「新・地方自治のミライ」 第54回 「科学的特性マップ」のミライ
地方自治
2024.05.20
本記事は、月刊『ガバナンス』2017年9月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
2014年5月に日本創成会議・人口減少問題検討分科会(座長・増田寛也氏)から、「消滅可能性自治体」が広く国民に対して示された。日本全国の1700余の市区町村は、個別のランキング表に示され、地図(と絶望)に落とされた。
こうしたショックが、ようやく忘れ去られつつある今日において、新たに「科学的特性マップ」(以下「マップ」)が、全国に向けて、経済産業省資源エネルギー庁および原子力発電環境整備機構(以下、NUMO)から公表された(注1)。
注1 資源エネルギー庁ホームページは、http://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/nuclear/rw/kagakutekitokuseimap/
2017年8月7日閲覧。
「マップ」の経緯と内容
原子力発電所の運転により、高レベル放射性廃棄物が発生するが、その最終処分方法については、地層処分が最適であるとされてきた。そこで、日本国内のどの地点に最終処分地を決定するかが問題となる。
15年5月、自治体からの立候補を求める従来の表見分権的な政策の見直し、新たな基本方針が決定された。そこでは、現世代の責任で地層処分を前提に取組を進めることや、国民や地域の理解と協力を得ていくため、地域の科学的特性を国から集権的に提示すること等の方針が決まった。これを受けて、地域の科学的特性を提示するための要件・基準が総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会地層処分技術ワーキンググループ(以下「技術WG」)で議論され、この検討結果が、17年4月にとりまとめられた(注2)。この検討結果に基づいて、経済産業省が「マップ」を作成し、17年7月に公表した。
注2 同『地層処分に関する地域の科学的な特性の提示に係る要件・基準の検討結果(地層処分技術WGとりまとめ)』2017年4月。
ある場所が地層処分に相応しいかを見極めるため、様々な科学的特性を総合的に検討する必要があるという。具体的には、「好ましくない範囲」には、①火山・火成活動②断層活動③隆起・浸食④地熱活動⑤火山性熱水・深部流体⑥軟弱な地盤⑦火砕流等の影響⑧鉱物資源があり、「好ましい範囲」には⑨輸送(海岸から近距離)がある(注3)。
注3 輸送が地球科学とどのように関係するかは、素人である筆者には判らない。
これに基づき、日本全国は4段階にトリアージュ(選別)される。すなわち、Ⓐオレンジ(地下深部の長期安定性等:①〜⑦に一つでも該当)、Ⓑシルバー(将来の掘削可能性:⑧に該当)、Ⓒグリーン(好ましい特性が確認される可能性が相対的に高い:①〜⑧に非該当)、Ⓓグリーン沿岸部(輸送面でも好ましい:①〜⑧に非該当かつ⑨に該当、以下、「濃いグリーン」)、の4種である。
「科学的有望地」
技術WGでは、「科学的により適性が高いと考えられる地域(科学的有望地)の具体的要件・基準について地球科学的観点からの適性及び社会科学的観点からの適性を考慮し、総合資源エネルギー調査会にて、専門家の更なる検討を進める」との国の方針(第2回最終処分関係閣僚会議(14年9月))に基づき、「科学的有望地」を探索してきた。
他方、社会科学的観点は、13年7月から総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会放射性廃棄物ワーキング・グループ(委員長・増田寛也氏)(以下「廃棄物WG」)が検討してきた。16年10月18日の廃棄物WGで、「地下深部の科学的特性等について全国マップの形で国民に分かりやすく情報を提供し、地層処分についての国民の関心や理解を深めていくという本来の趣旨が伝わるよう、マップ全体について表現を適切に見直す」とされた。そこで、技術WGでも、「科学的有望地」の用語ではなく、「科学的特性マップ」に置き換わった。
もちろん、これは国民や地域住民への「印象操作」の一種であろうから、「本来の趣旨」は何ら変わっていない。国として最終処分地の「科学的有望地」を名指しで図示する。国にとっては、Ⓓが最有望であり、Ⓒが次に有望であり、だから「青信号」のグリーンである(色も「印象操作」)。ⒶⒷは無望であり、例えば、永田町・霞が関・内幸町は、「油田・ガス田」があるため⑧該当で、Ⓑと図示されている。
処分地選定調査と選定の工程表
国・NUMOも明示するように、「マップ」は、処分場所を決定するものでもなければ、科学的特性を確定したものでもない。処分地選定には、NUMOが処分地選定調査を行い、科学的特性を詳しく調べていく必要がある。この処分地選定調査を、まずは、いずれかの地域(自治体)に受け入れさせることが、国・NUMOの業務である。そこで、マップ提示を契機に、地域のなかでしっかりと検討して頂くことが重要である、としている。
国民理解が深まり、処分地選定調査の受入地域が出てくれば、法定調査に入るという。具体的には、地域の理解を得た上で、NUMOが個別地点毎に、(1)文献調査(2)概要調査(3)精密調査の3段階で進める。安全性が確認されれば、最終処分場所(施設建設地)の選定がなされ、処分施設の建設、高レベル放射性廃棄物の搬入・埋設、施設の閉鎖、と進んでいくという。
地域・自治体の対応
「マップ」は、地域の未来を真剣に考えるときには、「ハザードマップ」のような印象を与える。オレンジ・シルバーとなって安堵している地域があるならば、グリーン(特に濃いグリーン)とされて、脅威を感じる地域もあろう。しかし、東海・南海トラフ大地震が襲う地域が濃いグリーンであるように、あくまで、既存データに基づく曖昧な「科学的特性」に過ぎないとして、敢えて楽観的に解釈する地域もあろう。逆に、危機こそ好機として、濃いグリーンを、迷惑施設受入に絡む資金等援助が国・NUMOから見込めるものと受け止める地域もあろう。逆に、オレンジやシルバーとなったことを悔しがる地域もあるかもしれない。
過疎・限界・消滅可能性に喘ぐ地域・自治体のシナリオは、処分地選定調査を受け入れ、国からの何らかの資金等支援を引き出すことである。建前では、調査はあくまで調査であって、受入を決定するものではない。また、文献調査から精密調査までは長期間が掛かるので、結論を引き延ばせる。調査期間を長く取って(注4)、その間に国から資金等を引き出し、最終的には安全性が確認できないという結論になれば、最終処分地も受け入れなくてよい。いわば、「食い逃げシナリオ」を模索するだろう。
注4 NUMOやそこから委託を受けて調査する専門家にとっても、調査需要を最大化するためには、調査期間が長引く方が有り難い。
もちろん、国は「食い逃げ」を許すつもりはない。そもそも、国が事前にマップを提示したのは、無望な地域・自治体を調査地に立候補させないためである。ⒶⒷ地域では安全性が確認できないという結論になるので、無駄な費用を回避したいから、トリアージュ(=「選択と集中」)をする。逆に言えば、処分地選定調査をⒸⒹの地域・自治体が受け入れたら、調査の段階から、「補助金漬け」の依存症に追い込み、逃げられなくさせる。法定手続に入ったら、脱出困難な「依存症シナリオ」になるのは、戦後日本の常識である。
自治体の為政者はこのようなメカニズムは百も承知であろう。あえて、地域住民に向けては、有り得ない「食い逃げシナリオ」を提示して、その場限りで地域住民の了解を取り付け、処分地選定調査を受け入れる。あとは、不可逆的に最終処分施設は建設されるが、迷惑施設を受け入れた以上、国から支援策が継続されるはずだ、という「騙された演技のシナリオ」である。これは、原子力発電所の立地調査受入と同じ作戦である。
おわりに
しかし、自治体為政者が考えるほど、国は甘くはない。最終処分施設を建設して、廃棄物を運搬・埋設してしまえば、あとは閉鎖するだけである。従って、国は地域・自治体に対してさらなる支援を継続する必要は全くない。「釣った魚に餌はやらない」のは、国の為政者の常識である。こうして、迷惑施設を受け入れても何の補償もないのが、次世代に引き渡される。これが(調査)受入自治体のミライを待つ、本当に「騙されたシナリオ」なのであろう。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。