連載 コミットメント ── 他責から自責文化の自治体職員 第9回 「普段着の職責」の殻を突き破ろう【佐野哲郎(新潟県職員)】
地方自治
2021.12.15
本記事は、月刊『ガバナンス』2017年2月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
所属等は執筆(掲載)時点のものです。
※本コラムは主に早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会の修了生(マネ友)のメンバーがリレー形式で執筆します。
「普段着の職責」の殻を突き破ろう
「他責」から「自責」へ──。実は私自身はあまり意識したことがない。そもそも、自治体職員にとって「自責」とは何だろうか。この問いかけに、多くの自治体職員はどのように感じるのだろうか。
大多数のまじめに働く職員からは「そんなの当たり前じゃないの。自分の仕事で自らの役割や職責を果たすことなんて」という反応が返ってくるかもしれない。目的に応じて予算や組織が編成され、個々の職員に「事務分掌」なる役割が割り振られる。確かに、予め与えられた職責という意味では、自治体職員は極めて忠実に任務を果たしているのだと思う。しかし、そこにこそ、我々自治体職員の落とし穴があるのではないだろうか。
近年、日本各地で地震や水害、鳥インフル、大火など、様々な災害が発生している。地域社会が遭遇する非常時は、自治体の真価が問われる局面でもある。私の経験から言えば、そうした場面での自治体職員には「他責」も「自責」も存在しない。そのパフォーマンスは、驚くほど献身的であり、主体的であると自信をもって言える。このことは、おそらくどの自治体でも同じであろう。
それなのに、なぜ「自責」が自治体職員に問われるのだろうか。思うに「普段着の職責」という殻の中に安住する、あるいは悶々とする姿がそこにあるのではないか。
少なからず自治体職員には「役割の分担」や「責任の範囲」という固定概念があることは事実であり、それが時として生じる、一般の人々には理解しがたい「消極的な権限争い」の要因にもつながっているように思う。
組織文化は継承の中で生み出される。若い世代は先輩の後ろ姿を見て育っていくものだと思う。何よりも、自治体の管理職、それぞれの職場のリーダーが、その役割と責任について、県民・市民の視点から、場面に応じてより柔軟な発想で捉え直し、自ら職責の殻を破る姿を行動で示すことが必要である。
「自我作古(じがさっこ)」──私は、言葉だけでなく、行動で示していきたい。
(新潟県職員/佐野哲郎)