特集 始めてみようテレワーク 特別解説 国も進めるハンコレスの取り組み

NEW時事ニュース

2021.03.01

 この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊J-LIS」令和2年11月号に掲載された記事を使用しております。
 なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

特集 始めてみようテレワーク 
特別解説 国も進めるハンコレスの取り組み
──利用頻度の高いものからの改革

月刊「J-LIS」2020年11月号

内閣府規制改革推進室参事官 吉岡 正嗣

1 背景

 規制改革推進会議は、コロナ禍の前からデジタル化の重要性を認識し、デジタル化を妨げる規制の改革に取り組んできました。コロナ禍の中、接触・三密を回避するため在宅ワークや非対面の必要性が強く認識されるようになり、4月末以降、特に書面・押印・対面原則の見直しを強力に推進してきました。

 4月28日の規制改革推進会議では、押印慣行のために出社しなければならないのはおかしいという声があることが議論されました。コロナ禍の中、物理的な押印を要する書面のやり取りは、一刻も早く見直さなければなりません。四経済団体から緊急に350の要望を受け付け、各省に早急な対応を依頼しました。

 可能なものは直ちに実施していますが、特筆すべきところでは、内閣官房・内閣府の契約手続について押印の省略を認めたものがあげられます。

2 契約における請書の押印廃止

 会計法上、国の契約は契約書に押印がなければ確定しないのが原則ですが(会計法第29条の8第2項)、一定の場合には、契約書をそもそも作成する必要がない場合があります(同条第1項)。そして、契約書を作成しない場合には、押印は契約の効力発生要件とはなっていません。しかし、この場合でも受注者から請書を提出してもらうのが通例です(契約事務取扱規則第15条)。

 発注書と請書は、それぞれ一方の当事者が作成して相手方に交付することで終わらせるもので、契約書のように両当事者が一枚の紙に向かって記名押印を行うものとは形式が異なります。そして、請書には通常、受注者の押印を要請していました。この請書については、令和2年6月2日付け「契約等の手続きにおける押印等の簡略化について」(資料1)において押印を省略する取り扱いを公表しています。ただ、文書の真正性を担保するため、
●本件責任者・担当者の氏名・連絡先を明記すること
●必要に応じ電話で連絡させていただくこと
を付帯的に記載しているところです。

資料1 請書での押印省略の取り扱い

契約等の手続きにおける押印等の簡略化について

令和2年6月2日

 日頃より内閣官房及び内閣府の調達案件につきましてご協力をいただきありがとうございます。

 この度、新型コロナウイルス感染症の感染防止等への対応として、押印や書面提出の簡略化につきまして、下記のとおり運用を開始することとし、より一層のテレワークの推進に対応して参りますのでご理解、協力いただけますようお願いいたします。

1.契約書について

(1)ホームページ(調達情報)、入札公告及び入札説明書におきまして、詳細を記載しておりますが、「電子調達システム(政府電子調達:GEPS)」を利用する場合は、電子契約が可能となっておりますので、積極的にご利用(希望される場合は事前登録願います)ください。

(2)代理人に対する包括的な委任(年度内の委任が可能)をする委任状を提出いただくことで、代理人の押印により契約締結が可能です。

2.請書、見積書及び請求書等について

 委任を受けた代理人による押印だけでなく、押印そのものを省略できることといたします。

 ただし、押印を省略する場合は当該文書の真正性を担保するため、お手数ですが以下の対応をお願いいたします。

(1)「本件責任者及び担当者」の氏名及び連絡先を必ず明記ください。

(2)必要に応じ、電話により連絡させていただきます。

 上記の対応につきましては6月以降の調達案件について運用可能となりますが、ご不明な点につきましては内閣府会計課担当係までお問合せください。

 この取り組みは、自治体でも参考にしていただけるのではないかと思います。地方自治法上、契約書を作成する場合には契約書に記名押印を行うことが求められていますが(地方自治法第234条第5項)、契約書を省略でき、請書で足りるような場合を各自治体の契約規則や契約事務規則等で定めている場合もあろうかと思います。それについて押印を廃止するという取り組みがあり得るでしょう。
 
 押印を廃止すると本人確認や意思の確認が十分できないのではないか、といった疑問や不安があるかと思います。これら疑問については、内閣府・法務省・経済産業省が6月19日に発出した「押印についてのQ&A」(※1)を参考にしていただければと思います。

(※1) 令和2年6月19日付け内閣府・法務省・経済産業省「押印についてのQ&A」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/imprint/document/200619document01.pdf

 本Q&Aの要旨は、押印が実印であって印鑑証明とともに提出させていないものであれば、事後の訴訟において十分な訴訟上の効力は得られないことが多いだろう、というものです。もともとそのような押印しか要求していないのであれば、廃止しても事後の紛争上の効力は変わりません。もし、法人実印ではなく、会社の角印・社印・社判といったものしか押してもらっていない場合には、考え直してみる余地があるかもしれません。

 法的効果まではもともと期待していないが、社印や社判は会社がしっかり管理運用しているので、事実上偽造を抑止する効果があるのではないか、という意見もあるでしょう。また、請書については自治体側がほぼ起案して受注者にハンコを押して返してもらうだけの運用が実態であり、これまでの方法を変えるのは大変だという場合もあるでしょう。

 「押印についてのQ&A」では、押印廃止に代えて、複数人宛にメールを送信したり、PDFにパスワードを付す方法など、業務のやり方の見直しを推奨していますが、BPRならぬBPS、ビジネスプロセスそのまんま、という発想の転換もあります。押印廃止に伴い、PDFと電子印鑑に単に置き換えるだけ、といった簡単な方法によるのも一案です。

 内閣官房及び内閣府の取り組みは横展開していく予定です。他の省庁においても同様の取り扱いが広がるよう、政府内で議論を進めています。また、契約書を作成せざるを得ない契約については、GEPSと呼ばれる政府調達システムの利用率引き上げを課題として今後とも取り組みを進めていく予定です。請書の場合、大体取引相手方のことはよく理解した上で契約を締結することが多いので、本人確認のための押印はもともと不要だと考えていたという声もあったことも付言しておきたいと思います。

3 行政手続の押印見直し

 行政手続についても、押印見直しを進めています。押印が必要な書面は、電子的に提出しようとしても一度印刷して物理的に印章を押し付ける作業が必要になります。これは在宅ワークを妨げる要因でもあり、デジタル化の基礎を欠いているということがいえるでしょう。

 国では、押印を義務付けている手続きは1万1,000件存在します。規制改革担当大臣の力強い指導力で、現在政府内で押印の見直しを強力に進めています。これに先立つ7月17日、金融庁は、当局への申請・届出等に関する当面の対応について周知を行い、電子メールによる受付を可能とするとともに、押印(又は印鑑証明書の添付)のない申請・届出等も有効とすることとしました(※2)。先行的な取り組みとして大変優れた取り組みであると思われます。

(※2) 令和2年7月17日付け金融庁「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた当局への申請・届出等に関する当面の対応について(周知)」
https://www.fsa.go.jp/news/r2/sonota/20200717.pdf

 こうした一歩を踏み出すには、押印の効力に対する正確な理解がまず重要になります。なかには、押印にはそれなりの効力がある、と考える方もおられるかと思います。これについては、先述の「押印についてのQ&A」を今一度ご覧いただければと思います。三文判を押してもらっているだけのような場合には、訴訟上認められている効力はほぼ得られないでしょう。社判などについても同様です。自治体では、企業から申請書や証明書を提出してもらう場合、社判を押してもらう運用が多いと伺うことがあります。

 しかし、その社印や社判には法的効力はありません。明治期のお雇い外国人のロエスレル氏が書いた商法の草案(資料2)では社印に効力があり、明治23年の商法でも社名を刻した社印を、権利義務を負担すべき各種の書類に押捺すべきとの規定がありました。しかし、明治32年に改められた商法では押印に関する記述はなくなっています。社印や社判は、法律上の効力を失ってしまっているのです。事実上の効果があるとの意見もありますが、請書と同様の議論で思い切って廃止する方向で検討が進むことが期待されます。

資料2 ロエスレル氏起稿商法草案の表紙

国立国会図書館デジタルコレクションより

4 刑法上の制裁措置

 それでもなお、押印には一定の慎重さが伴うから押印のある文書には一定の信頼があるのが普通だ、という議論はあると思います。それはもっともなことです。刑法の有印私文書偽造罪の理解がこれに一つの解を与えてくれます。

 有印私文書偽造罪(刑法第159条第1項)は、他人の印章又は署名を使用して一定の文書を偽造した場合に成立します。しかし、印章を用いない場合でも、同罪の「署名」は自署であるか他人の代筆であるか印刷により表出したものであるかを問わないと解釈されています。すなわち、「押印」がなくても「有印」私文書偽造が成立し得るのです(※3)。この解釈も、内閣府のホームページで確認できます(※4)

(※3) 大審院明治45年5月30日判決・大審院刑事判決録18号790頁、奈良地裁昭和48年11月13日判決・判例タイムズ307号308頁、東京高裁昭和53年11月21日判決・判例タイムズ375号149頁

(※4) 令和2年9月4日付け内閣府規制改革推進室「就労証明書に関して押印を省略した場合又は電子的に提出した場合の犯罪の成立についての整理」
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/imprint/document/200904document01.pdf

 保育園への入園の申請に際しては、保育の必要性の認定を受ける就労証明書を添付書類として自治体に提出する必要があるかと思います。就労証明書は法令上押印が必要とはされていませんが、自治体からの要請により会社の社判などを押してもらっていることが多いと思います。しかし、社判があっても何らの効力がないことは説明したとおりですし、仮に社判がないが社名が印字されている就労証明書を、例えば保護者が勝手に偽造した場合、「有印」私文書偽造罪が成立し得ます。無印私文書偽造罪よりも重い罪です。やってはいけない行為です。会社の人事部の方が押印するために出勤せざるを得ないという状況を作らないためにも、就労証明書に社判・社印を求めることを廃止することが期待されるところです。


5 IDパスワードと電子署名

 押印を廃止してもなお本人確認が必要で、何か代わるものはないか、という点が課題になるでしょう。一つの方法がIDパスワード方式の採用です。

 法人に関して述べますが、経済産業省が「gBizID」(※5)というものを運営しています。会社が事前に法人番号や印鑑登録証明書などを提出して申請すれば、IDとパスワードが振り出されて以降、その会社はこのIDとパスワードを使うことになります。そして、一度法人の本人確認が終わっているため、このIDとパスワードさえあれば本人確認を了したとして様々な政府の手続きに活用することを可能としています。一例が「jGrants」(※6)と呼ばれる補助金申請システムです。繰り返し何度も法人名や代表者名を打ち込む必要がない、という自動転記機能が売りの一つです。国土交通省や厚生労働省、総務省などの補助金も活用可能となっており、合計で78本の補助金が今後補助金申請システムから申請可能です。また、18の自治体が既に導入しています。

(※5) https://gbiz-id.go.jp/top/6)https://jgrants.go.jp/

(※6) https://jgrants.go.jp/

 gBizIDのIDパスワードは許認可申請などにも活用されています。自治体で独自に運営している申請システムについても、gBizIDとの連携があり得るかもしれません。

 そして、電子署名です。電子署名の法的効力はEUと米国で扱いが異なっています。新技術を限定列挙するEU方式と電子署名は通常の署名と同等の効力を有するとの一般的な規定を置くだけの米国方式があります。日本の法は、中間的な立場にあると言えますが、今般、電子署名法の解釈も見直しを行い、近時登場しているクラウド型電子署名がこれに該当することを示しています(図)。一定の要件の下、訴訟上の効力も付与されています。契約書に押印が必要な場合に活用することが考えられると思います。

 デジタルの世界は地味な作業の積み上げです。一気に全部はできないので、請書など利用頻度の高い紙や押印をなくすことから始めてみてはどうだろうか、と思います。

図 電子署名の種類

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