医療(中和抗体薬の投与など)を受けられる。
③重症者・酸素投与必要中等症者・重症化リスク者が速やかに入院できる。感染急拡大で入院調整に時間が掛かる場合でも、臨時医療施設・入院待機施設で安心して療養できる。回復後も入院管理が必要な場合には後方支援医療機関等での療養を続けられる。

保健・医療提供体制確保計画
計画記載事項は、
(1)今回の感染拡大時における対応の振り返り、
(2)最大療養者数等の推計、
(3)陽性判明から療養先決定までの対応、
(4)健康観察・診療等の体制、
(5)自宅療養者等の治療体制、
(6)入院等の体制、
(7)医療人材の確保・配置転換を行う仕組み、
(8)地域の医療関係者等への協力要請を行う場合の考え方、
(9)患者対応の一連の流れのチェックと感染状況のモニタリング、
(10)保健所等の体制確保、
である。
策定手順は以下の通りである。まず、都道府県が(1)(2)を検討するが、(2)では、今夏の感染拡大時の実績値を参考に、保健所管轄区域単位で全域の数値を推計して、保健所設置市区とも共有する。保健所設置市区は(1)を検討して都道府県に提出するとともに、都道府県が示す(2)に基づいて、(4)(10)を検討して都道府県に提出する。それを受けて都道府県は(3)~(10)をまとめる。
検討に当たって、都道府県と保健所設置市区は厚生労働省への報告に先立ち十分に協議する、地域の医療関係者などに対して事前に十分な協議を行って報告内容を作成する、こととされた。また、この報告(計画)は公表予定とされている。
計画経済と権限拡大指向
医療提供体制は、国民皆保険・フリーアクセス・自由開業標榜制のもとで、準市場が構成されてきた。日常的には準市場によって医療需給が調整されているが、感染症拡大によって急激に医療需要が増大した場合には、診療報酬という公定価格による調整が間に合わない。
それゆえ、行政的に医療提供体制を確保する期待が生じる。このために、「保健・医療提供体制確保計画」によって、医療需要の総量を推計し、それに見合う医療資源を動員する。典型的な計画経済である。
計画経済を実現するには、計画を実行する権力が必要になる。簡単に考えると、計画に基づいて医療資源を供出するように、医療機関や医療従事者に指示を出す。そのためには、強制権限が必要だという発想は自然である。計画経済は統制経済・指令経済になりやすい。
実際、厚生労働大臣から国立病院機構(楠岡英男理事長)および地域医療機能推進機構(尾身茂理事長)に対して、法に基づく業務実施要求が発出された。両機構は、正当な理由がない限り、要求に応じる義務がある(注3)。同様に、民間医療機関・医療従事者への要請権限が行政には必要であるという帰結に陥るだろう(注4)。
注3 独立行政法人国立病院機構法第21条第1項要求、独立行政法人地域医療機能推進機構法第21条第1項要求。
注4 例えば、「経済財政運営と改革の基本方針2021」(いわゆる「骨太方針2021」、2021年6月18日)、全国知事会「新型コロナウイルス感染症に関する緊急提言」(2021年7月19日)など。感染第5波を受けた後の2021年10月27日に、全国知事会新型コロナウイルス緊急対策本部は厚生労働副大臣と意見交換会を行い、「緊急事態宣言等の解除を受けた緊急提言」を提示した。「(7)地域医療体制への支援」では、「感染症有事に備える取組について、……法的措置や行政の体制強化を検討するに当たっては、都道府県内で統一的な対策の実施を可能とするため、……都道府県主導で必要な措置を講じられる仕組み」を求め、「(12)医療従事者確保への働きかけ及び支援」では「緊急時には現行の感染症法より強制力のある要請が可能な法制度を整備すること」を求めている。

計画経済と協議
保健・医療提供体制確保計画は、医療機関への要請権限よりも、都道府県・管下保健所・保健所設置市区との間の「十分な協議」と、地域の医療関係者等に対する事前の「十分な協議」を求めている。これは、民間医療機関が多数を占める日本の医療供給体制において、行政には充分な要請権限がないがゆえ、次善の策を採ったようにも見える。この観点に立てば、計画を実行するための権限を法的に措置すべきとなろう。
しかし、行政から医療機関に指示を出せば、医療資源が実効的に確保されるわけではない。医療機関に不作為または現状維持を求めることは、権限でもある程度は可能かもしれない。とはいえ、新たな作為や現状変更を求めることは、権限では困難である。制裁を加えても、それだけでは医療提供は増えない。また、名目的動員では、実効的な医療提供が為されない。結局、医療関係者と充分に協議をして、理解と納得を得なければならない。つまり、日常的な行政と医療機関との信頼と協調の土壌が不可欠であるし、その土壌の範囲内でしか、実効的な計画は立案できない。実効的な計画ができないと、表面的に数字合わせだけする「員数主義」が蔓延る。
しかも、医療機関は多部門・多診療科・多職種からなる。医療機関幹部と行政の協議が整えばよいというものでもない。医療機関の管理者が、組織内外の従事者と協議をして、理解と納得を得なければならない。しかし、行政から見れば、医療機関内外の調整は霞の彼方である。ここでも、日常的な土壌の範囲内でしか、実効性はない。
さらに、協議には時間が掛かる。計画は、計画内容だけでなく、策定過程での関係者の意思疎通と合意の積み重ねが重要である。協議と合意なき計画を強制権限で進めても、望ましい協力を得られない。協議過程は非常に時間が掛かるので、感染拡大が生じてから行う計画策定では間に合わないことが危惧される。
おわりに
急速な需要拡大に、準市場では調整が間に合わないので、計画経済が期待される。しかし、計画経済でも計画策定に向けた協議の時間が掛かる。要するに、準市場でも計画経済でも、需給調整過程における時間を掛けた摩擦的な不具合が避けられない。「切れ目ない治療」という観点では遅滞・閉塞は回避しなければならない。それゆえに、協議時間を見込んで、計画的に医療提供体制を構築することが求められた。
現実には、次第に大きくなる感染の波ごとに、泥縄的に体制整備を行っている。そして、次の大波に対応できるほどには協議が整わないまま、次の大波に洗われる。需要推計を過大にすれば、普通に考えれば実効性が伴わず、仮に実効性が伴えば無駄が生じる。実効性に合わせた低めの需要推計では、感染の次の大波に対応できず、結果的には実効性を失う。COVID-19が明らかにしたのは、2019年末段階の医療提供体制の基礎体力の限界である。その意味では、自治体は、急場の計画だけではなく、今後を見据えた日常的な医療計画にも注意を振り向けることが必要になろう(注5)。
注5 医療計画の見直し等に関する検討会「新型コロナウイルス感染症対応を踏まえた今後の医療提供体制の構築に向けた考え方」(2020年12月)は、まだ第2波でしか組み込んでいない。第8次医療計画(2024年度~29年度)の改定は、医療提供体制の基礎体力を規定する上で重要になろう。
著者プロフィール
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。
主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。
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