政策トレンドをよむ 第11回 スタートアップ文化の醸成につながる支援策の強化を
地方自治
2024.03.05
目次
※2024年1月時点の内容です。
政策トレンドをよむ 第11回 スタートアップ文化の醸成につながる支援策の強化を
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部
北海道大学公共政策学研究センター研究員
森川 岳大
(『月刊 地方財務』2024年2月号)
硬直的になっている日本社会を活性化する。その担い手となるのがスタートアップだ。一昨年11月に策定された「スタートアップ育成5か年計画」では、スタートアップへの投資額を2027年度に10兆円規模(現在の約10倍)にするという目標が掲げられた。この目標を達成するためには、新たな起業家・スタートアップやその支援者が続々と生まれ、より多くのお金・人が循環し、自立的に発展していくスタートアップ・エコシステム(SES)を構築する必要がある。一方、地方に目を向けてみると、起業家やスタートアップの絶対数は少なく、自治体や地場の金融機関等の支援者からは、SESの構築に向けてどのような支援をすべきかわからないといった声が多数を占めるのが現状だ。
SESの構築に向けた実効性のある支援策を検討するためには、SESの構成要素や理論を正しく理解することが重要である。米国のシリコンバレーやボストン、中国の北京や深セン等の高成長スタートアップが次々と生まれる地域では、既にSESに関する先行研究が行われているため、本稿ではその一部を紹介したい。
SESの構成要素・理論については、未だ共通的なものは存在しないが、2017年にBen Spigelが提唱した概念が有名だ。Spigelは丹念な事例研究に基づき、SESの構成要素を文化的特性、社会的特性、物質的特性の3つに分類し、文化的特性を基盤として、社会的特性、物質的特性が築かれるという階層モデルで整理した。そして、下の階層が上の階層を支援する一方、上の階層は下の階層を強化するという相互関係の仮説を提示している。
このように、SESは様々なアクターの日常的な相互作用によって創り出される。特に起業活動やリスクテイク、イノベーションを支援するような文化的特性をSESの重要な構成要素として挙げる声は多く、サクセスストーリーの存在が起業家の意思決定や活動に大きな影響を与えるという。また、優秀な人材や、資金、人的ネットワーク、メンター・ロールモデル等の社会的特性も重要だ。実際に、スタートアップに投資されるリスクキャピタルのほとんどは、投資家の人的ネットワークを経由しているとの報告もあり、メンターやロールモデルが近くにいることで市場導入までの時間短縮につながるだろう。
近年のスタートアップ振興ブームにより、行政主導の支援サービスやインフラ整備に大きな予算が割かれ、国レベルでは物理的特性がある程度整備されつつある。その一方、日本の起業家活動指数や職業選択時のスタートアップに対する評価は未だ低く、SESが形成されているとは言い難い状況だ。
Spigelのモデルからわかるように、基礎となる文化や人的ネットワーク等を軽視した状態で物理的特性に投資をしても、使われないサービスやハコモノができるだけで、起業家・スタートアップが続々と生まれるようなSESは作れない。日本に根強く残っている安定志向・リスク回避志向の社会規範を変え、自立的に発展していくSESを構築するためには、文化的・社会的特性の醸成につながる支援策の強化が必要だ。
〔参考文献〕
・Spigel, B.(2017)「The relational organizationof entrepreneurial ecosystems. Entrepreneurship Theory and Practice」41(1).pp.49-72
・金間大介(2022)「スタートアップ・エコシステム研究の潮流と今後のリサーチ・アジェンダ:地域の特徴に基づいたエコシステムの構築に向けて」東京大学未来ビジョン研究センター
・芦澤美智子、渡邉万里子(2019)「Entrepreneurial Ecosystem(EE)研究の潮流と今後の方向性―東京EEを対象とした事例研究の可能性―」横浜市立大学論叢社会科学系列、Vol.71 No.3
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