【特別企画】SIB(ソーシャルインパクトボンド)が変える自治体の介護予防事業──豊田市「ずっと元気!プロジェクト」の挑戦
地方自治
2023.03.31
(『月刊ガバナンス』2023年4月号)
(一財)自治体国際化協会が「日本の先進自治体の優良施策」(2021年) として英・中国語版で海外発信した施策のひとつに、愛知県豊田市の「ソーシャルインパクトボンドを活用した介護予防事業」がある。課題先進国とされる日本の自治体で、どんな優れた試みがあるのかを広く紹介したものだが、これまで国内でもあまり知られてこなかったこのSIBとはいったいどのような取組みなのか。豊田市で関係者に取材した。
高まる介護リスクを予防する新機軸の施策を求めて
我が国で介護保険制度が始まったのは2000年4月。厚労省によれば、スタート時に184万人だった介護サービスの利用者数は2018年に500万人を超え、2040年には746万人に達すると推定されている。急激な高齢化がもたらすこうした事情から、人々の暮らしに身近なサービスを提供する地方自治体にとっても、介護問題はいま行政運営上の差し迫った課題として再浮上している。
人口約41万7000人の愛知県豊田市は富裕団体として知られるものの、取り巻く背景は同様だ。2025年には、後期高齢者の人口が2010年比で2倍以上に増加すると見込まれ、医療・介護サービスの供給不足や介護給付費の増嵩が危惧されているからだ。従前は保健師が担当地区ごとに「元気アップ教室」を開催して高齢者の介護予防に努めていたが、人的リソースにも限界があり、打開策を模索しているなかにあった。
そんなころ、豊田市にもたらされたのがソーシャルインパクトボンド(SIB)という考え方だった。「社会課題を解決するSIBという官民連携の手法を一緒に研究しませんか」と提案してきたのは、事業創造や社会イノベーション分野で実績のある東京の㈱ドリームインキュベータ(DI)。「まだ、馴染みのない考え方でしたが、太田稔彦市長が関心を深め、全国共通の課題をこのアプローチで解決できるか検討してほしい、と直接指示が出たのです」と説明するのは、SIB導入で主管課を担った豊田市企画政策部未来都市推進課副主幹の丹羽広和さん。「行き詰まりの現状を打破するにはチャレンジが必要だ、とハッパをかけられました」と当時を振り返る。
トップダウンを機に、速やかに同社と「ソーシャルインパクトボンドの研究に関する覚書」を締結したが、それとほぼ同時期に見舞われたのがコロナ禍だった。高齢者の外出機会が急激に減少し、心身機能が低下する「フレイル」の増加が懸念され始めたことや、保健師がコロナ対応に追われて「元気アップ教室」に手が回らなくなったことも取組みを加速させた。豊田市はDIと協議や試行錯誤を重ねながらも、急ピッチで事業への具体化を模索し始める。そして、〝市民が「幸福寿命」を全うできるまち〞を目指す太田市政の理念を実現すべく、介護予防事業を事業化の第1弾とすることを決めた。2021年の「第8次総合計画」では「超高齢社会への適応」を重点施策の一丁目一番地に位置づけ、対策として介護予防に向けた「生涯活躍の推進」を明記。これを受けて2021年7月にスタートしたのが海外にも情報発信された新たな介護予防事業「ずっと元気!プロジェクト」だった。
成果連動型の官民連携手法SIBの強み
ところで、SIBとはどういうものなのか。SIBは、行政が民間活力を社会的課題の解決に活用するために事業資金を民間から調達するとともに、企業やNPO等が提供するさまざまなプログラムに対しては、成果に応じた報酬を後から支払うしくみである。支払い報酬の基準は契約時に指標を設定し、その達成度を第三者評価機関が評価・検証する。サービス提供事業者を選定したり、市との間をコーディネートする役割は中間支援組織が担う(図参照)。SIBを構成するこれら総体の姿は、いわば新しいタイプの官民連携による成果連動型事業だといえよう。
豊田市はこの新たな介護予防事業のスタートにあたって、高齢化が進むコロナ禍であっても趣味や運動、就労など、人とのさまざまなつながりを得られる社会参加機会や社会活動量を増やすことを目的として設定。民間の創意工夫による取組みを65歳以上の高齢者を対象に提供することとした。もちろん、行政としてのねらいには、健康寿命の延伸や介護給付費の削減もあり、数値目標として事業期間を通じた2万5000人の参加者や介護保険給付費の10億円削減の達成を掲げた。事業期間は2021年度からの5年間とし、事業費原資には企業版ふるさと納税の仕組みを活用して調達した5億円を充ててスタート。現在、サービス提供事業者は43団体に上り、スポーツ・健康、趣味、エンタメ、コミュニケーションその他のジャンルで50以上のプログラムが組まれている。
この新機軸の事業構想を市議会にも丁寧に説明し、しくみの理解が進むと会派を越えて賛同。委員会として事業団体と意見交換会を行ったり、議員自らプログラムに参加するなど良好な関係が構築できている。
こうして豊田市の高齢市民は、従来のように与えられたメニューへの参加を検討するのではなく、自らの選択によって多彩な社会参加を楽しむ機会を手に入れることになった。
事業者間連携で地域活性化の兆しも
スタートから約1年7か月経過した「ずっと元気!プロジェクト」は、早くも高齢者に浸透しつつある。「コロナで今までやっていた地元の会がなくなっていたが、出かけるきっかけができた」。「やったことがなかったドローンを飛ばした」など、高齢市民からも好反応が返ってきている。参加者数はコロナ禍のために当初こそ伸び悩んだが、広報や口コミが奏功して次第に増加。プログラムに参加した高齢者は、月間1000人を大きく超える水準にまで達している。「活動量の増加や活動の幅の広がりなどを見ても、機会提供が充分できてきていると思います」と丹羽さんは手応えを話す。
また、事業者の動きについても丹羽さんは「サービス事業者全体で行う事業者ミーティングでは活発な情報交流が生まれ、これを機に子ども向けサービスを高齢者にも始めた方もいらっしゃいますし、市内事業者間で「一緒にやりましょう」と協働の取組みを実現させたり、全国展開する大手企業と地元の事業者が連携するという、これまでになかったつながりも生まれています」と予想以上の展開を喜ぶ。こうした広がりは都市部に留まらず、過疎地域の中核病院では、既存の地域活動がマンネリ化しているのに対し、「プロジェクトを通じて、活動の再活性化をしていただいていることは数字に表せない効果」だと力を込めた。民間の活性化が地域の活性化へと深化する兆しを感じ取っているようだ。
SIBの未来に描く将来像とは
「ずっと元気!プロジェクト」には次第に注目度が増し、TVや新聞の報道、専門誌の記事、内閣府や財務省等の国の機関による事例紹介が相次いだことで、豊田市に学ぼうと全国の自治体や地方議会から視察が増加し、存在感はさらに高まっている。
では、プロジェクト効果による「高齢者の元気+事業者の元気=豊田市の元気」を掲げて介護予防事業を成功裏に導きたい豊田市のSIB戦略は、これからどのような成長曲線を描いていくことになるのだろうか。
実は、2020年に豊田市がDIと交わしたSIB導入に関する調査・研究覚書には、介護予防などの医療・健康分野にとどまらず、インフラ維持・修繕、防災、リサイクル等、社会が抱える諸問題への挑戦の意思が明記され、ゆくゆくは両者のすべての知見を活用し、SDGsを含む社会課題の解決にSIBを活用する方向が打ち出されている。壮大な社会実験に官民連携で乗り出していくことを、すでに宣言しているのである。
自治体における今後のSIB活用のイメージについて丹羽さんは、「豊田市はすでにインフラ設備等への適用についても研究をしていますが、一般論で言えば、大きな社会課題でありながら、その規模感が大きすぎるような、お手上げ感の強い分野で力を発揮できる可能性があると思います。そこに民間のリソースや外部資金を使う官民連携のプラットフォームができないかをまず描いてみるといいかもしれません」と話す。コロナ禍のピンチをチャンスに変えて、時代のパラダイムシフトに挑む豊田市の今後が楽しみだ。
事業拡大チャンス等を求めて参画する事業者たち
「ずっと元気!プロジェクト」の運営を担当し、参画する小規模事業者を束ねて支援しているのが、職業能力の開発等を行う「働く人の笑顔創り研究所」だ。
――参加事業者や支援内容等をお教えください。
安本 プロジェクトには大手企業のほか小規模事業者も多くおられるので、豊田市から依頼されて現在は21社をとりまとめてサービス内容や事務・経営面の実務支援にあたっています。
坂元 参加する事業者は、成果報酬だけが目的ではなく、自分の仕事を知ってほしい、事業者同士のつながりをつくりたい、役所の仕事に係わることで信用を得たいという動機が大きいですね。成果報酬型という制度設計が意欲を高めていることも確かです。
安本 すでに市内で各企業の認知度が上がっていますが、本プロジェクトへの取り組みが将来の自律的発展に繋がることを期待しています。