自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[1]「魅力増進型防災」の提案
地方自治
2020.03.11
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[1]「魅力増進型防災」の提案
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2016年4月号)
東日本大震災5年
今年3月11日で東日本大震災は5年を迎えた。大震災とは地震、津波、原発事故を表すのではなく、これにより社会のあり方、人々の生活や意識が大きく変容した社会事象である。だとすれば、大震災は現在も被災地で続いている。決して「東日本大震災『から』5年が過ぎた」のではない。
事実、避難者は今なお約17万4000人(2016年2月12日、復興庁調べ)に上り、しかも福島の原発事故地域を中心に帰還のあてのない方々が多数いる。住宅の確保では、高台移転は30%、災害公営住宅は47%の完成率だ。
宮城県東松島市の消防団員は「今も消防団員は毎日、目視で行方不明者を探している。毎月11日の月命日には消防団による一斉捜索をしている」と話してくれた。
私たちは、引き続き東日本大震災の被災地に思いを寄せて復興を支援するとともに、自らの大災害への備えを進めなければならない、と改めて痛感する。
地域防災計画の課題
(写真はイメージ画像)
東日本大震災を受けて、公益社団法人土木学会は12年12月に地域防災計画の問題点や課題の整理・分析を行い、地域防災計画のあるべき姿、実現方策について報告を行っている(注1)。ここでは、地域防災計画の有効性と問題点の部分を紹介したい。
(1)地域防災計画の有効性
・地域防災計画は、以前から地域の自然環境や社会状況などが十分に反映されず、どの市町村の計画も画一的かつ抽象的な内容である場合が多く、防災担当者は具体的に何をしたらよいかわからないという批判があった
・東日本大震災で被災した市町村の防災担当の幹部は「ほとんど役に立たず、発災後の職員の参集などの対応組織の立ち上げに少し参考になった程度」とインタビューで答えている
(2)地域防災計画の問題点
・広域災害への対応では、被災市町村からの支援要請が基本となっており、国を含む広域地域連携の対処方策が不十分である
・社会インフラの予防計画に関しては、事業主体が作成した事業計画の転記にとどまっている
・対応計画は職場や組織が被災しない前提であり、業務継続計画の概念が欠けている
・減災や「公助」・「共助」・「自助」による地域連帯、関係者や地域住民との協働の内容が希薄である
・復旧・復興に対する実質的な内容が乏しい
・減災目標の設定と達成に向けたマネジメント・サイクルが導入されていない(傍線は筆者による)
ここに示された課題はどれも重要であるが、地域防災に関する戦略やマネジメント方策への取組みが最初で、次に、これに基づいて個別対策を作成していくべきである。全体の中長期的な目標と方針、ロードマップを示してから、各論の具体策を充実することにより、具体策が全体の方針と齟齬をきたさず、縦割りの弊害を抑制するからだ。
また、マネジメントは組織を効果的に動かす方法論であり、事前対策の充実、応急対応の的確さ、復旧復興の迅速性の確保につながる重要な概念である。マネジメントは、本連載のメインテーマであり、繰り返し取り上げていきたい。
防災意識の低下と正常化の偏見
(写真はイメージ画像)
残念なことに、自治体職員も含めて、人の防災意識は災害後には高まるものの、徐々に落ちていく。たとえば、NHK「被災者700人の声」アンケート調査(15年1〜2月、注2)では次のようになっている。
「アンケートに回答した人たちのうち80%近くの人が『震災の風化』を感じていました。特に福島県では『風化』を強く感じている人が多い傾向がうかがえます。さらにどのような場面で感じるかという質問に対しては、『政府の支援策』、『メディアの取り上げ方』、『被災地以外の人との会話』の順に多くなっていました」
防災意識が徐々に弱まっていく理由はメディアへの露出の減少など様々であるが、根本となっているのは「正常化の偏見」である。人は自分にとって都合の悪いことは、無視するか過小評価する心理があり、これを正常化の偏見という。
災害は、もちろん誰にとっても都合の悪いことであるため、できるだけ過小評価しようという心理になるのは、ある意味で自然なことでもある。
過去に災害で大被害を受けた先人たちは、地震、津波や火山災害の教訓が風化しないように、石碑、絵画や物語で伝承しようとした。たとえば、岩手県宮古市重茂姉吉地区には、昭和三陸地震(1933年)の津波被害の教訓を刻んだ石碑(大津浪記念碑)が建てられており、「此処より下に家を建てるな」との文字が刻まれている。そして、この石碑より高い場所に住居を構えていた住民は、東日本大震災の津波による建物被害を受けなかった。
しかし、多くの場合、後世の人々はこれを軽んじ、あるいは無視をしてきた。そして、同じ地域で同じような被害を繰り返し受けてきたのである。
自治体も、国も同様である。災害発生確率が落ちているわけではないのに、防災の優先順位は、東日本大震災直後に比べて大きく落ちていると実感する。
魅力増進型防災の概念
「正常化の偏見」がある限り、災害の危険性、恐ろしさを訴えても人の意識は変わらない。防災が国民の意識に根づき、次の災害被害を軽減するためには、「正常化の偏見」を覆す手法が求められる。
たとえば、自分にとって都合の悪いことを考えて対策をするのではなく、逆に楽しいこと、都合の良いことを考えながら、防災力を高める手法である。これが「魅力増進型防災」の提案である。
現在の防災の目的は、災害に備え、対応力を高めることにより、一時的な落ち込みを減らし、早期復旧復興を図ることである。すなわち、災害があっても「現状維持」できることが目標だ。災害がもし、長期にわたって来なければ防災への取組みは無駄に終わるかもしれない。そうなると、多くの人にとって本気で取り組もうという意欲が出てこない。
そこで、目標を「魅力増進」とする。災害があろうとなかろうと、個人、地域、団体、企業等の魅力を高め(る?)ことを目的とするならば、その取組みは無駄にならない。
一方で、その取組みの最中に災害が来ることを想定し、災害があっても一時的な落ち込みを低減し、早期に元の、いやそれ以上の魅力増進の取組みに戻ることを目的とするのである(図1参照)。
注1 公益社団法人土木学会東日本大震災フォローアップ委員会(委員長:目黒公郎・東京大学生産技術研究所教授)地域防災計画特定テーマ委員会「地域防災計画の策定と運用に関するガイドライン(案)」2012.2。
注2 http://www3.nhk.or.jp/news/shinsai4/enquete/
Profile
跡見学園女子大学教授 鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。