震災と復興における教訓と課題(東日本大震災 10 年 その3) 山村 武彦〔防災システム研究所 所長〕

地方自治

2021.03.05

震災と復興における教訓と課題(東日本大震災10年その3)

1.犠牲者の多くが災害弱者

 震災2年目の2013年6月21日に公布された改正災害対策基本法(以下「災対法」)。改正ポイントの一つは災害弱者対策であった。東日本大震災において、被災地全体の死者数のうち、65歳以上の高齢者の死者数が全体の約6割であり、障害者の死亡率は被災住民全体死亡率の約2倍に上った。その教訓を踏まえての改正である。具体的には「避難行動要支援者名簿」(以下「支援者名簿」)の作成を市町村に義務付け、さらなる取り組むべき事項として避難支援者などと連携した避難行動要支援者(以下「要支援者」)の個別避難計画(以下「個別計画」)の策定などを求めたもの。その作成に際しては必要な個人情報を利用できることも定めている。
 しかし、その3年後に発生した2016年4月の熊本地震。甚大被害を出した益城町では、名簿は作成されていたが損壊した庁舎に入れず、5月上旬まで名簿の閲覧ができなかったという。また、要支援者ごとの個別計画は未策定であり、平時から名簿の外部提供も行っておらず、名簿登載者の安否は医療団体などが避難場所を回って確認していた。とくに熊本地震では地震による直接死は50人だったが、地震後に認定された震災関連死が220人と4倍で、その約8割が70歳以上の高齢者だった。
 2018年7月豪雨(西日本豪雨)の際も、被害の多かった岡山県倉敷市真備町では犠牲者51人のうち44人(86.3%)が自宅で亡くなっている。そのうち41人(80.3%)が倉敷市の支援者名簿に登載されていた方々だった。災対法改正後も災害弱者対策があまり進んでいないという証左である。

2.「互近助」と「防災隣組」

 前述の災対法改正に伴い2013年8月、「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」が内閣府から発表された。その中で避難支援者(避難支援等関係者)を、消防、警察、民生委員、社協、自主防災組織及びその他の人としている。しかし、東日本大震災で東北三県の自治体職員・死者行方不明者は281名、消防署員27名、消防団員254名、警察官30名、民生委員56名に上る。彼らこそ住民と地域を守るための砦であり不条理な災害と最後まで闘った勇者たちである。大規模災害発生時はこうした地域防災の砦が被災することを教訓としなければならない。
 高齢化が進めば進むほど自力避難困難者・要支援者も増加していく。すべての要支援者を特定の防災関係者だけで避難支援することは物理的にも困難である。というより特定の防災関係者にだけ役割を押し付ける個別計画であれば東日本大震災の二の舞になる。
 そもそも市区町村や既存団体だけですべての住民の安全を確保することはできない。だからこそ「地域ぐるみの避難支援」である。地域の防災関係者と共に、要支援者の周囲にいる元気な隣人たちの協力を求めるしかない。常々私が提唱している互いに近くで助け合う「互近助(ごきんじょ)」というモラルを浸透させ、向こう三軒両隣で「防災隣組」の安否確認チームをつくるほうが合理的。自治体は公助の限界を明確にして、防災隣組など、安全の仕組をつくることにコストとエネルギーを集約すべきではないだろうか。

3.大規模災害に備える「事前復興計画」

 東日本大震災後、岩手県や宮城県の沿岸被災自治体は2011年12月までに大部分の復興計画が策定された。それもマスタープラン(全体計画)だけでなく、ほとんどが震災から9か月で地域別計画(細部)まで同時策定という驚異的スピードである。背景には国の第三次補正予算成立(同年11月)に急かされたものとみられている。
 震災後被災者は、避難所、応急仮設住宅、みなし仮設、親族宅などに身を寄せている。直接被災しなかった住民も、勤務先、取引先、顧客なの被災で大部分が厳しい環境に置かれていた。経済面や精神面でゆとりのない不安定な環境の中で、住民が復興まちづくりについて真剣に考え、まちづくりの未来図を描けるはずもない。
 一部自治体(女川町など)を除き、計画づくりは大津波対策が優先された。専門家による防潮堤の高さ決定から始まり、それに合わせた地盤のかさ上げ、土地の用途指定、住まいの買上や高台移転という流れになった。いわば防潮堤ありきの復興が多かった。本来は早急に決定すべき事項と、住民が落ち着いてから時間をかけて話し合って決めるべき事項を分け計画を策定すべきであった。結果として莫大な事業費(1兆円以上)をかけ、621カ所に総延長約400kmの防潮堤が造られた(ている)。しかし、計画当初から海の見えない高すぎる堤防への疑問や土地の用途指定への異論が続出し、10年経た今でも一部住民の心には復興計画への不満や不信感がくすぶっているという。
 こうした教訓を活かすために全国の自治体に提案したいのが「事前復興計画づくり」だ。災害後の混乱期に短期間で大多数の住民が納得できる復興計画案の策定は困難である。であるならば、災害発生前に被害想定などに基づき想定復興都市区域を定め、復興ビジョンをつくり、復興アクションプランで復興まちづくりを議論しコンセンサスを得ておくべきである。住民と行政がじっくり時間をかけ膝突き合わせ話し合ってこそ真の復興計画案となる。すでに一部自治体で実践されているが、そのプロセスと意識の共有が持続可能なまちをつくり、防災意識の啓発にもつながっていく。

4.「これからの10年トモダチ作戦」

 東日本大震災から間もなく10年。私は緊急事態宣言が再発出される前の昨年12月に主な被災地を回ってきた。大地震、大津波、原発事故という未曽有の広域複合災害で甚大被害を受けた被災地を、新型コロナウイルスが暗い影を落としていた。これは二次災害というより三次災害である。とくに福島県は震害だけでなく原発事故による風評被害の影響が尾を引いていたが、それでもハードやインフラの復旧が進み、観光客も徐々に回復してきてトンネルの先にようやく灯りが見えたと思われた矢先のコロナ禍である。例えば福島県の観光圏域別観光客入込状況を見ると、いわき市の2019年度入込状況は震災前の70.1%まで観光客数が回復していた。それが2020年はコロナ禍で前年比約8割減と激減。GO-TOキャンペーンで一時的に増加した月もあったが、移動自粛、緊急事態宣言で一気に冷え込んだ。被災地に限らずコロナ禍における観光産業の不振は全国的な傾向ではある。しかし、被災地にとっての震災10年は特別の意味を持っている。これまでの10年を総括し、復興総仕上げとなる次の10年(経済再生)へのキックオフと位置付けてきたからである。その悲願の出端をコロナにくじかれた関係者の無念さを思うと胸が痛む。
 もし、新型コロナに係る緊急事態宣言が解除されたら、官民挙げて被災地支援のための重点区域を定め、感染防止策を講じつつ観光産業や農・漁業産業に対し、GO-TOキャンペーンのような一過性でない息の長い支援策「これからの10年トモダチ作戦」を実行すべきである。日本は災害多発国でありながら今日まで繁栄してきたのは、大規模災害のたびにみんなが駆けつけ、被災地と被災者に心を寄せ支え励まし続けてきたからである。災害弱者は互いに近くで助け合い、被災地の自立復興を支援する全国的仕組みが必要である。なぜならば、災害多発国日本では誰でもが「明日は我が身」なのだから・・・。

防災システム研究所 所長

 

山村武彦氏近景
山村武彦(やまむら・たけひこ)
防災システム研究所 所長 1943年、東京都出身。新潟地震(1964)を契機に、防災・危機管理のシンクタンク「防災システム研究所」を設立。以来50年以上にわたり、世界中で発生する災害の現地調査を実施。報道番組での解説や日本各地での講演(3,000回以上)、執筆活動などを通じ、防災意識の啓発に取り組む。また、多くの企業や自治体の防災アドバイザーを歴任し、BCPマニュアルや防災マニュアルの策定など、災害に強い企業、社会、街づくりに携わる。著書は、『災害に強いまちづくりは 互近助の力 ~隣人と仲良くする勇気~』『南三陸町 屋上の円陣』『スマート防災 災害から命を守る準備と行動』(以上、ぎょうせい)、『新・人は皆「自分だけは死なない」と思っている』(宝島社)など多数。

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