自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[80]個別避難計画の進捗状況と課題(2)

地方自治

2023.07.19

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2022年11月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 前号に続いて、2022年6月に公表された内閣府と消防庁による個別避難計画の調査報告書から、その主な進捗状況と課題を紹介したい。

優先度の考え方と対象者の把握

図1 個別避難計画作成の優先度の考え方と優先度が高い対象者の把握状況

出典: 内閣府・総務省消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」、2022年6月28日

 内閣府は、個別避難計画に関して、市町村が優先度を定め、優先度の高いものについて5年以内の作成を求めている。優先度とは①ハザードの状況、②避難行動要支援者(以下、要支援者という)の心身の状況等、③要支援者の社会的孤立の状況、の3つのポイントを踏まえて総合的に判断することになっている。優先度の高いものの考え方および対象者の把握状況は次のとおりである。

 調査結果で、検討済みが22.6%にとどまっていることに驚いている。もし、法で作成が義務付けられている要支援者名簿を作る段階で、しっかりと優先順位を検討していれば、そのまま使えるはずだ。ということは、名簿で十分に優先順位を絞り込めていないが故に、個別避難計画の対象者が膨れ上がっていると思われる。

 たとえば、ハザードマップで浸水深が3ⅿ以上、または土砂災害特別警戒区域なら、高齢者等避難が発令された段階で必ず屋外の安全な場所への避難が求められる。つまりハザードマップが作成されていれば、家にとどまるか、安全な避難場所に移動するかが決まる。これが、第1段階である。

 次に、要支援者の生活実態を把握する必要がある。平日も家族がいて大きな車があって、避難しやすい環境にあれば、たとえ要介護度が高くても家族支援による避難が期待できるので優先度は下がる。

 一方、要介護度が低くても、独居で周囲の家が離れていれば優先度は高くなる。すなわち、重要なのは要介護度よりも要支援者の孤立状況、支援不足状況である。このあたりは、市町村が介護保険や住民基本台帳などで明確に線引きするのが難しい。地域住民、民生委員、福祉専門職等が相談して、一人で避難が可能な人かどうかを判断するのが望ましい。そして、これこそ地域社会で孤立している要支援者を発見し、災害時だけでなく日常からも的確な支援につなげる機会になる。したがって、防災部局だけで優先度を決めることはできず、福祉部局、保健医療部局との連携が不可欠になる。これが第2段階になる。

 さらに、優先度の検討が終わり、要支援者を絞り込んだ後に、要支援者の要支援度の変化、施設等への入所や施設からの退所等による転居などによる更新作業が必要である。あるいは、ハザードを土砂災害特別警戒区域から土砂災害警戒区域に広げ、個別避難計画の対象となる要支援者を増加させることがあるかもしれない。優先順位は、地域特性を踏まえ、また要支援者の状況を踏まえて、弾力的に変更し、徐々に多くの要支援者に拡充することが望まれる。

個別避難計画の訓練

図2 個別避難計画を活用した訓練

出典: 内閣府・総務省消防庁「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果」、2022年6月28日

 東北大学の中谷直樹は、宮城県七ヶ浜町でのアンケート調査から、東日本大震災以前に地震・津波防災訓練への参加経験が「ある者」では「ない者」に比べて、避難したオッズ比が1.99倍高く、津波浸水域内にいた場合はさらにオッズ比が3.46倍高いことを示した。一方で、地震避難訓練、地震や津波に関する防災の講義への参加、地震・津波に関する話を聞いた経験は避難行動に統計学的に有意な影響を与えていない。(「津波避難訓練が避難行動に与える効果」埼玉県立大学地域産学連携センター2019年度WEB講座)。

 これは、津波避難という目的を明確にした訓練は、高い効果があり、特に津波浸水域内というリスクが高い場合には、さらに高い効果を上げたことを示している。一方で、防災の話を聞いただけでは避難行動の効果が上がっていない。

 この結果を見ると、個別避難計画作成後に避難訓練を行うことが極めて重要だと想定される。では、個別避難計画作成者に対する訓練の状況はどうだろうか。

 訓練を一部でも実施した市町村は179団体、全体の15.3%にとどまる。これは個別避難計画を1つ以上作成した市町村が母数であるが、全市町村を対象とすれば10.3%になる。コロナ禍により訓練自体が低調であったかもしれないが、この状況では、本番での実効性が危うい。

個人情報の取扱い

 避難行動要支援者名簿については、要支援者の同意を得て、災害前から支援者に個人情報を提供し、平常時の見守り活動や個別避難計画作成、訓練を行うのが望ましい。本調査では、全く個人情報の提供を行っていないのが181団体ある。現状、多くの市町村は本人の積極的同意(個人情報の提供に同意する者のみを対象とする。いわゆる「手上げ方式」)を得た要支援者についてのみ支援者等に情報を提供している。

 しかし、同意をしない者の中には、要支援者や家族の判断力が弱くて同意の意味が良く分からない者もいるし、明確に情報提供を拒否する者もいる。前者は、判断力に乏しいと想定されるので同意者以上に支援が必要とも考えられる。

 このような考え方に立てば、消極的同意(個人情報の提供を明確には拒否しない者も対象とする。いわゆる「手さげ方式」、あるいは「逆手上げ方式」)の者を対象とすることにも合理性がある。

 令和3年5月に成立した「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」では、一般的な個人情報の外部提供は個人情報保護条例ではなく、改正個人情報保護法で利用目的以外の利用が制限されることになる。しかし、避難行動要支援者名簿の個人情報保護についての取扱いは特別法である災害対策基本法が優先されるため、本人同意を得た上で、平常時から名簿情報を外部に提供することが可能である。さらに条例で定めがある場合は、本人の同意を得ずに支援者等に情報を提供することが可能である。たとえば、宮城県七ヶ浜町では次のように定めている。

・ 七ケ浜町避難行動要支援者の名簿情報の提供に関する条例(抄)(名簿情報の提供)

第4条 町長は、災害の発生に備え、避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者に対し、避難行動要支援者の同意を得ることなく当該避難行動要支援者に係る名簿情報を提供することができるものとする。

2 前項の規定にかかわらず、町長は、避難行動要支援者が、規則で定める方法により、当該避難行動要支援者に係る名簿情報の提供の拒否を申し出たときは、当該名簿情報の提供をすることができない。

 今後、確実に課題になるのが本人同意を得ない要支援者の名簿情報提供および個別避難計画作成である。七ヶ浜町のように、手さげ方式(逆手上げ方式)を条例化することで、判断力に乏しいと思われる要支援者を守ることが必要になると考える。

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

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鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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