寺本英仁の地域の“逸材”を探して
寺本英仁の地域の“逸材”を探して 第3回|「芋煮会」発祥の町で、里芋を育てる【小松信治さん(山形県中山町)】
地方自治
2025.06.01

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出典書籍:月刊『ガバナンス』2025年6月号 【WEB限定連載】
◆町の歴史に根ざした名産品
山形市内から20分ほど車を走らせると、この時期でも山の頂上にはまだ白い月山が見えてくる。
僕は昨年から、山形県中山町のアドバイザーとして、毎月、中山町に訪れている。初夏でも空気が冷たくて、肌が引き締められる感触が心地よく、この町を訪れることを楽しみにしている。
今回は、この清々しい町で里芋をこよなく愛する、農家の小松信治さんを紹介したい。
中山町で里芋農家を営む小松信治さん。
里芋の代表的な品種、「土垂芋(どだれいも)」。小ぶりでねっとりホクホクしているのが特徴。
小松さんの里芋愛に触れる前に、中山町が「芋煮会発祥の地」であることを語っておきたい。はじめて聞いたとき、「『芋煮』発祥の地なら話はわかるが、そもそも『芋煮会』とはなんだ?」と、大きな疑問を持った。
山形県は南から北へ、そして日本海へ流れる最上川がある。江戸時代には、そんな山形県の母なる川、最上川を利用した舟運が盛んだった。山形の内陸部からは、米や紅花、青苧などが、酒田を経由して京都・大阪へ運ばれた。一方、京都・大阪からは砂糖や干魚のほか、衣類や雛人形など上方文化が運ばれてきた。
1694(元録7)年までは、中山町は舟運の最終地点であったとされ、米沢方面の船荷の積み替えが行われる要地だった。その舟運に携わる船頭や商人たちは、荷揚げや荷待ちの間、棒鱈や里芋などを川岸の松の枝にかけた鍋で煮て食べながら、コミュニケーションをとり、時間を潰していたという。これが、芋煮会発祥の地の由来だそうだ。
このように、里芋は町の芋煮に欠かせないものだ。中山町は、近年、この芋煮会を観光の目玉にしようと、秋には芋煮会のイベントを開催したり、地域おこし協力隊の開発で芋煮のレトルト商品をつくったり、また噂よると、芋煮のコスプレ女子も現れるなど、静かな盛り上がりを見せはじめているそうだ。そんな芋煮会で主役級の食材である里芋の新規就農者が、小松さんなのである。
◆飾らない想いで里芋を届ける
小松さんと出会ったのは、昨年東京で開催した中山町のイベントで、町を代表してPRにこられていた。そのとき、僕が彼にインタビュアーとして話をした。「なぜ、里芋農家になったのか?」とたずねたとき、「子どものころから里芋が好きだったから」という明快な答えが返ってきて、なんだか拍子抜けをしたことを今でも鮮明に覚えている。せっかく東京まで来て自身のPRをする機会なのだから、もっと飾った言葉を使えばいいのにと思ったが、彼の笑顔から出る本音の一言は、会場のお客さんを妙に納得させていた。
現在、約2haの農地で里芋を収穫しており、この夏からはズッキーニも70a作付けしている。はじめのうちはほかの農家を手伝いに行って、機械の使い方や様々なことを教えてもらい、次第に自分でもできるようになったのだそうだ。彼は簡単そうに言うが、農業はそんなに甘いものではないと僕は思う。自立し、ここまでの農家になるためには、並大抵の努力では足りないことは確かだ。「苦労をしている」と言わないところがなんだか憎らしいが、「家族が、自分がつくった里芋をおいしいと言ってくれる」と話す姿を見ると、町の澄んだ空気感と彼が同化して見えてくる。
広大な農地に緑色が映える。
中山町の芋煮会が開催される10月には、農業好青年の彼に会いに行く旅を企画し、仲間を引きつれていきたいと思っている。
僕は、まだ彼の圃場を見たことがないので、そのときをワクワクしながら、今か今かと待っている。きっと、小松さんの里芋の芋煮を食べると、みんな笑顔になることは100%保証する。
澄んだ空気の中、まっすぐに立つ里芋の苗。

著者プロフィール
寺本英仁(てらもと・えいじ)
㈱Local Governance代表取締役
1971年島根県生まれ。東京農業大学卒業後、石見町役場(現邑南町)に入庁。「A級グルメ」の仕掛け人として、ネットショップ、イタリアンレストラン、食の学校、耕すシェフの研修制度を手掛ける。NHK「プロフェショナル仕事の流儀」で紹介される。著書に『ビレッジプライド~「0円起業」の町をつくった公務員の物語』、藻谷浩介氏との対談本『東京脱出論』など。22年3月末で役場を退職し、㈱Local Governance 代表取締役に就任。海と食を旅する地方創生プロデューサーとして活動中。
★この記事は、月刊「ガバナンス」のWeb限定連載です。本誌はこちらからチェック!

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