東日本大震災の教訓を繫ぐ「知識の備え」/岡本 正 〔銀座パートナーズ法律事務所 弁護士・博士(法学)〕
地方自治
2021.03.01
巻頭言 税制鳥瞰図
東日本大震災の教訓を繋ぐ「知識の備え」 岡本 正
(月刊 税 2021年3月号)
東日本大震災の教訓を繫ぐ「知識の備え」
災害により被災するとはどういうことだろうか。被災とは人的物的な被害だけを指すのではない。どんな場所にも日常生活を営んでいた「人間」がいた。仕事ができなくなる。収入の途が閉ざされる。住宅ローンが支払えない。契約が守れない。平穏だった自分の、家族の、従業員の、仲間たちの、日常生活が破壊されることもまた「被災」なのだ。
――津波で自宅が流された。職場も津波で全壊し、家族は行方不明のままだ。収入はなくなり、すべてを失った。この先どうなってしまうのか。わからない。恐ろしい。
――一命をとりとめたが、家が全壊した。住宅ローンも何千万円と残っているが、僅かな預金しかない。破産すると家業を廃業しなければならないので、それだけは避けたい。しかし請求はやってくる。支払えない。どうしたらよいのか。
災害直後から弁護士らが実施してきた被災者無料相談活動からは、絶望的ともいえる声が聴こえてきた。避難所等で長い時間をかけて傾聴し、お互い涙ながらになってやっと知ることができた真実の声である。災害直後から、生き延びるため、守るべき者のため、生活や住まいの再建を切望していた。どのような経済支援や援助施策があるのか、「お金とくらしの話」こそが被災者が求めていたニーズだったのである。
この時、被災者が頼りにするのは何であろうか。それは自分たちが住む自治体から広報される支援情報である。被災者が最初に助けを求めるのは、弁護士でも、税理士でも、メディアでも、政治家でも、親戚でもなく、「役所の窓口」なのである。自治体は、災害直後にこそ、被災後の生活再建に役立つ情報を余すことなく正確に発信しなければならない。その多くは災害時に発動される「法律」が根拠になっている。自治体は被災者支援の各種制度をあらかじめ熟知し、確実に被災者へ周知することが求められる。ウェブサイトや掲示板への情報掲載やパンフレット配布だけでは、「申請漏れ」を引き起こす。被災者一人ひとりの境遇や被災状況に向き合い、オーダーメイドの支援情報を提供していく地道な寄り添い支援活動・見守り支援活動が不可欠になる。このような支援手法を「災害ケースマネジメント」と呼ぶ。災害ケースマネジメントの基本理念を掲げて被災者支援を実践してこそ、行政機関は自らが担当する制度を、生きたものとして市民に届け利用してもらうことができるのである。
では、どのような情報を最低限の事前の「知識の備え」として、自治体職員や市民の防災教育の段階から学んでおくべきか。災害にあっても絶望の中から希望の光を見つけてほしいと願い、試行錯誤の上で「防災バッグに備蓄する本」として、『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』を生み出した。「はじめの一歩」「貴重品がなくなった」「支払いができない」「お金の支援」「トラブルの解決」「生活を取り戻す」「被災地の声を見る」という生活再建への歩みを意識した知恵を30話で紹介する防災ハンドブックである。
知識が被災者を助ける。情報は必要な者に伝わっていなければ無いのと同じであると心得たい。さまざまな支援の起点となる「罹災証明書」を被災世帯が漏れなく申請できているだろうか。家を失った被災者に支払われる「被災者生活再建支援金」を正確に説明できているだろうか。遺族や行方不明者の家族へ「災害弔慰金」が支払われることを忘れていないだろうか。ローンの支払いができないことに絶望するのではなく「自然災害債務整理ガイドライン」の利用を検討できているだろうか。
東日本大震災10年の教訓を「知識の備え」として次世代に伝えることも我々の役目と心得たい。
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