寺本英仁の地域の“逸材”を探して
寺本英仁の地域の“逸材”を探して 第2回|「発酵中華」が生む、新しい食の体験【mani-chant(広島県北広島町)】
NEW地方自治
2025.05.01

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出典書籍:月刊『ガバナンス』2025年5月号 【WEB限定連載】
◆“掛け合わせ”で新たなおいしさを
今回は、広島県北広島町で暮らす面白いご夫妻を紹介しよう。
夫の大塚達哉さんは、中華の本場、横浜の中華街で10年以上修行された経験を持ち、妻の珠美さんは、発酵調味料を勉強されている。調理専門学校で知り合った2人は現在、夫婦でmani-chantとして活動し、お互いの武器を合わせた「発酵中華」という新しいジャンルを北広島町で追求している。
「mani-chant」として活動する大塚さんご夫妻
彼らと出会ったのは、同じく北広島町にあるベーグル屋「Liand bagel(リアンドベーグル)」(『ガバナンス』24年2月号でもご紹介している)が3月に開催したイベントがきっかけだった。
リアンドベーグルが4月から新しくオープンする、北広島町の自然と発酵をコンセプトにした一棟貸しの宿泊施設「FERMELL(ファムル)」のプレイベントで、古民家をリノベーションした宿泊施設ファムルに東京や広島からゲストをまねき、発酵体験をしてもらうという企画だった。そこで、大塚さんご夫妻にケータリングをしてもらったことが、彼らとの出会いだ。
イベントでは、ファムルの素敵な空間で食事を楽しんだ。


僕は、中華というと油っぽくて少し苦手なジャンルになるのだが、彼らの中華は北広島の新鮮な野菜と発酵調味料を上手く融合させ、口にすると、体の中に清涼感を感じるくらいスッキリしている。特に麻婆豆腐は絶品で、3杯もおかわりをしてしまった。
この素晴らしい料理との出会いに感動した僕は、自分の会社のスタッフにもぜひ味わってもらいたいと思い立ち、それから10日も経たないうちに自社へケータリングをしてもらった。スタッフからの評判は上々で、僕も鼻が高かった。
彼らの特徴は、自分の店舗を持たずに今回のようなケータリング形式でコース料理を振る舞うか、イベントへの出店というスタイルで料理を提供している点だ。また、自宅や出張で料理教室も行っている。
さっそく自社でもケータリングをお願いした。スタッフからは好評の声!


◆中山間地域、夜の食事事情
いま中山間地域の飲食店は、町外客を迎える夜の営業に大きな課題を抱えている。例えば、A級グルメ構想で一躍有名になった島根県邑南町のレストラン「AJIKURA」(『ガバナンス』24年11月号でもご紹介している)では、ランチの客数と比較して、夜営業の客足が伸び悩んでいる。料理とワインのマリアージュを楽しむディナーには全国からグルメ客が訪れるものの、帰りの交通の便の悪さがネックになっているのだ。
町内のタクシー事業者は高齢化が進み、夜9時以降の送迎は断られることが多い。また、宿泊施設にはお風呂がない部屋もあり、大浴場には夜10時までの入浴制限があるため、ゆっくり食事を楽しんで宿に戻っても、翌朝まで入浴ができない、なんてことがある。この状況は、都市部の特に女性にとっては致命的だろう。
そんなとき、一棟貸しの宿にケータリングに来てくれる彼らのような存在がいると、ゆっくりお酒を飲んで料理を味わい、好きな時間にお風呂に入れて、気兼ねなく安心して田舎の夜を楽しむことができる。田舎での夜の会食は、都会のみなさんが想像するより、はるかに難しいということを理解していただきたい。
彼らのビジネススタイルはもしかしたら、地方の旅のスタイルを大きく変える可能性があるのではないか。なにより彼らは、慣れない調理場を苦にすることもなく、どんな場所でもスムーズに料理を提供してくれる。よほど下準備がしっかりしているのだろうと感じた。また、料理のおいしさはもちろんのこと、大塚さんご夫妻が楽しそうに料理をつくっている姿を見て、僕も心が洗われるようだった。
ご主人の達哉さんは、地域の草刈りなども積極的に請け負っているそうだ。高齢化が進んでいる北広島のような過疎地域では、深刻な人材不足を抱えている。「草刈りは、みんなに喜んでもらえるから楽しい」という達哉さんの一言を聞いて、「料理も、喜んでくれる人がいるからこそ、こんなにおいしいメニューが創作できるのだろう」と妙に納得できた。
●mani-chant
イベント出店・出張料理はInstagramのDM、またはお電話にてお気軽にお問合せください。
TEL:090-5327-9867
Instagram:

著者プロフィール
寺本英仁(てらもと・えいじ)
㈱Local Governance代表取締役
1971年島根県生まれ。東京農業大学卒業後、石見町役場(現邑南町)に入庁。「A級グルメ」の仕掛け人として、ネットショップ、イタリアンレストラン、食の学校、耕すシェフの研修制度を手掛ける。NHK「プロフェショナル仕事の流儀」で紹介される。著書に『ビレッジプライド~「0円起業」の町をつくった公務員の物語』、藻谷浩介氏との対談本『東京脱出論』など。22年3月末で役場を退職し、㈱Local Governance 代表取締役に就任。海と食を旅する地方創生プロデューサーとして活動中。