「新・地方自治のミライ」 第65回 外国人材受入のミライ
地方自治
2024.11.20
本記事は、月刊『ガバナンス』2018年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
毎年6月になると、「経済財政運営と改革の基本方針2018」(以下、「骨太2018」、6月15日閣議決定)、「未来投資戦略2018」(同日閣議決定)、「女性活躍加速のための重点方針2018」(6月12日全ての女性が輝く社会づくり本部決定)など、年中行事のように政府から政策文書が発出される。
6月は、1月召集で会期が原則150日間(約5か月)の通常国会が終わるか終わらないかの時期である。しかし、国会衆参両院の多数派を政府与党が掌握しているので、国会審議は時間さえかければよい。政府与党にとって、通常国会での法案通過はいわば既定のことであって、年明けからは、その次の政策案の検討が進められる。その検討成果が示されるのが、6月である。
自治体としては、法制定を踏まえて、その施行日を想定して準備を進める。とはいえ、国が法制度の大枠を決めてからでは限界がある。本来は、自治体は、国の政策案の検討段階から情報収集に努めて、注視して、意見を伝える必要もある。受動態だけではなく、能動態も求められるだろう。今回は「骨太2018」を少し繙(ひもと)いてみよう。
「骨太2018」の骨子
副題を「少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現」とする「骨太2018」は、「現下の日本経済」(第1章)、「力強い経済成長の実現に向けた重点的な取組」(第2章)、「『経済・財政一体改革』の推進」(第3章)、「当面の経済財政運営と2019年度予算編成に向けた考え方」からなる。政策的には第2章の各論が影響をもたらすだろう。
各論は、「人づくり革命」、「生産性革命」、「働き方改革」、「新たな外国人材の受入」、その他諸々の「重点課題」、「地方創生」、「安全で安心な暮らし」からなる(注1)。例えば、人づくり革命とは、「人材への投資」と称する幼児教育・高等教育の低所得層世帯無償化と大学改革やリカレント教育や、「多様な人材の活躍(ろうえき)」と称する女性活躍・高齢者雇用・障害者雇用である。また、「働き方改革」とは、長時間労働の是正、同一労働同一(ひせいきなみ)賃金、高度プロフェッショナル(はたらかせほうだい)制度の創設、最低賃金の引上げ、などである。いずれも自治体や地域社会に影響がある(注2)。
注1 短縮して表記しているので、正確な表現は「骨太2018」の本文を参照されたい。
注2 ルビは全て筆者。
外国人材の受入
このなかで特に注目に値するのが、「新たな外国人材の受入れ」である。それに拠れば、(1)一定の専門性・技能を有する外国人材を受け入れる新たな在留資格の創設、(2)従来の外国人材受入のさらなる促進、(3)外国人の受入環境の整備、である。
日本は外国人移入民を基本的に拒絶しており、サミットでトランプ大統領から安倍首相が恫喝されたように、難民受入もほとんど行っていない。その排他的政策の延長線上で、専門的・技術的な外国人材のみを選別的に受け入れて、活用しようという発想に立っている。
もっとも、現実には小売業・製造業・農林漁業・建築業・介護福祉など、ありとあらゆる業種で人手不足は深刻化している。市場原理から言えば、低賃金(低労働条件)だから人手不足になるだけである。労働条件を改善したくない/できないから、人手不足になる。労働条件を改善するために生産性を向上させると(賃金=限界生産力説)、リストラを招くだけで総需要が抑制されて、景気が後退する。
要するに、これまでの諸々の労働経済政策の取組は、袋小路に入っているのである。そこで、低労働条件での人手確保を実現する安易な方策として外国人材に期待が向くのである。地域経済の現場でも、日本人は3K労働をしないなどということで、威信の低い低労働条件の職場では外国人材が戦力となっている。
外国人材を受け入れる新たな在留資格は、以下のイメージである。①生産性向上や国内人材確保の取組をしても人手不足の業種に受け入れる。②政府基本方針(閣議決定)と業種別方針(法務省等制度省庁と業所管省庁)を決定する。③技能水準・日本語能力水準を課す。④国外において有為な外国人材の送り出しを確保する。⑤的確な在留管理・雇用管理をする。⑥「移民政策とは異なる」ので通算5年上限・家族帯同不可であるが、より高い専門性を獲得すれば上限なし・家族帯同可とする抜け道を作る(注3)。
注3 古代ローマの奴隷は、家族を持つことは公式には認められないが、主人によっては事実婚という抜け道があったという。
無責任な「異民政策」
これまでの「専門的・技術的人材」または「技能実習生」「留学生」もしくは「日系人」という理屈で、外国人労働者をなし崩し的に受け入れているのが実態である。コンビニや居酒屋に行けば、外国人なしで日本経済は成り立たないことは実感できるし、消費者には直接に目にする機会の少ない生産現場でも同様である。確かに、無差別に門戸開放をした移民政策ではないかもしれないが、少なくとも、血統主義を頑なに墨守する国籍・戸籍に基づく国民とは別種の「異民」を導入していることに間違いはない。
「骨太方針2018」でも、わざわざ「移民政策とは異なるものとして」と注記している。しかし、単なる詭弁(ごはんろんぽう)であろう。能力主義の市場原理のもとで即戦力(=有能)として就労する以上、どんなに低労働条件であっても、経営者及びその意向を受けた業所管省庁から見て、何らかの「一定の専門性・技能」があるのに決まっている。従って、「異民政策」は正面からの移民政策ではない。しかし、実質的な移民政策である。
建前上、「異民」は移民ではない。移民は移住するから、移住先で住民として生活する。生活には、単なる衣食住の消費生活だけではなく、家族生活も伴い、医療・福祉・教育のような対人社会サービスを必要とする。つまり、主として自治体の行政対象となる。しかし、「異民」は就労先では生活(ビオス)をしない生息(ゾーエ)するだけの出稼ぎ労働者という取扱である。また、「異民」は国民ではなく「他人」であり、支え合いの対象ではない。それゆえに、国に言わせれば、「異民」は自治体の行政対象とならない、はずである。
国は「異民政策」に固執する建前によって、自治体現場で発生する行政需要を、正面から取り上げることなく、地域現場に放置する。すでに、「日系ブラジル人」や「技能実習生」・「留学生」など、無責任な「異民政策」がとられているが、新たな在留資格はさらにその問題を深刻化する。経済界・業界及び業所管省庁と、その意向を反映して在留資格を操作する法務省の政策によって、自治体・地域の実務現場は困難を背負い込む。しかも、自治体も、地域の経済界の要望を無碍にできず、結局、自縄自縛に陥っている。
おわりに
移民政策ではないと強弁する「基本方針2018」も、「我が国で、働き、生活する外国人について、多言語での生活相談の対応や日本語教育の充実をはじめとする生活環境の整備」(傍線部・筆者)に触れざるを得ない。法務省が指令塔役となって関係省庁や自治体と連携するという。とはいえ、「異民」として、日本国民と区別する選別主義に立つ以上、「外国人の人権を護」り「円滑に共生できるような社会」などと論じても、画餅で終わろう。ましてや、「基本方針2018」自体で、不法・偽装滞在者や難民認定制度の濫用・誤用者対策などの排除と取締推進を謳うようでは、人権保障や共生社会は無理だろう。
むしろ、「異民」(=出稼ぎ外国人低労働条件労働者)である以上、雇用を奪われるプア日本人の欲求不満と憎悪の捌け口となることは必至であろう。排外勢力からの支持を増したい為政者ならば、「異民」を増やすことで、排外憎悪と為政者への支持も増やせるので、マッチポンプ的に「好循環」する。しかし、実質的な移民である以上、行政サービスを展開せざるを得ず、同時に、地域現場での民族紛争を収拾しなければならない自治体には、極めて重い任務になる。安易な国の政策の帰結に、自治体は苦悶せざるを得ない。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。