時事問題の税法学

林仲宣

時事問題の税法学 第34回 新聞報道異聞

地方自治

2019.08.26

時事問題の税法学 第34回

新聞報道異聞
『税』2018年8月号

決算書の内容

 サッカーワールドカップの対セネガル戦を控えた日曜日の午後、成人式の晴れ着トラブル騒動を起こした業者の元社長が米国から帰国し、警察から任意の事情聴取を受けているというニュースがテレビから流れた。銀行に虚偽の決算書を提出した詐欺容疑とアナウンサーは読み上げた。

 金融機関と融資交渉の経験がある者なら、決算書という表現が気になったはずだ。通常、決算書といえば、事業年度の財務状態を表した貸借対照表と損益計算書を指す。前者は資産負債資本を後者は利益又は損失を表示した集計表である。この決算書を基に法人税の税額計算を行うが、その過程は「別表」という書式で表記される。最終的に、決算書、「別表」、そして税務上、重要とされる勘定科目の付属明細書を加えて、法人税の確定申告書が完成する。つまり、決算書、別表、附属明細書は相互に数字が連動しているから、一部の書類だけを改竄すれば、整合性が失われ、齟齬が出る。

 実をいえば、そう40年程前までは、金融機関には決算書だけを出せばよかった。そのため申告用と銀行用のふたつの異なる決算書を用意していた強者の中小企業の経営者は確かにいた。しかし、当然、金融機関もそんなからくりはすぐ分かるので、確定申告書のコピー一式を要求するようになった。

 翌日、セネガル戦と大阪北部地震から1週間という記事の間に、元社長が逮捕されたと各紙に掲載された。

 産経新聞の、「元社長『税理士がミス』粉飾隠し融資銀に虚偽説明」、という見出しに、税理士として驚く。記事によれば、この会社では、売上げを架空計上した決算書を銀行に提出していたが、平成28年9月期決算で前期の架空売上げの修正を余儀なくされたことから、突如発生した巨額の赤字について、銀行には、「今まで税理士が仕訳ミスをしていた部分を整理したら、この決算書になった」と説明したという。

会計監査法人とは

 どうして修正を余儀なくされたのか、税務調査で適正申告を慫慂されたかと思ったら、読売新聞は、「会計監査法人に前期の架空売り上げ計上を指摘されて大幅な損失を計上する修正も実施」と報じている。監査法人でも税理士法人でもない会計監査法人とは耳慣れない。

 元社長が、銀行に説明したという仕訳ミスをした税理士は誰と、思いながら、日経新聞を広げたら、「会計事務所を毎年変更粉飾発覚を回避か」という見出しが目に飛び込んできた。日経新聞によれば、平成27年9月期決算期以降、「書類作成などをする会計事務所を毎年変更していた」とされ、これは、元社長が、「粉飾決算の発覚回避のために会計事務所を変えていた」という。平成28年以降は「税理士による税務申告もしていなかった」という。

 これらを整理してみると、平成27年9月期決算で過年度の粉飾決算を修正し赤字となった。その理由を元社長は、税理士がミスをしたと銀行に説明した。この決算で架空売上を指摘した会計監査法人、たぶん税理士だと思われるが、税理士は、平成26年9月期までの決算で粉飾されていたことに気づかず、平成27年9月期に指摘したのだろうか。それを税理士のミスと、元社長は銀行に言い訳をしたのか。

 また平成27年9月期以降、会計事務所を毎年変更したが、平成28年以降は、税理士による税務申告をしていない。この変更とは判然としないが、平成28年9月期及び平成29年9月期は無申告である。税務署は、平成27年9月期申告書を作成した税理士に確認しただろうが、税理士は解任されたと回答したのだろうか。

 平成29年9月期の申告期限は同年11末日で月あり、トラブルが生じたのは翌年1月である。当然、銀行は平成28年9月期及び平成29年9月期の決算状況の報告を要求したはずであり、これには税務申告も必要となるが、そこに銀行の怠慢も見え隠れする。元社長は銀行や税務当局を手玉にとって強者であるが、一生に一度の盛儀を台無しにされた新成人には誠に気の毒な事件の不可思議な話の一端である。

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