新・地方自治のミライ

金井利之

原発被災復興のミライ|新・地方自治のミライ 第106回

地方自治

2025.12.10

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出典書籍:『月刊ガバナンス』2022年1月号

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本記事は、月刊『ガバナンス』2022年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2021年が終わろうとしている。この年は、1年延期された東京オリンピック・パラリンピックの年であったと言えるし、COVID-19が報告されてから足かけ3年となる「コロナ3年」であった。それとともに、2011年3月の東日本大震災・原子力災害からの10周年でもあった。

 原発被災からの復興から見えてきたことを振り返るのは、よい機会であると思われる。そこで、今回は、この件に関して被災自治体で見られた現象について、検討してみよう(注1)

注1 詳しくは、高木竜輔・佐藤彰彦・金井利之(編著)『原発事故被災自治体の再生と苦悩』第一法規、2021年。

「第106回 原発被災復興のミライ」のイメージ画像①

復興計画の難しさ

 津波地震被災地では復興計画の策定を行い、国からの復興資金を獲得して、復興事業が進められていく。被災して日々の生活再建もままならないなかで、被災住民が主体となって復興計画を策定することは容易ではない。

 また、復興計画を策定しても、復興資金を提供するのは国であるから、国の補助・支援メニューに即した復興計画・事業のみが、偏向的に進捗する傾向がある。例えば、巨大防潮堤、及び、それを前提にした道路整備が復興計画に盛り込まれれば、比較的に円滑に進む。また、土地の嵩上げや高台移転のような、土木事業を伴う計画も、認められやすい。しかし、それ以外の代替的な復興事業案に国は金を付けにくい。

 被災地復興は、このように一般的にいっても容易ではないが、原発被災地の場合には、さらに深刻な問題をはらむ。第1に、放射能汚染された地域への早期帰還の見込みが立たないので、応急・復旧期の生活再建と、帰還可能になってからの原地での生活・生業再建を視野に入れた復興計画との間に、大きな断絶が発生する。復興には、被災者の生活再建が重要ならば、まずもって、避難先(現地)の生活の延長線上に復興計画が策定されなければならない。しかし、避難先は(広い意味では)被災していない他の自治体の日常であり、いわば、復興計画ではなく総合計画しか必要としない。

 第2に、もともとの被災地(原地)から長期・広域的に住民が避難しているために、復興計画の策定を被災住民が主体的に行うことに、より大きな困難が伴う。被災住民がバラバラになっているために、集まって議論をすること自体が容易ではない。結果的には、集まりやすい人、帰りたい人が中心となって、議論を進めざるを得なくなる。

「第106回 原発被災復興のミライ」のイメージ画像②

自治体運営構造のレジリエンス

 被災は、従前に存在していた社会経済文化政治などの自治体運営構造を一時的に機能不全に陥らせる。まして、全域避難になった原発被災自治体の場合、役場機能自体が移転するなど、社会経済文化政治の活動実態などは根こそぎ漂流することになる。難民状態である。

 しかし、そのようななかで自治体の復興を図るときにも、従前の自治体運営構造によって生み出されてきた人材を、再び結合させることでしか進まない。つまり、災害は従前の自治体運営構造を破断するが、その再生復興を図る営為は、従前の構造が生産・蓄積してきた、そして、たまたま被災によっては失われなかった、人材によって担われる。

 従前の自治体運営構造は、被災自治体の区域内のみの人材で形成されていたわけではない。特定の原子力発電所の所在に伴う経済財政資源によって再生産されてきた被災自治体の運営構造は、当該原子力発電所の爆発によって、それ自体では経済財政資源を生み出すことはできなくなる。しかし、日本全体の「原子力ムラ」が生み出して、日本社会に放出させてきた人材は、原発被災自治体の復興の際の原初的人材となる。つまり、原発被災によって、「原子力ムラ」の経済財政力に依存する自治体運営構造が消失するのではなく、むしろ、被災以前よりも依存性の強まった構造のなかで、復興計画が策定されていく。

 原発は、巨大事故それゆえに廃炉となり、また、核害経験それゆえに、被災自治体が政策的に廃炉を選択することとなった。この点は、津波地震被災はあっても、原発それ自体が爆発事故を起こしたわけではない被災自治体とは、事情が異なる。これらの津波地震被災・原発未災自治体が、従前の原子力依存構造のもとで復興計画を策定するのは、自然のことと考えられるだろう。しかし、廃炉となった原発被災自治体においても、結局、復興計画を立案して、原地復興に向けて行動できるのは、従前構造が発生・放出・蓄積・濃縮してきた人材なのである。原発事故によって、原子力依存の自治体運営構造が変わることはない。

被曝線量による選別機能

 従前の原発立地自治体は、原発所在に伴う経済財政資源によって運営構造が作られてきたので、その意味では原子力依存である。しかし、原発がもたらす巨大な経済力に吸い寄せられた社会経済活動であった。逆に言えば、原発が稼働していなくても、それと同等の経済財政資源が外部からもたらされるのであれば、原発にこだわらなくてもよい。つまり、20世紀第4四半期で広く列島地方圏に見られた公共事業依存でもよいし、軍事基地依存でもよい。

 原発被災地において、原発廃炉が依存先を失うことを意味するのであれば、確かに運営構造は再生産できなくなる。しかし、廃炉に膨大な資金が必要であり、また、日本全体としては「原子力ムラ」が存在し続け、廃炉作業のための資金を投入し続けてくれるのであれば、自治体外部の「原子力ムラ」からの「注水」によって、構造は延命できる。実際、廃炉作業は必要なことであるので、原発爆発は、いわば、資金注入を確実にする意味で、自治体運営構造を「安泰」にする(注2)

注2 金融機関を破綻させることで、公的資金注入が確実になって、「金融マフィア」が「安泰」となることと似ている。

 さらにいえば、原発事故の放射能汚染(核害)により、人々の選別が可能になる。つまり、従前は安全神話のもとで、被曝リスクを回避しつつ、経済財政資源の恩恵を享受する人々がいて、そのもとで自治体運営構造ができていた。しかし、原発事故後は、除染によって低線量になったとはいえ被曝が現実となり、そのリスクを受け入れる者、あるいは、リスクを重視しない者だけが、新たな自治体運営構造に参画する。放射線被曝を忌避する人は、原発被災自治体の原地復興には関わらない。放射線被曝を許容する人のみで、新たな自治体運営構造が形成される。つまり、原子力の被曝リスクに最も親和的な人材のみが選別されて、ミイラ化した核害被災自治体の復興が進められていく。

「第106回 原発被災復興のミライ」のイメージ画像③

おわりに

 原発所在自治体は、原発事故と全域避難によって、雲散霧消するのではない。むしろ、放射線被曝に「耐性」のある「強い」人材だけが選別されて出戻り、あるいは、全国から流入して「復興」していく。つまり、原発事故が起きても、原発推進を図ってきた自治体運営構造は、具体的な人間個体を一部は置換しつつ、より純化し、より強化されて、復興するのである。

 このことは、全国の原発所在自治体の「不安」を和らげる。原発事故が起きても起きなくても、自治体運営構造の持続可能性は「安泰」であるだけでなく、事故が起きた方がより強化されるからである。

 その結果として、原発安全に関する所在自治体の機能が減殺される。従前から、リスクとメリットの対比で、所在自治体は危険性を軽く見積もる可能性を秘めていた。しかし、それでも巨大事故が起きれば、地元に住めなくなる可能性があるので、安全性に対する一定の監視役を果たしてきてもいた。最も大きな被害を受けるであろう所在自治体が、最も安全性を真摯に考えざるを得ない、という想定が働いていた。

 しかし、フクシマ原発被災が示したことは、自治体運営構造にとっては、苛酷事故が起きても困らないということである。つまり、安全性に関して、所在自治体はモラルハザードになりやすい構造にある。

 

著者プロフィール

東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき


1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。

主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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