自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[68]地震から人命を守る ──東京、埼玉の震度5強地震を機に考える
地方自治
2022.09.21
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年11月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
この原稿を書いている最中(2021年10月7日午後10時41分ごろ)に、東京都、埼玉県で震度5強の地震。緊急地震速報とほぼ同時にガツンときた。あわてて、机の下にもぐったが、久しぶりにドキッとした。
8日午前の松野博一官房長官の記者会見では、重傷者3人、軽傷者29人、火災は2件発生していずれも鎮火、帰宅困難者約120人を自治体が収容したとのことであった。突然の地震で被災されてしまった方には、心からお見舞いを申し上げたい。
地震災害の特徴
一般に災害から身を守るためには、危険を察知したときに早めに逃げることだ。しかし、地震災害は、逃げる時間がほとんどない。地震前の対策で勝負が決まる。
南海トラフ巨大地震や首都直下地震の課題は膨大にあり、その解決には長い時間と莫大な経費がかかるとされる。確かに、構造物を耐震化したり、建替えたりするのは大変だ。一方で、人命を守るためだけだったら、効果的な対策が迅速(数年で)にできると考えている。
過去の地震災害で多くの人命を失った原因を挙げると火災、建物被害、津波の三つになる。1923年の関東大震災では火災が人的被害を拡大した。1995年の阪神・淡路大震災では建物の下敷きになった人が多かった。2011年の東日本大震災では津波による被害だ。
これらの中で、地震直後に人命を奪うのは建物被害である。建物被害を生き延びてこそ、初期消火や延焼防止があり、津波避難ができる。
木造住宅の耐震性
特に被害が大きくなりやすいのは古い木造住宅だ。耐震基準は1981年6月、2000年6月に大きく改正されている。阪神・淡路大震災の住宅被害を建築年度別に分けると次のようになる。
1981年以前の住宅では大破率が30%近く、極めて危険であったことがわかる。それからさらに26年が経過した。当然、老朽化が進み、危険度はますます高まっている。
2016年4月に震度7で被災した熊本県益城町の住宅被害を建築年度別に分けると次のようになる。
この報告書では「旧耐震基準(昭和56年5月以前)の木造建築物の倒壊率は28.2%(214棟)に上っており、新耐震基準の木造建築物の倒壊率(昭和56年6月〜平成12年5月:8.7%(76棟)、平成12年以降:2.2%(7棟))と比較して顕著に高かった」と記されている。では、1981年6月〜2000年5月までの建物の耐震性をどう評価すればよいのか。旧耐震に比べれば倒壊率は3分の1以下であるが、2000年以降の新新耐震に比べれば、約4倍になる。著しく危険とは言えないが、安全とまでは言い難い。
東京都耐震促進計画
東京都の事例で考えたい。2021年3月の東京都耐震促進計画では、住宅の耐震化について次のように掲げている。
耐震化の目標:基本理念「必ず来る大地震に対しても「倒れない」世界一安全・安心な都市・東京の実現」
耐震化率の現状と目標:住宅 令和2年(2020年)3月92.0%
→令和7年度末(2025年)耐震性が不十分な住宅をおおむね解消
耐震化の促進施策:住宅
・ 老朽化が進んだ戸建て住宅等の除却を積極的に促進するとともに、所有者等に対して積極的な働きかけを行う
・ 区市町村や、マンションの耐震化に取り組む管理組合への支援を強化することにより、約55万戸ある耐震性の不足する住宅を令和7年度末までにおおむね解消することを目指す。
(下線は筆者)
申し分ない目標だ。阪神・淡路大震災や熊本地震の経験を踏まえれば、この55万戸の耐震化こそが地震防災の中核になる。
基本方針:自助・共助・公助の原則を踏まえ住宅の所有者自らが主体的に取り組む必要があるため、区市町村等と連携し、所有者の耐震化の取組を支援するとともに、所有者等に対して積極的な働きかけを行う区市町村を更に支援
(下線は筆者)
防災における自助・共助・公助とは、自助ができる人は自助で、自助が厳しい人は共助・公助で人命や社会を守ることだ。それが、社会の全体最適につながるからだ。
重要なポイントは低所得者や賃貸住宅居住者など自助が難しい人への対策をどうするかである。次の支援方策を見ていこう。
耐震化に係る支援:
ア 耐震診断や耐震改修等に向けた普及啓発や支援等の取組(後略)
イ 積極的な働きかけを行う区市町村を対象とした耐震診断や耐震改修等に対する助成(後略)
ウ 様々な機会を捉えた耐震化の促進(後略)
エ 税制支援(後略)
これを見ると自助のできる人への公助メニューになっていて、自助の困難な低所得者や賃貸住宅居住者が置き去りにされている。
黒潮町の事例と財源
本誌2019年9月号、2020年1月号でも紹介したが、人口1万700人の高知県黒潮町の耐震改修実績は、以下の表1のとおりである。
ここでちょっと頭の体操をしてみよう。
人口が黒潮町の1000倍規模の東京にあてはめれば年間の耐震改修件数は14万件〜17万件になる。東京都の耐震性が不足する住宅は55万戸だから、耐震改修は4年で終わる計算だ。黒潮町の事業には様々な工夫があるが、最大のものは耐震診断は無料、耐震改修設計費30万円、耐震改修工事費110万円まで自己負担がないことだ。仮に同額で55万戸の耐震改修工事まで行うと140万円×55万戸=7700億円だ。
大規模地震は必ず来るのだから、耐震改修を効果的な投資として財源を活用してはどうだろうか。たとえば、地震保険積立金は2018年度末で2260億円ある。災害後に使うよりも、耐震改修に使えば大きく被害を減らせる。他にも、宝くじは毎年、約3000億円が都道府県、指定都市に配分されている。さらに、年金積立運用金は186兆円以上ある。
黒潮町は「近年設計・工事とも実施件数が相当数増えており、町内の診断士・工務店が多忙で、希望者の順番待ちも発生している状況である」と課題を挙げている。耐震改修工事が多すぎて事業者が忙しいという。なんと、うれしい悲鳴ではないか。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。