時事問題の税法学
時事問題の税法学 第31回 家事関連費
地方自治
2019.08.22
時事問題の税法学 第31回
家事関連費
(『税』2018年5月号)
必要経費と家事費
事業所得の計算上、最も厄介なのは家事関連費の問題である。個人事業主の財布から支出される費用は、通常、必要経費と家事費(生活費)、そしてこのふたつの費用が混在する家事関連費に区別される。
家事関連費であっても、「業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる部分」と「業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる部分」は、必要経費として認められる(所令96)。納税者の責任が重い申告納税制度の下では、この必要部分を立証するのは納税者となる。
この家事関連費が争点となった国税不服審判所平成29年5月8日裁決は興味深い。プロスポーツ選手である納税者が行った申告に、事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができないものが含まれているなどとされた更正処分等の取消しを求めた事案である。
納税者は、ハワイを目的地とする家族を伴った旅行の旅費交通費は、プロスポーツ選手として活躍するためのトレーニングを目的とするためであり、また健康管理費であるとする飲食料品等の購入費用ないし飲食費用は、厳しいトレーニングを行うため一般成人の2倍以上の栄養摂取を必要とする特殊な職業であり、食事と密接不可分の関係にあることから、いずれも家事費でも家事関連費でもなく、必要経費として認められるべきであると主張した。また、消耗品費であるとする衣類、鞄、腕時計等の服飾品の購入費用は、公式戦等に出場する際の移動時等に使用するためのものであり、接待交際費であるとする婦人用服飾品などの購入費用は、その内訳の詳細について個別の記憶はないが、事業関係者に贈る土産品や会食であり、いずれも必要経費として認められる費用であると主張した。
個人的生活費は必要経費にあらず
審判所は、旅費交通費、健康管理費及び消耗品費とする費用は、いずれも納税者及び家族の衣食住費等に関する費用であり、家事費としての性質を有していることは明らかであるが、仮に、プロスポーツ選手という職業に鑑み業務の遂行上直接必要な支出である旨の納税者の主張を前提としても、これらの費用は、必要経費としての性質と家事費としての性質を併有する家事関連費に該当するところ、納税者が、これらの費用につき、取引の記録等に基づいて業務の遂行上直接必要な部分を明らかに区分していた事実を確認することはできないし、他に業務の遂行上直接必要であったことを明らかに区分することができると認めるに足りる客観的な証拠もないから、旅費交通費、健康管理費、消耗品費の額は、家事関連費であっても所得税法施行令第96条規定する経費ではない、と判断した。また、接待交際費については、納税者は、接待交際をしたという相手方、理由及び目的などを具体的に明らかにしていないことから、これらの支出と納税者の業務との関連性は不明である、と示した。
平成29年分の所得税確定申告が終了し、桜の開花という話題が出始めたころ、プロ野球・中日ドラゴンズの元選手で、現在2軍コーチである人物の平成25年分までの3年間に、所得税等の約4000万円の申告漏れと報じられた話題の顚末である。報道によれば、コーチは、家族との外食費、紳士服や女性用アクセサリーの購入費、自主練習で家族と行ったハワイへの旅費を必要経費として計上したが、国税局はこれらを個人的な生活費と判断した、という。コーチは「体づくりのため栄養を摂取する必要があった。衣服なども公の場にふさわしいものが必要」などと主張したとされる。
申告漏れ報道では、「関係者」と称する情報源により、課税側の論理が先行し、実情が曖昧なことが多い。審査請求や訴訟を提起すれば、納税者の言い分も明らかになるが、結局、このコーチは恥をさらしてしまった。審査請求に至るまでの周囲のサポートが気になるが、野球ファンならずとも同情を禁じ得ない話である。