自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[70]岡山市「避難行動要支援者の避難訓練」見学記

地方自治

2022.10.12

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2022年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 21年11月27日、岡山市は内閣府の個別避難計画作成モデル事業の一環として、地域の高齢者が福祉避難所や一時避難所に直接避難する訓練を行った。「岡山市逃げ遅れゼロを目指す防災戦略〜みんなの命をつなぐプロジェクト〜」というものだ。一般に住民の避難訓練にはある程度、元気な人が参加して避難する。しかし、災害時には避難が困難な要支援者が大変なので、その訓練が重要だ。それをするには、役所の職員をはじめ、自治会・町内会、消防団など関係者の負担が大きくなるし、万一の事故の心配もある。

 この負担を乗り越えて実施した岡山市の訓練からは、大いに学ぶところがあったので、紹介したい。

避難行動要支援者の選定と事前準備

 岡山市千種学区弓削地内(116世帯、248人)の避難行動要支援者(以下、「要支援者」という)13人の避難訓練が行われた。

 要支援者は町内会の役員、民生委員で選定を行ったという。

 そして、聞き取りをする際に、町内会の役員と班長に加え、普段から本人の状況をよく知る民生委員と一緒に訪問した。本人にとっては、話しやすく安心でき、理解も得やすいようだ。

 その後、個別避難計画を同意した本人または代理人が記入して、町内会に提出する。その計画に基づき町内会で調整会議が開かれ、課題の洗い出しを行う。要支援者リストを作成し、関係機関が共有する。

 避難訓練では、原則は家族または自力避難であり、独居の場合は隣人が、それでも難しい場合には町内会が避難支援する。また、自力で逃げられない場合にそなえて福祉タクシーの搬送の訓練も実施する。

 実に丁寧に考えられている。13人を、一軒一軒詰めていくのは大変なことだ。


避難訓練の打ち合わせ。

避難訓練の状況

 9時に訓練を開始。9時半頃に町内会役員が要支援者に声掛けをして避難を呼びかけた。

 このとき、「久しぶりだね」「ありがとう」「忘れ物をしないようにね」などと会話を交わしていたのが印象的だ。コミュニティが親密なように見受けられたが、コロナの影響もあるのか高齢者が外に出る機会が少ないことがうかがわれた。一方で、避難訓練などがコミュニケーションの機会を提供する良い機会になるのだと感じた。

 要支援者は家族または隣人と車で避難した。80歳を超える要支援者が警報発令時に徒歩避難するのは相当に困難であり、車避難は現実的な選択だ。

 避難路は慣れた道ではなく、事前に浸水しにくい道が決められていた。要支援者からは、消防団が車で先導してくれたが、知らない道なので雨が降っていたり、夜だったりの場合は恐いという声があった。その意味でも、安全な避難路を通る避難訓練は大切だ。


要支援者への声掛け。

福祉避難所にて

 特別養護老人ホームが福祉避難所に指定されていて、要支援者が避難してきた。印象的だったのは、福祉施設職員だけでなく、「ひなん所」と背中に書かれたビブスを着た地域住民が、避難してきた要支援者と話していたことだ。要支援者は知り合いと話ができて、ほっとした様子であった。この「ひなん所」ビブスは市が支給したそうだが、住民による避難所運営を進めるうえで、非常に効果的だと感じた。

 福祉避難所には市が備蓄した発泡スチロール製の簡易ベッドが用意されていた。段ボールベッドは、使っているうちに利用者の汗を吸って柔らかくなるのを危惧したそうである。市が被災経験を踏まえて実践的な取組みをしている点に感心した。

 発砲スチロール製簡易ベッドの上に福祉施設が用意したマットレスを敷いて腰かけてもらった。これはとても良かった。床に布団を敷いただけだと長時間、座っているのはきついし、床の細菌やウイルスを吸い込んだり、食事の時に誤嚥したりするリスクもある。


要支援者と支援者。

発泡スチロール製の簡易ベッドとマットレス。

閉会式

 閉会式の会場に着くと各会場の画面が大写しになっていた。Zoomとスマホ、プロジェクタを使って簡単にできるそうだ。以前だったら、かなりの費用をかけて準備しなければできなかったことが、コストをかけずにできることに感心した。

 12時終了の予定だった訓練は、周到な事前準備のおかげで11時にはすべて終わった。

 最後に弓削町内会の伊永高明町会長から感動的なスピーチがあったのでその一部を紹介したい。

 「4月から個別避難計画に取り組んで説明会を重ね準備してきた。実は、今日は訓練に行かないという方がいたけど、必死になって説得したら参加してくれた。杖を使いながら思うように動けない方が地域の熱意に動かされ避難してくれた。ありがたいと思った。本当に必要な訓練だと実感した」


Zoomでの画面共有。

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

アンケート

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

ご購読なら年間購読がお薦め!複数年でさらにお得です。

オススメ

月刊 ガバナンス(年間購読)

発売

ご購入はこちら

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

鍵屋 一

鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

閉じる