自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[43]高知県が住まいの耐震化を飛躍的に進めた秘密
地方自治
2020.12.09
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[43]高知県が住まいの耐震化を飛躍的に進めた秘密
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2019年10月号)
住宅耐震化の重要性と課題
住宅耐震化について、ものすごい話に出会った。
1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、地震直後に24万棟の建物が全半壊した。兵庫県内で地震直後に建物等の直接被害によって命を落とした5483人のうち4404人(80.32%)は建物や家具による圧死・窒息死・ショック死だ。これに建物等の下敷きになって動けずに焼死した403人(7.35%)を加えると87.65%に上る。
これらの被害者は、住民や自治体、消防、警察、自衛隊などがいくら救出、救護態勢を整えても助けることはできない。日頃の防災訓練も、食糧や水の備蓄も役に立たない。人が死なないためには、住宅を耐震化するか建替えて、潰れなくするほかはないからだ。
そして、大量の木造住宅被害が被災者救出の遅れ、延焼拡大、避難所や病院の混乱、家屋の解体、仮設住宅の建設・入居・撤去、生活支援、膨大な復興経費、高齢者の孤独死など様々な問題を引き起こした最大の要因である。
すなわち、古い木造住宅の耐震化は、地震防災の1丁目1番地である。たとえば津波災害が懸念される南海トラフ地震でも、住宅の下敷きにならないことがまず重要だ。下敷きになってしまうと逃げるに逃げられない。
ところが、その重要性が喧伝され、国や自治体が補助制度を充実しているにもかかわらず、耐震改修は全国的にはほとんど進んでいない。補助金や税の減免は一定程度あるのだが、所有者の意欲不足、耐震化のコスト、建築関係者のノウハウ不足などが課題とされる。
高知県が死者ゼロ宣言
その中にあって、高知県知事は2030年までに死者ゼロ(耐震改修の全数達成)を宣言した。その秘密を、元愛知県職員で、現在は名古屋工業大学高度防災工学センター客員教授、NPO法人達人塾ねっと(*)の川端寛文氏による講演資料から引用する。
*NPO法人達人塾ねっと
http://tatsujinjuku.net/hito.html
川端氏によれば、これまでの常識にとらわれずに、次のように考えることが重要だという。
①木造住宅の耐震改修は、全く新しい産業であり、新しい技術である。
・これを知れば大きなビジネスチャンス
・みんなが儲かるウィンウィンの展開
・それほど難しくないが「開眼」が必要
②みんなでやれば、本当にできる。
・掛け声でなく、本当にTOUKAIーゼロ(東海地震で倒壊ゼロ)は可能
そして、高知県住宅課長のコメントを次のように紹介している。
「住宅耐震は新しい仕事なので、一番大事なことはプレーヤーを育てること。耐震改修が伸びていないところは、耐震改修を基準法の世界の中で行っているため、余分な筋交いや金物を用いるために改修費が高い。安価な構法で合理的に改修を行っているところは伸びている。そのような仕組みと仕事があるということがわからないとダメ。高知県はまずそこに取り組んだ。」
新築の技術を耐震化に使おうとするからコストが高くなるというのだ。たとえば新築で筋交いを入れるのは、ほんの数千円の材料費でできるが、耐震改修時にやろうとすると天井と床と壁をはがし、もう一度仕上げが必要になるなど10万円を超える工事になってしまう。そこで、既存住宅に使える安価な様々な耐震改修工法を組み合わせることで、コストを抑えることがまず必要だというのだ。まさにコロンブスの卵である。
そのうえで、地元の建築士と大工がその工法を学ぶ。建築士が設計し、大工が設計図に従って工事をする体制を築く。
さらに、耐震化に向けて住民の意欲を高める啓発、訪問活動を行う。
黒潮町の事例
黒潮町を例にあげると次のようになっている。
【秘密1】
住民の防災意識の高揚と、耐震化への理解(耐震改修が必要な所有者が自発的に)
・地区ごとの防災活動
・戸別避難カルテの作成
・徹底的で思いのこもった戸別訪問
黒潮町では地域住民の元郵便配達員を耐震改修の戸別訪問専任で雇って、戸別訪問を系統的に実施した。何回も各家を周り、耐震改修に進むまで根気強く働きかける。
耐震改修への願いは、単なる紙では伝わりにくい。人の熱意を通じて初めて伝わり、増幅されていく。実績が上がるにつれて、ますます広がっていく。
【秘密2】
・安価に安心して耐震改修を頼める
・地元の大工が、耐震改修に目覚める
・大工が耐震改修に参入
登録工務店は2013年に5件だったのが、2016年には33件と6.6倍に増えている。
これを支えるのが補助金である。上限が110万円なので、黒潮町のどの大工も、補助金内で工事を実施しようとしており、所有者にもそう説明している。当然、その金額に収まるように安価な設計を供給する建築士が必要であり、安価な工法の引き出しを多く持て、相手の身になった設計ができることが重要だ。そのために、1件最低30万円の設計者への報酬が確保されている。
川端さんによると、これまでの経験から次のステージをたどりながら3年程度かかって進捗するという。
〈第1ステージ〉
建築士が安価な耐震改修設計を実施できるようにする
〈第2ステージ〉
大工が耐震改修工事に取り組むように働きかける
〈第3ステージ〉
施工体制が一定整ったところで、所有者へ直接的に働きかける
耐震化に本気の自治体職員のみなさん、ぜひ川端さんらのNPOに連絡を取っていただきたい。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。