自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[42]秋田県豪雨災害時の認知症高齢者グループホームの避難状況
地方自治
2020.12.02
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[42]秋田県豪雨災害時の認知症高齢者グループホームの避難状況
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2019年9月号)
台風や豪雨は避けられないが、精度の高い情報が取得しやすい現在、早期避難により命を守ることはできるはずだ。特に、高齢者、障がい者など自らの判断と行動で逃げるのが困難な人は、誰かの支援により早めに避難するほかはない。
今回は2017年7月23日秋田県豪雨災害において、認知症高齢者グループホーム(大仙市)で高齢者と職員全員が無事に避難した状況を同グループホームのベテラン職員にインタビューしたので報告する。なお、私のコメントは〈 〉で示す。
事前の準備と当日の状況
「グループホームの利用者は9名、主に認知症の方が入所されており平屋建てです。2017年7月22日は昼から豪雨で、休日出勤しました。3名出勤でしたが、とりあえず隣のデイサービス建物に避難しました。その建物は少しかさ上げしており浸水に強いですから。
認知症の方の避難は混乱が多く発生しがちだけど、訓練をやらないとどうなるかもわからないので、訓練しておいたのはよかったです。ただ、今回のように別の避難所への移動は初めてでした。避難先は、車で5分の社会福祉系のカルチャーセンターみたいなところです。」
〈女性職員は認知症の人の避難の難しさもわかっていたが、相当な危機意識があったため事前に避難訓練をしていた。ここが分かれ目だ。いつか来る災害のために、平時に多少苦労があっても訓練や準備ができるかどうか。人は、現実の訓練の大変さには敏感だが、将来の災害には、事態を甘く見たいという心理が働く。避難訓練に限らず、組織が効果的な防災対策をしたいと考えるならば、担当者任せではなく、組織的に検討し、取り組むことが必要だ。〉
避難の決め手と迷い
「夜中の零時をまわったころでしょうか、便所からゴポゴポ音がしていて、それが水の逆流した音だったんです。外をみてみると道路側も冠水が始まっており、もうこれは逃げたほうがいいと思ったので、社長に『逃げたい』と言いました。この時点で避難勧告は出ていませんけど、まずい状況だと感じていましたから。
実は、前年の岩手の豪雨で『避難準備(警戒警報)が出たら、福祉系の施設は避難開始だ』を初めて知ったんです。今回は避難準備を待っていましたが、出なかったので避難開始が遅くなっていました。このまま利用者が寝てしまうと、避難は現実にはずっと難しくなります。
なぜなら認知症の方は、危機的状況を理解できないし、説明しても理解できない方が多いんです。また、寝てしまうと『寝たい』が全てに優先する人も多く、タイミングを間違えると避難自体がとても困難になります。
ただ、認知症の方の常として、ベットがないとだめ、プライバシーも確保できないとだめ、トイレも近くないとだめ、などがあり、避難先にそんな設備があるとは思えないので、正直、避難にはためらいがありました。でも、ここまで緊急度が上がると避難するしかないと。なので、このあたりのタイミングはバランスが難しいです。
利用者にとっては、『環境が変化しない=逃げない』ほうがよいので、単に早く避難というふうにはならないのが悩ましいところですね。」
〈これほど危機管理意識を持つ職員でさえ「『避難準備が出たら、福祉系の施設は避難開始だ』を初めて知った」という。避難勧告等の周知徹底の難しさを改めて感じた。
2004年の一連の洪水、土砂災害、高潮等を教訓として、内閣府が2005年に「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」を策定し、「避難準備(要援護者等避難開始)情報」を新たに加えたが、対象は福祉施設だけではない。医療施設、学校等にも関係し、在宅の人々も対象になる。気象擾乱時代に、命を守る情報を、誰がどのように伝えるのか。自治体はもとより、厚生労働省はじめ各省庁、防災関係機関もあらゆる機会、手段を通じて、その趣旨、行動を徹底することが重要だ。
また、ここでは認知症高齢者を避難させることの困難さを具体的に話しており、とても参考になる部分である。〉
避難先で良かったところ、困ったところ
「避難を考えた段階で、あらかじめ避難先で必要になる物資も積んでおいて、準備しておきました。これで避難が間に合ったところもあります。夜間移動はきついので、行動するなら日中が良いと思います。
避難先にはヨガマットと毛布はありましたが、テーブルがなかったため、立ち上がる際に利用者が手をつく場所がなくて、辛かったです。レクリエーション道具を持っていかなかったので、楽しみといえば食べるのみ。食事は毎食出してもらえたけど、堅いものが多く、多少の加工が必要だったので、スーパーから調達していました。でも、食事を準備してもらえると大変ありがたかった。
避難期間は3、4日でしたが、知らない場所だと利用者は怒るし、手は出るし、床なので立ち上がろうとしてもふらふらで転びそうで、けがをされると困るし、と困難は多かったです。」
〈この避難が成功した最重要のポイントは「避難を考えた段階で、あらかじめ避難先で必要になる物資も積んでおいて、準備しておきました」という部分ではないだろうか。避難するかどうかは未定だが、避難しようと決めた時にはすぐに避難できるように準備だけはしておく。そうすることで、避難のタイミングを計ることだけに集中でき、いざとなれば人だけを車に乗せて素早く逃げられる。実に見事な段取りだ。〉
避難マニュアルや体制について
「避難のマニュアルはあるけれど、毎回状況が違うのであまり活用はされていません。どうしても状況判断で決めることが多いです。やはり、3.11東日本大震災がベースで、いろいろな水害経験も踏まえて、水が来る方向、確認する場所、情報を得る手段などがわかってきたので職員間で、伝承するようにしています。
避難訓練では、実際に受け入れ先に移動してみることが大事です。避難時ルートも水が浸かりそうなところを確認しておきましょう。迂回路も。
避難先にどんな物資や資機材があるのかチェックしておき、避難所に持参するものを決めておいたほうがいいです。避難先にあるものを知らないと、行ってびっくりですし、避難時には冷静じゃないことも多いから、先方に確認できなくなります。事前にないことがわかればリストにしておいて、積んで持って行くなども可能でしょう。一回逃げたらしばらくは戻ってこられないから。
水害では、避難先が泊まる前提でないことが多いので注意が必要です。避難中も職員は避難所に出勤して利用者のケアをするので、避難所までの経路で、どこが通れないかわからないと職員は大変です。正しい情報と災害時の通行許可証がほしいです。」
〈小さな福祉施設が、ここまで利用者の命、生活を考えて準備していることに感激した。自らの組織で、今一度、災害に備えて具体的な課題、対策、そして何よりも「安全を最優先にする」覚悟を関係者全員がもちたいものである。〉
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。