地域の助け合いが自分と家族の命を守る第一歩!~「地区防災計画」の作り方~
地域の助け合いが自分と家族の命を守る第一歩!~「地区防災計画」の作り方~ 第11回 民間企業主体の地区防災計画作成の事例
地方自治
2024.02.13
目次
東日本大震災・原子力災害 伝承館 常任研究員・株式会社 いのちとぶんか社 取締役
葛西 優香
1.民間企業も地区防災計画作成の主体になれる!
「誰かがやってくれる」ではなく、多様な主体が地域の防災を考え、自ら計画作りの取組みを始めることが地区防災計画の作成において重要であることはこれまでの記事でも述べてきた。住民、行政など多様な主体がいる中で、民間企業が主体となって取組みを行っている事例もある。
今回の記事では、現在、筆者が代表を務める(株)いのちとぶんか社が一緒に取組みを進めている(株)コスモスイニシアとの事例を示したいと思う。
2.「マンション住民も避難所に行くと思っていた・・・」
(株)コスモスイニシアは、分譲マンションを建て、購入者に引渡し、多くの方々に幸せな暮らしを提供している不動産会社である。5年以上前の話であるが、社内研修でマンション防災に関して研修講師の依頼をいただき、(株)コスモスイニシアのオフィスを訪れた。段ボールで組み立てる簡易トイレを自ら組み立てたり、アルファー化米をお湯ではなく水でもどし、試食をしたりと実践的な研修の時間を社員の方々と一緒に過ごした。その中で、「マンション住民は基本的に在宅避難であり、建物に被害がなければ、自宅に留まって、避難生活を送る」という話をした。この話に衝撃を受けた女性社員が今もこの取組みを推進している田脇みさきさんである。
「え、そうなの?マンション住民も避難所に行くと思っていた。しかも避難所に届いた物資はいつ届いたかもわからないし、マンション住民の方のところには行き届かない可能性があるんだ・・・」
衝撃を覚えたと田脇さんは話す。「そもそも自分も全然備蓄していない」と思い、研修があった週の休日に備蓄品を買いに行ったという。
3.住民に豊かな暮らしを届ける会社としてできることは?
(株)コスモスイニシアは、マンションを購入してからも、暮らしは続き、新しい住まいでの生活においても住民の方に豊かな暮らしを届けたいという理念のもと事業を推進している。そこで、田脇さんは考えた。
「私たちのお客様は、私が聞いたことを知っているのだろうか」
「何か会社としてできないだろうか」
そこから田脇さんは通常業務に加えて、防災事業を社内で展開するために奮闘する。購入後、入居前の懇親も兼ねて、防災セミナーを実施し、入居後は、各マンションのマニュアル作成会議を継続的に行い、独自のマニュアルを作る事業を立ち上げたのである。
4.周辺地域住民も巻き込んだ取組みに
そして、この事業における田脇さんのこだわりは、周辺地域との連携だ。マンションの建設中は工事の騒音が生活に影響することもある。「マンションが建ったから・・・」と不満が広がることはマンションを建設するうえで本望ではない。「マンションが建ってよかった」「住民の方とも交流が増えて生活が豊かになった」。そんなマンションを建てたいと考えている田脇さんは、マニュアル作成を行う過程で、地域の方々も交えた会を設定する。マニュアル作成会議の進行を行う筆者((株)いのちとぶんか社)と連携し、周辺地域住民の方に町の魅力を話してもらい、さらには、防災の活動で力を入れていることについて共有していただく。
そこに参加する周辺地域住民からは、「マンションが建ったら、たくさんの人が住み始めるけどなかなか交流できない。接点を持つきっかけがないから非常にありがたい」との声が聞こえた。一度でも接点を持ち、挨拶をすることで災害時の助け合いにつながると田脇さんも筆者自身も考えている。
地域ですでに行っている防災活動に関する共有の場
5. 住民同士の対話の重要性~言いたいことを言い合う大切さ~
この取組みに継続的に参加する住民の様子は、「前のめり」だ。「防災を今まで漠然と考えていた。でも具体的に考えることで、自分自身が何をすればいいのか、さらに、マンション全体として何をすればいいのかがよくわかった」と参加後に住民は語る。マニュアル作成会議の過程で大切にしていることは、住民同士の対話の時間である。これまで作成で携わったマンションで一つとして全く同じマニュアルは出来上がらない。そのマンションに住む住民が話し合い意見を出して、その意見が反映されてマニュアルは完成する。自分たちで決めたマニュアルが完成するのである。
最初は様子を伺いながら話す住民に対して、「マンションは多様な価値観を持つ人が住む。それぞれを認め合って、共有財産を長く維持していく。長く過ごすのに我慢ばかりでは過ごしづらい。一方で言いたいことを言い合って和が保たれなければ、毎日の暮らしが息苦しくなる。そうならないように、今、出し合ってください」と伝えるようにしている。
そうなると、気遣いながら、住民同士はぽつりぽつりと言葉を発し始める。その時間が経過すると、「よかった。同じように考えていた人がいたんだな、って」と自分だけが想っているのかもしれないという不安も消え、それぞれが考えを伝え合う。その過程を経て、できるだけ多くの住民が納得する合致点を探しながらマニュアルが完成していく。
住民の方々が議論しながら進めるマニュアル作成会議の様子
6.継続的に取り組むための仕組み化に向けて
民間企業が主体となって、マニュアル作成会議を開催することで、住民が実は漠然と不安に思っていたというニーズが見えてきて、マニュアルという形となって災害への対策が取られていく。さらに次の課題としては、企業としていかに組織的に事業を進めるか、マニュアルが完成してから、最初は協力者がいるが住民だけになってからいかに更新作業を進めるのかということが重要である。分譲マンションでは必ず継続的に決まる管理組合の理事との連携でマニュアル更新を仕組化する、または、別途防災委員を設けるなど多様な方法を提示し、住民が選択していく。さらに、企業内において、担当である田脇さんの異動によりこの取組みへの熱意が消えるということでは、事業の意味がない。誰もが継続的に企業の仕組みの中で事業を遂行できるように田脇さんは現在、体制を整えている。
災害はいつ起こるかわからない。マニュアルを作成している時だけの「防災に対する熱意」ではなく、継続的に暮らしの中に防災意識を醸成できるよう取り組みを推進していく。そして、民間企業としての仕組化の方法を模索し続ける。この過程が一歩一歩「防災力」を高める行為につながっている。
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